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Interview with ダニ・グルジェル ブラジル新世代の牽引者が模索する「身体性とIT」 取材・文/江利川侑介

ダニ・グルジェル

INTERVIEW
INFORMATION

 ダニ・グルジェルは、近年のブラジル音楽に新たなモードをもたらした。彼女は優れた音楽家でありながら、写真や動画制作のプロフェッショナル。さらに、ネットメディアを高度に駆使したコミュニケーション&プロモーションの名手でもある。
こうした彼女の才覚は、無料の動画チャンネル『ムジカ・ヂ・グラッサ』として結実。新世代のミュージシャンたちを後押しし「かつてのボサノヴァ・ムーブメントを彷彿させる」と評価する向きさえある。その一端が「ノーヴォス・コンポジトーレス(新しいコンポーザーたち)」というプロジェクト。
彼女の最新作『オウトロ・ソン』は、そんな仲間たちとの共作によって完成した、近年の“ダニ・グルジェルの集大成”ともいえるアルバムだ。
 
 
——あなたの周りにはいつも素晴らしい音楽家が集まりますね。最新作『オウトロ・ソン』には、ひとつの楽曲に2名ずつ、総勢22名ものゲストを迎えています。こうした共演者とは、どんな経緯で知り合ったのですか?
 
「すべて答えるのは大変ですね(笑)。面白いものだけ答えましょう。まず、ト・ブランヂレオーニとヴィニシウス・カルデローニは高校の友達なんです。で、彼らと一緒に大学を見学に行ったときに、たまたま知り合ったのがコンハード・ゴイスです」
 
——コンハード・ゴイス? 今回の来日公演にも帯同しているメンバーですね。
 
「そうです(笑)。ルイザ・サレスとはインターネット経由で知り合いました。先日、彼女はスペインで“メニーナス・ド・ブラジル”というショウを企画して、そこに私を招いてくれたんですよ。私たちのムジカ・ヂ・グラッサ(注1)にインスパイアされて始めたプロジェクトなんだそうです。そんな、ムジカ・ヂ・グラッサで私のことを知って、手紙を送ってくれたのが、ヴァネッサ・モレーノ。彼女とは、ダ・ミストゥーラというバンドを始めていて、この(アルバム収録)曲名もそこから取りました」
 
注1:彼女がプレゼンター/キュレーターをつとめるネットメディア。サンパウロを中心に活動する多様なミュージシャンが参加し、ライブ動画などを無料配信。
http://www.musicadegraca.com.br/
 
 
——なるほど。メールだけでなく手紙っていうパターンも…。いずれにせよ、ムジカ・ヂ・グラッサが効果的に機能していますね。
 
「アントニア・アヂネーとは、彼女の父である高名な音楽家マリオ・アヂネーを通じて知り合いました。私は写真家という立場で、父マリオとよく仕事をしているんです。同じく、ペドロ・マリアーノとジャイール・オリヴェイラは、私よりも上の世代。私がノーヴォス・コンポジトーレス(注2)を始めるとき、彼らが“トラーマ”というレーベルで仲間として活動していたんです。彼らからは強い影響を受けました」
 
注2:2007年に彼女が主催したライブ「ダニ・グルジェルと“新しい作曲家たち(Novos Compositores)”」および、これを端緒とした音楽ムーブメント。
 
——若い世代では?
 
「最後に収録されている曲に参加しているイザドーラとランはいま22歳。本当に新しい作曲家たちです。現在、チアゴ・ハベーロ〈ds〉の所有するスタジオでそれぞれの新作をレコーディングしています」
 
——これまでの作品と違い、さまざまな世代の音楽家を迎えていますね。
 
「これまでの作品はアルバムごとにいろんなコンセプトがあって、今回の『オウトロ・ソン』はチアゴのアイデア。さまざまな世代を同時に見せるという目的があります」
 
——ブラジルを代表する歌手のエリス・レジーナ(82年没)は、新しい才能を発掘することに長けていましたが、あなたは彼女の現代版という気がします。キュレーター的というか。
 
「キュレーター、まさにその通りです。エリスは私にとって最も大きな影響源。ジルベルト・ジル、ジョアン・ボスコ、イヴァン・リンス…。彼らは1970年代のエリスにとって、まさに“ノーヴォス・コンポジトーレス”だったのです。かつてイヴァン・リンスは『エリスに録音してもらうことはフェスティバルで賞を獲るよりも素晴らしいことだ』と言いました。私がともに活動してきた“無名だった音楽家たち”も、どんどんと有名になり、いま活躍しています。なので、エリスになぞらえられることはとても光栄です」
 
——ところで、大学ではコミュニケーションについて学んでいたんですよね?
 
「はい。“アーティストとファンがそれぞれが撮ったビデオを交換することによるコミュニケーション”について、いまでも大学で勉強しているんですよ」
 
——あなたのように、音楽家でありながら、自身がメディアとしても活動する人は珍しいと思うのですが、このスタイルはどうやって確立されたのですか?
 
「音楽は3歳、写真は13歳で始めました。大学に入る際に、写真か音楽かどちらかを選べ、みたいなことになったんです。けれど『なぜ両方はダメなの?』という感じで、大学は写真やコミュニケーションを選択しながら、同時に音楽も続け、音楽を伝えるツールとして写真を活用してきました。音楽も同じで、かつてはジャズならジャズ、ワールドミュージックならワールドミュージックとラベルを貼って区分していましたが、今の世代はそういったものを一つの箱に入れて活動することが、以前よりも簡単だと思います」
 
——ソーシャルメディアの発達によってミュージシャン同士はもちろん、ファンとの距離やコミュニケーションのあり方も変わってきています。これからの未来に向けた理想図のようなものはありますか?
 
「何を新しく提案できるかはわかりません。これだけ狂った速度で、さまざまなことが変わっていく世の中ですから。たしかにソーシャルメディアの発達によってファンとの距離は近づきました。でもそれと同時に遠くなったような気もしています。ライブに来てくれた人がたくさんの動画をネット上にアップしてくれますが、やはり直接会うことには代えられない。いまはそんなふうに感じていますね」




 

 
ダニ・グルジェル
『オウトロ・ソン』
 
http://www.rambling.ne.jp/catalog/outro-som/