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Bob James

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Bob James

 ボブ・ジェームスの音楽人生は長く、進化しつづけている。ミズーリ州マーシャルでの初のピアノリサイタル、ミシガン大学でのピアノトリオ時代、ニューヨーク、それ以降も、ボブ・ジェームスの音楽は世界中の観客をとりこにし続けてきた。

 1963年にノートルダムジャズフェスティバルでクインシー・ジョーンズに見いだされ、ボブは最初のソロアルバム『ボールド・コンセプションズ』をマーキュリーレコーズで録音した。次の50年間では58枚のアルバムを作成し、数えきれない賞を受賞した。
 1964年にボブは『エクスプロ-ジョンズ、フォー・ESP』を録音した。彼の作曲、アレンジとレコーディングのキャリアが本格的に始まったのは、ニューヨークでクリード・テイラーに会ってからだ。多数のCTIアーティストのアルバムに参加した後、ボブはついに自身のアルバム『ワン』をレコーディングした。このあと、レコーディングとライブ活動を本格的に開始した。
CTIでさらに3枚のアルバムを録音した後、1970年代にボブはCBSに移籍し、自身のレーベル、タッパンジー・レコードをスタートさせた。この時期に、彼は大ヒットアルバム『タッチダウン』を録音した。『タッチダウン』には『タクシー』のテーマ曲であり、彼が作曲した『アンジェラ』が含まれている。ボブは同テレビシリーズで使われたすべてのオリジナルサウンドトラックを作曲している。
アール・クルーとの3つの共演作の初作品である『ワン・オン・ワン』は1980年にグラミー賞に輝き、ミリオンセラーとなった。ボブはスムーズジャズのスタンダードを70年代後半に築いた。
ボブの別の音楽的才能は、CBSマスターワークスのために録音された3つのクラシックのアルバムに表現された。最初の作品は1984年にリリースされた『ラモー』である。
1985年にボブはワーナーブラザースレコーズに移籍し、ミリオンセラーでグラミー受賞作品である『ダブル・ビジョン』をトミー・リピューマのプロデュースで、デヴィッド・サンボーンとともに録音をした。
1990年、アルバム『グランド・ピアノ・キャニオン』の録音を行った。このアルバムで、旧知のドラマーのハーヴィー・メーソンJrと再会し、初めてリー・リトナー(ギター)とネーサン・イースト(ベース)と共演した。このプロジェクトのためのセッションが「フォープレイ」の創世記となった。彼らの最初のアルバムは1991年に録音・リリースされた。1998年までに3枚のアルバムがリリースされた。同年、リトナーがグループを抜け、ラリー・カールトンが加入した。ラリーとともに7枚のアルバムを作った。12年後ラリーが抜け、2010年にギタリストのチャック・ローブが加入した。

ボブの個人的かつ、プロのミュージシャンとしてのハイライトは、娘のヒラリーとアルバム『フレッシュ・アンド・ブラッド』で共演したことである。彼らは全米の15の都市を訪れた。ボブはアール・クルーと『クール』を、カーク・ウエイラムと『ジョインド・アット・ザ・ヒップ』を録音し、両方の作品ともグラミー賞にノミネートされた。彼のピアニストとしてのキャリアは90年代も『レストレス』『プレイング・フッキー(Playin' Hooky)』『ジョイ・ライド』、他のグラミー賞ノミネート作品と続いていった。

2001年にリリースされた『ダンシング・オン・ザ・ウォーター』はボブの長年の夢を叶えた作品である。このCDは、ボブと松居慶子、ジョー・サンプル、デイヴ・ホーランド、チャック・ローブとのそれぞれのデュエットが収録されている。ボブはこのプロジェクトで松居慶子と日本ツアーを行った。この公演は『フォー・ハンズ、ワン・ピアノ』と呼ばれた。1台のピアノでふたりのアーティストがそれぞれソロで演奏し、共演した。
2002年にはBMGでのフォープレイの最初のプロジェクトである『ハートフェルト』をリリースした。この年は、フォープレイとして全米と極東をツアーした。同年、ワーナーにてボブ自身のアルバム『モーニング、ヌーン・アンド・ナイト』をリリース。同アルバムのタイトル曲はコンテンポラリージャズラジオでもNO.1ヒットとなった。
ニューヨークのブルーノートで2003年の2月に公演した折、ボブはビリー・キルソン、ジェームス・ジーナスとともに、ケン・フリーマンをエンジニアとしてトリオアルバムをレコーディングした。
アーマッド・ジャマル、デューク・エリントン、ビル・エバンス、オスカー・ピーターソンら、彼をインスパイアしたさまざまなピアニストにトリビュートするものである。
2004年には新しいフォープレイのCD『ジャーニー』をリリースし、日米でツアーを行った。
2005年11月には熱望されたフォープレイの南アフリカ公演も行われた。同年の最後にタイのバンコック・ジャズ・フェスティバルに出演した。
同イベントではボブの最新のレコーディングプロジェクトの『ザ・エンジェルズ・オブ・シャンハイ』のワールドプレミア公演が行われた。上海音楽院の5人の生徒が中国の伝統楽器を演奏し、ベースのジェームス・ジーナス、ネイサン・イーストらとボブが共演するプロジェクトである。このプロジェクトは韓国と日本でリリースされた。2007年にグループはアメリカと韓国でツアーを行った。
ボブのソロプロジェクトとしては、『アーバン・フラミンゴ』リリースした。この作品で同年4月7日に、カナダ・スムース・ジャズ・アワーズより、ジョージ・ベンソン・ライフタイム・アチーブメント賞を受賞した。
2006年夏にはフォープレイの10枚目のアルバムである「X」をリリースした。
グループはスペイン、ロンドン、カリフォルニア、香港、日本、クアラルンプール、インドネシア、など、世界中で公演を行った。

2008年ボブがリリースしたのは、娘のヒラリーと作成したクリスマス・アルバムと、フォープレイのアルバム『エナジー』である。『エナジー』ではグラミー賞受賞者のエスぺランサ・スポルディングをフィーチャーした。アルバム『エナジー』の一曲目の『フォーチュン・テラー』はグラミー賞にノミネートされた。2008年末にはミシガン州政府からインターナショナル・アチーブメント・アワードを受賞した。

2009年は『ザ・ベリー・ベスト・オブ・ボブ・ジェームス』と『ボテロ』をリリースした。また、ブロードウェーの演劇『インプレッショニズム』の曲をつくり、『アクロス・ザ・グルーヴ』をレコーディングした。『アクロス・ザ・グルーヴ』は、日本のサックス・プレイヤーの本田雅人とのコラボレーションである。このアルバムでアジア、ヨーロッパ、アメリカツアーを行った。

2010年にはフォープレイの12枚目のアルバム『レッツ・タッチ・ザ・スカイ』をリリース。ワールドツアーを行い、12月には東京で新日本フィルハーモニー交響楽団と共演した。フォープレイはこの公演のために編曲を行った。フォープレイは2010年のアメリカン・スムース・ジャズ・アワーズで、ベスト・グループ・オブ・ザ・イヤーにも選ばれた。

2011年ボブは『ジャズ・フォー・ジャパン』に参加する機会を得た。2011年3月の東日本大震災の復興支援のためのアルバムである。フォープレイは極東でのツアーを続け、ボブは岩手県で開かれた復興支援のための特別なコンサートでメインアクトの1人をつとめた。
同年、ジョージア州、サバンナのギタリスト、ハワード・ポールとアルバム『ジャスト・フレンズ:ザ・ハミルトン・ホール・セッションズ』でコラボレーションした。
また、フォープレイはハリウッド・ボウル(ロサンゼルス)のプレイボーイ・ジャズフェスティバルで主演をつとめた。また、オアシス・コンテンポラリー・ジャズ・アワードのグループ・オブ・ザ・イヤーを受賞した。故郷のミズーリ州マーシャルではボブ・ジェームス・ジャズ・フェスティバルが初めて開催され、ボブは表彰された。
9月には松居慶子と『アルタイル・アンド・ベガ(Altair & Vega)』 をリリースした。フォー・ハンドのピアノの二重奏によるコラボレーションで、10年前から2人で演奏しており、ライブツアーも行っている。E-1からCDとライブのDVDをリリースすることになった。2012年には2人でツアーも行う予定である。

スムース・ジャズの創始者であるボブの曲は、ヒップホップに大きな影響を与えている。多くの曲がサンプリングされている。ヒップホップにサンプリングされた曲は、少し例をあげると、
1.アルバム『ワン』の中の『ノーチラス』(32回サンプリングされた)
2.アルバム『ツー(Two)』の中の『テイク・ミー・トゥ・ザ・マルディ・グラ』(43回サンプリングされた)
3.アルバム『サイン・オブ・ザ・タイムズ』から、『サイン・オブ・ザ・タイムズ』
(デ・ラ・ソウルの『キーピング・ザ・フェイス』とウォーレン・Gの『レギュレイト』にサンプリングされた)
4.『アンジェラ』(ソウルズ・オブ・ミスチーフが『キャブ・フェア』にサンプリング)
5.『ウェストチェスター・レディ』(アダムFが『サークルズ』にサンプリング)
 
などである。またアンドレ3000は、『ブラック・アイス』の歌詞の中に、ボブを登場させた。『ブラック・アイス』は、グーディー・モブのセカンドアルバム『スティル・スタンディング』に入っている曲である。