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Column with 証言で綴る日本のジャズ3 増尾好秋 第4話「ソニー・ロリンズのグループに抜擢」 増尾好秋 第4話「ソニー・ロリンズのグループに抜擢」

証言で綴る日本のジャズ3 増尾好秋 第4話「ソニー・ロリンズのグループに抜擢」

COLUMN
INFORMATION

証言で綴る日本のジャズ3

増尾好秋

第4話

ソニー・ロリンズのグループに抜擢


——最初に有名なミュージシャンとやった仕事がエルヴィン・ジョーンズ(ds)のレコーディング(注25)ですか?

 前の年に東京で知り合ったジーン・パーラに呼ばれて。それが名のあるひととやった最初ですね。

——行って、どのくらいの時点で?

 6月に行って、12月ごろ(16日)。メンバーがすごいですよ。チック・コリアとヤン・ハマーの2キーボードでしょ。サックスがスティーヴ・グロスマンとデイヴ・リーブマンとジョー・ファレルとペッパー・アダムスだし、ドン・アライアス(per)も入っていたし。

——そのときは「こんな感じで弾け」とか、いわれたんですか?

 そんなものないですよ。リハーサルもないから(笑)、自分で考えてやるしかない。

——エルヴィンとはレコーディングだけで、このあとがリー・コニッツのバンド。

 リーと最初にやったのが、以前「ハーフ・ノート」だった店の仕事で、休憩時間に外に出たら、看板に「ハーフ・ノート」と書いてあるんです。内装も同じだから、バーが真ん中にあって、その上で演奏しました。メンバーは、バークリーを卒業したばかりのハーヴィー・シュワルツ(b)とジミー・マディソン(ds)。

——ツアーにも出たんですか?

 アップステートのほうでやったりとか、ちょっとしたツアーには行きました。リーとは半年以上やったんじゃないかなあ? ずいぶん仕事をしています。

——まだグリーンカードは持っていませんよね。まずくはなかった?

 英会話の学校にお金だけ払って、そこにはほとんど行ってないけど(笑)、学生ヴィザをもらっていました。

——ソニー・ロリンズのバンドに入るまでには少し間があるんですか?

 そのあとすぐでした。「ハーフ・ノート」だったさっきの店で知り会った、ぼくと同年代のミュージシャン、ボブ・ムーヴァー(as)の奥さんが日系ブラジル人だったんです。そんなことや、アパートも近くだったので一緒に練習や仕事もするようになりました。

 彼はあちこちに電話して、いろんな話をする社交的なヤツで(笑)。ソニー・ロリンズに電話をしたら、「誰かギタリストいないか?」。それでぼくを紹介してくれたんです。「今度ソニーから電話があるかも」「冗談でしょ」なんていってたら、本当にかかってきた。「19丁目のリハーサル・スタジオで練習するから」といわれて、行きました。

 その1週間くらい前にも、同じスタジオでチック・コリアとリハーサルをやっているんです。そのときはスタンリー・クラーク(b)とスティーヴ・ガッド(ds)でした。

——チックからも誘われたんですか?

 すぐに「やらないか」といってくれたのがソニーだったので決めてしまいました。そうしたら、チックからも電話があって「やらないか?」。そのころはどちらかといえばロック系のギターに興味を持っていたけど、先に約束したんで。でもソニーのバンドはやっぱり気持ちがよかったというか、魅力がありました。


1973年。ソニー・ロリンズと。


——それでチックのバンドにビル・コナーズ(g)が入ったんですね。それが第2期のリターン・トゥ・フォーエヴァー。

 ぼくの前に入っていたのがアール・クルー(g)ですよ。

——タイプが合わないとなって、アール・クルーからビル・コナーズに交代したと聞いています。その間に、増尾さんともリハーサルしていたんだ。アメリカに行ってしばらく経っていましたが、コニッツに誘われ、チックに誘われ、ロリンズのバンドで活躍していたというのは自信になりません?

 なんないですね(笑)。貞夫さんのバンドに入ったときも、駆け出しでなにもわかっていないうちにポピュラーになっちゃって。そのころは『スイングジャーナル』で1位になっていたけれど(注26)、ぜんぜん実感がなかった。アメリカに行ったのも自信をつけたい気持ちがあったからです。自分がちゃんとしていると思っていないのにチヤホヤされても、そんなに嬉しくない。ですから、そういうひとたちと共演できてラッキーでしたけど、ぼく自身は一生懸命でした。


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(注25)『メリー・ゴー・ラウンド』(ブルーノート)のこと。メンバー=エルヴィン・ジョーンズ(ds) スティーヴ・グロスマン(ts ss) デイヴ・リーブマン(ts ss) ジョー・ファレル(te ss fl piccolo) ペッパー・アダムス(bs) チック・コリア(p elp) ヤン・ハマー(p elp) 増尾好秋(g) ジーン・パーラ(b elb) ドン・アライアス(per) 1971年12月16日 ニュージャージーで録音
 
(注26)70年、71年、73年、74年、75年の同誌「読者人気投票」〈ギター部門〉で第1位。


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PROFILE

小川隆夫
小川隆夫

1950年、東京生まれ。東京医科大学卒業後、81~83年のニューヨーク大学大学院留学中に、アート・ブレイキー、ウイントンとブランフォードのマルサリス兄弟などのミュージシャンをはじめ、主要なジャズ関係者と親交を深める。帰国後、整形外科医として働くかたわら、音楽(とくにジャズ)を中心にした評論、翻訳、インタヴュー、イヴェント・プロデュースを開始。レコード・プロデューサーとしても数多くの作品を制作。著書は『TALKIN’ジャズ×文学』(平野啓一郎との共著、平凡社)、『証言で綴る日本のジャズ』、『同 2』(駒草出版)、『マイルス・デイヴィスが語ったすべてのこと』(河出書房新社)、『マイルス・デイヴィスの真実』(講談社+α文庫)など多数。2016年にはマイルス・ミュージックにオマージュしたバンド、Selim Slive Elementzを結成。2017年8月にデビュー作を発表。