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秋吉敏子

ARTIST
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秋吉敏子

1929年旧満洲、遼陽生まれ。

小学1年生の時にピアノを習いはじめ、大連音楽学校に進む。引揚げ後、九州の駐留軍クラブでジャズ・ピアニストとして活動を始める。

1948年に上京し1951年には渡辺貞夫を加えたコージー・カルテットを結成。

1953年、来日したオスカー・ピーターソンに認められ、レコーディングを行いアメリカのジャズ・シーンに紹介される。

1956年、26歳で単身渡米し、日本人としては初めてバークリー音楽院(Berklee College of Music、現バークリー音楽大学)で奨学生として学ぶ。

1962年チャールズ・ミンガスのバンドに参加。

1963年サックス・プレイヤー、チャーリー・マリアーノとの間にMonday満ちるが生まれるが1963年に離婚。

1973年にロサンゼルスでフルート、サックス・プレイヤーであり夫でもあるルー・タバキンと秋吉敏子&ルー・タバキン・オーケストラを結成。

1974年にジャズと和楽を融合させた『孤軍』を発表。

1977年に水俣病を題材にした「ミナマタ」を含むアルバム『インサイツ』がアメリカのジャズ専門誌『ダウンビート』のベスト・アルバムに選ばれる。同誌の読者投票では1978年から、批評家投票では1979年からそれぞれ5年連続1位となる。

1997年には紫綬褒章を受章、1999年には国際ジャズ(International Jazz Hall of Fame)の殿堂入り。

2006年にはジャズ界では最も権威のあるジャズ・マスターズ賞を受賞する。