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Column with 循環するジャズ #02

循環するジャズ #02

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文:原雅明
 
 1956年にシカゴで生まれたサックス奏者のスティーヴ・コールマンが、長年トレードマークのようにベースボールキャップを後ろかぶりにしてステージに立っている理由は分からない。カサンドラ・ウィルソンからヴィジェイ・アイヤーまでを輩出したと言っていいコールマンのキャリアへの高い評価は揺るぎないものがあるが、エスタブリッシュメントされたジャズには背を向けるかのようにキャップを被りパーカーを着た姿を変えようとはしないのは、いまもってヒップホップやストリート・カルチャーに少なからずシンパシーを抱いている証なのであろうか。前回のコラムで彼やグレッグ・オズビーらが進めたM・ベース(M-Base)に少し触れたが、今回は「ジャズを通過したファンク」の続きとして、スティーヴ・コールマンの活動を振り返ってみることにする。ちょうど、スティーヴ・コールマンの素晴らしい新譜『Synovial Joints』もリリースされたばかりだ。
 コールマンは14歳でサックスを始め、シカゴ・ジャズ界の重鎮と言えるヴァン・フリーマンに師事して腕を磨き、1978年にニューヨークに移った。ビッグ・バンドでの仕事をこなしながら、ドラマーのロイ・ヘインズの息子であるトランペッターのグラハム・ヘインズらとストリートや小さなクラブで演奏活動を続けた。スティーヴ・コールマン・グループ名義でデビュー作『Motherland Pulse』をリリースしたのが1985年のことだった。このアルバムはカサンドラ・ウィルソンの初録音作でもあった。以後のコールマンの作品に比べると、本作はまだファンクではなくジャズに重きを置いているように聞こえる。M・ベースのファンクが本格的に展開されるのは、スティーヴ・コールマン&ファイヴ・エレメンツ名義でリリースした次作『On the Edge of Tomorrow』からである。


写真左:
Synovial Joints 写真右:A Tale Of 3 Cities, The EP

 ところで、そもそもM・ベースとは何なのか、コールマンが自身のサイトで説明をしているので(http://m-base.com/what-is-m-base/)、紹介しよう。最初に「何がM・ベースでないのか」を取り上げ、なかなか洒落が利いたことを述べている。「あなたが他のミュージシャンとは異なることを主張する口実」「変拍子を再生する言い訳」「ウィントン・マルサリスやウィントンに関連したミュージシャンの音楽が好きではないことを示すため」等々のおこないは、M・ベースではないとまず断言する。
 では、「何がM・ベースなのか」というと、いろいろと述べられてはいるのだが、要点としては、「即興と構造を主な二つの要素として使用した音楽を通して、我々の経験を表現することを意味している。構造や即興の種類、また音楽のスタイルに制限はない」のであって、そのために「広く行き渡る創造的な音楽言語を構築する」ことである。とはいえ、これでは非常に抽象的で煙にまかれたという印象は免れない。身も蓋もないことを言うならば、M・ベースとは、その理論を真摯に研究したヴィジェイ・アイヤーのように、提唱した者と実際に演奏する関係性を持たない限りは理解しようのないものだと思う。しかし、それであっても、コールマンの次の指摘はリスナーにとっても有用だと思われる。
「M・ベースは非西洋の概念で、主にアフリカとアフリカン・ディアスポラの創造的な音楽をベースにしているのだ」
 ここでコールマンが指摘するアフリカン・ディアスポラの創造的な音楽とは、アメリカにおいてはM・ベースと同時代に台頭してきたヒップホップのことを明確に指していた。M・ベースは当初から反復するリズムの作り出すグルーヴ、すなわちファンクによって即興的な音楽を作り出す可能性を示そうとしていた。そして、コールマンたちにとって、それは一世代前のファンクそのものではなく、ヒップホップとアフリカ音楽にこそあった。




 
 コールマンは90年代半ばに、キューバのアフロ・クーバ・デ・マタンサスのパーカッション奏者やシンガーを中心にした11人編成のミスティック・リズム・ソサイエティを結成してレコーディングやライヴをおこなっているが、それより遙か前の70年代末からアフリカ音楽、特にギニアを中心にした西アフリカのリズム音楽に惹かれ、研究を重ねてきた。M・ベースの複雑な変拍子のファンクは最初から明らかにその影響下にあった。さらに言うならば、M・ベースのファンクの形成と共にコールマンの中で、慣れ親しんできた「ジャズ」は相対化され、一音楽となっていったのだろうと思う。そして、このアフリカ音楽の発見の延長に、ヒップホップとの出会いもあった。90年代初頭に、コールマンはヒップホップのMCを迎えたメトリックスというプロジェクトをスタートさせるのだが、そこで重要な役割を担ったのが、まだ有名になる前のタリーク、すなわちザ・ルーツのブラック・ソートの存在だった。
 当時コールマンは、ヴォーカルの韻律と即興演奏の可能性を探る中で、ヒップホップのループ、その重ね合わされた反復構造とフリースタイルのMCという未来的なボーカル・スタイルに興味を持った。ストリートスタイルのアフリカン・ポリリズムと、MCと楽器の即興を混ぜて、創造的なダンス・ミュージックを演奏したいという願望を抱いていた。そのため、メトリックスは生演奏と渡り合えるフリースタイルのできるMCを求めた。その試みがユニークだったのは、ジャズにもヒップホップにも知見の深いグレッグ・テイトという信頼すべき音楽ライターの助言を得て、ヒップホップの中心地であるニューヨークのみらず、米国内のいくつかの都市のラッパーに声をかけたことである。それはアフリカン・アメリカンとアフリカン・ディアスポラの現在を考えるというコールマンの拘りから来たのだろう。こうして、それぞれの都市でセッションを行い、その成果としてリリースされたのが、『A Tale Of 3 Cities, The EP』だった。「3つの都市」とはニューヨーク、フィラデルフィア、ワシントンDCのことで、フィラデルフィアから参加したのがブラック・ソートだった。コールマンは彼の才能を気に入り、ヨーロッパのツアーにも参加させた。
 そして、同じ年に、ザ・ルーツのメジャー・デビュー・アルバム『Do You Want More?!!!??!』がリリースされた。このアルバムには、コールマンはもとより、カサンドラ・ウィルソンやグラハム・ヘインズといったM・ベースの面々も参加していた。ザ・ルーツのこのアルバムでもメトリックスでも、M・ベースの変拍子は聴かれない。むしろ韻を踏みやすいビートが刻まれている。ただ、それが生演奏で行われていることが重要だった。同時期に、M・ベースのもう一人の中心人物であるグレッグ・オズビーもヒップホップ・アルバム『3d Livestyles』をBlue Noteからリリースする。この90年代中盤が最もコールマンやM・ベースがヒップホップと接近した時期だと言えるが、しかし、以後もコールマンは折りに触れてヒップホップにはコミットしている(『A Tale Of 3 Cities, The EP』に参加したワシントンDCのヒップホップ・クルー、Opus Akobenは近年もコールマンのライヴに参加している)。一方、ザ・ルーツもコールマンと共演したのはこの時だけなのだが、ザ・ルーツのその後の活動、特にクエストラヴが中心となって展開していることは、コールマンやM・ベースのアフリカン・ディアスポラに対する表現と共鳴するところが多い。それは、ザ・ルーツの一番新しいアルバムである『...And Then You Shoot Your Cousin』にもよく表れている。


写真左:
Do You Want More?!!!??! 写真右:...And Then You Shoot Your Cousin

 このアルバムは、アフリカン・アメリカンのカルチャーを題材に作品を作り続けたロマーレ・ビアーデンのコラージュ・アートをジャケットに使い、その陰影のある世界を体現するように、ニナ・シモンや メアリー・ルー・ウィリアムスの音楽が引用され、全体的にダークなトーンを帯びている。ザ・ルーツと言えば、米NBCテレビの人気番組『レイト・ナイト・ウィズ・ジミー・ファロン』のハウスバンドに起用され、エルヴィス・コステロとのアルバム『Wise Up Ghost』のリリースを実現して、その知名度と人気を飛躍的に高めたが、そんなグループがリリースするアルバムとしては驚くほどに地味で、そして腰が据わってもいる作品である。もちろん、このアルバムにはM・ベースの変拍子など登場しない。しかし、まさにアフリカン・ディアスポラの創造的な音楽として、このアルバムの描写には圧倒的な説得力があり、これが伏線となって、ディアンジェロの『Black Messiah』やケンドリック・ラマーの『To Pimp A Butterfly』のリリースが実現したのではないかと思うほどだ。
 そして、スティーヴ・コールマンがラージ・アンサンブルのカウンシル・オブ・バランスを率いて今年リリースしたアルバム『Synovial Joints』は、ここまで触れてきたコールマンの軌跡の集大成のような作品であると共に、いまも瑞々しい感覚を聴く者に与える作品でもあった。「ジャズを通過したファンク」のひとつの到達点だと言っても大袈裟ではないだろう。このアルバムが一部のジャズ・リスナー以外にも届くことを願ってやまない。コールマンはM・ベースについて、「技術的な成長も必要だが、それとは対照的に概念的な成長も伴うものだ。音楽のすべての要素は人生経験から来る」とも述べているが、「ジャズを通過したファンク」をいま概念的にさらに成長させているのは、ザ・ルーツによる「ヒップホップを通過したファンク」でもあるということを、それは暗に言っているようにも聞こえる。

PROFILE

原 雅明
原 雅明

音楽ジャーナリストとして執筆活動の傍ら、リリースやイヴェントの企画、LAの非営利ネットラジオ局の日本ブランチdublab.jpの運営 等も手掛ける。2014年よりringsのレーベル・プロデューサーを務める。単著『音楽から解き放たれるために──21世紀のサウンド・リサイクル』