投稿日 : 2015.07.01 更新日 : 2019.02.22

【松浦俊夫 presents HEX】HEXは自身の音楽性をどう進化させるのか?

取材・文/小川充 写真/大森エリコ

松浦俊夫 presents HEX

元ユナイテッド・フューチャー・オーガニゼイション(U.F.O)の松浦俊夫を中心に、鍵盤奏者兼トラックメイカーの佐野観、SOIL&“PIMP”SESSIONSのドラマーのみどりん、Shima&ShikouDUOなどで知られるピアニストの伊藤志宏、さまざまなセッションで活躍するベーシストの小泉P克人という4人のミュージシャンが参加し、さらにレコーディングエンジニアにzAkを迎えた松浦俊夫 presents HEX。ブルーノート設立75周年の節目に、日本から世界へ向けて何か発信できないかと始まったこのプロジェクトは、まず2013年11月にアルバム『HEX』を発表した。エレクトリック・ジャズにテクノやミニマル・ミュージックなどの要素を融合しつつ、ミュージシャンの即興演奏にも比重を置くことにより、通常のダンスミュージックには見られない活発なインプロヴィゼイションも展開したこのアルバムは、それまでの日本のクラブ・ジャズの流れとは違う新しいジャズの在り方を提示した。いや、もはやジャズという言葉では語り尽くせない独自の音楽を目指していたのかもしれない。アルバム発表後、2014年は積極的にライブ活動を展開し、国内のみならず海外でのフェスにも参加した。それはアルバムでのレコーディングされた世界を、今度はどうやって生で再現するか、またはさらに新しいアレンジを加えて発展させるかといった挑戦だった。そうして1年と少しが経過したHEXに、現在までの歩みを振り返ってもらうとともに、新しいアルバム制作へ向けての話を聞いた。取材当日は5月に開催された「RAINBOW DISCO CLUB 2015」のステージのため、松浦俊夫、佐野観、みどりんがリハーサルを兼ねてスタジオに集合していた。

「まだまだやりたいことはあるし、さらに進化できるんじゃないかという可能性を感じています 」松浦俊夫

——HEXのここまでの活動を振り返って、まずどんな心境ですか? 

松浦俊夫 正直なところ、自分のやりたいことがすべてやり尽くせたとは思っていないですが、メンバーそれぞれは一生懸命に取り組んでくれて、特に海外での反応がすごくいいということもあり、充実感はありますね。本当はもっとたくさんライブをしたいのですが、メンバーがみな多忙なミュージシャンばかりなので、なかなか揃ってできるスケジュールが取れないのが悩みの種ですけど、そうしたなかでヨーロッパツアーをやって、昨年12月にUNIT(東京渋谷区)でライブもできて、メラニー・デ・ビアシオとガブリエル・ポソのリミックスをやったりと、まずまずの結果は残せたかなと思います。でも、まだまだやりたいことはあるし、メンバーに対してもさらに進化できるんじゃないかという可能性を感じています。

佐野観 最初にアルバムを作って、その後ライブをやってきましたが、レコーディングから比べて生のステージではまた方向性も変わってきたし、そもそも作業の進め方自体も違うものなんです。ライブはより即興性が強いですから。そうしたライブやツアーを通じて、バンドとしてのまとまりやチームワークが固まってきたこの1年だったと思います。

みどりん アルバム自体そもそも即興性が高いものだったと思いますが、いざできた作品をライブで具現化するというところで、たとえばアルバムでのアレンジに忠実に沿ってやるのか、またはそれとは異なるものにするのかなど、いろいろな方向性が生まれるんです。そうしたライブでの再現は、ジャズミュージシャン的にいえばできるかどうか、可能性への挑戦でしたね。そうした方法論を模索した1年でした。ライブに関してはリハーサルなどで僕らがいろいろアイデアを出し、それに対して松浦さんが「それ、面白そうだね」という感じでジャッジをして固めていくというやり方で進めました。そして、UNITでのライブで自分たちがやってきたことに対する手応えを感じましたね。

松浦 そうした感じでみんなに出してもらった音を、僕はDJだから判断していったわけですけど、みんなのアイデアがいい形で集積されて、UNITでは第1次HEXライブバンドの1つの区切りがつけられたかなと思います。

佐野  松浦さんもミュージシャンを交えたバンドスタイルでやるのは初めてのことだったと思うし、僕らメンバーの中にもDJと一緒にやるのは初めてという人も多かった。他にこういったことをやっている人も周りにはいないから、自分たちでやり方を見つけるしかなかった。それは大変なことでもあるし、面白いところでもある。その成果が出たのがUNITのライブでした。

——ファーストアルバムは日本のブルーノートからリリースされて、本国アメリカの社長であるドン・ウォズにも聴いてもらったそうですね。彼からはどんな評価を受けましたか? また、ヨーロッパでもリリースされましたが、海外での評価や評判など耳にしましたか?

松浦 彼はとても気に入ってくれたみたいで、実際にこのアルバムをライブでやったらどんな感じになるのかとか、いろいろ質問をされました。ただ、アメリカでのリリースやライブはタイミングが合わずに実現できなかったのが残念です。彼はU.F.Oの頃から僕を知っていてくれたみたいで、お会いした時に「ファンだよ」と言ってくれたのが個人的にはとても嬉しかったです(笑)。ヨーロッパではジャイルス・ピーターソンとかDJやプロデューサーはじめ、音楽関係者からは高い評価をしてもらいましたが、正直なところリリースに関しては満足なプロモーションが得られたわけではないので、多くのファンの耳に届けられたかというと不満は残ります。だから、そうしたプロモーション面も含めて、もう一度態勢をきちんと立て直して広めていきたいなと思っています。

——海外のフェスにも参加しましたが、そこでの手応えはいかがでしたか?

松浦  モンテネグロ、エストニア、フランスのフェスとイギリスではBBCのスタジオライブで演奏しましたけど、日本国内のライブと比較して、ヨーロッパでは反応が返ってくるのが早いというか、もう音が出た瞬間に「ワ~ッ!!」となりますね。でも、フェスのお客さんは事前に僕たちのCDを聴いてくれてた人は少ないと思うし、また日本から来た人もほとんどいないようなアウェイな状況のなか、どこまでメンバーの演奏でお客さんたちにアピールできるか、音そのものの良さで勝負できるかに僕たちも賭けていたところもあるので、そうした点ではいい武者修行の場だったかなと思います。僕らのような遠い東洋からやってきた初めて観るようなバンドに対し、お客さんが熱い声援を送ってくれたことは自分たちにとって大成功だったと思っています。

——国内外でいろいろライブをやってきて、振り返ってみてどのステージがよかったとか、面白かったとかありますか?

佐野 僕はジャイルスが主催するフランスでの「Worldwide Festival」ですね。お客さんが本当に多くて、会場の熱気もすごかったですけど、ジャイルスが僕らのステージをとても楽しんでくれてたのが印象的ですね。

松浦 それぞれのライブに思い出があり、達成感もあるわけですが、「Worldwide Festival」はヨーロッパツアーの最後のステージにもあたり、そこで数千人の観客を前に演奏し、ダイレクトな反応が返ってきたことはとても思い出深いことですね。

みどりん 僕らの最初のライブは、2013年11月にLIQUIDROOM(東京都渋谷区)で行われた「Worldwide Showcase」だったんです。その時の演奏後、MCをしていたジャイルスが僕らに「Worldwide Festivalへ出てくれるか?」みたいにお客さんの前で尋ねてくれたんです。それから8か月後に実際の出演へ繋がったかと思うと、とても感慨深いものがありますね。

「HEXって松浦さんのプロジェクトであるけれど、僕の居場所であるとも言えるんです 」佐野観

——みどりんさん、観さんは、HEXとは別にそれぞれ自分のバンドやプロジェクト活動も行っていますが、HEXに参加することによって、それら自身の活動にフィードバックされたところなどありますか? 松浦さんもHEXによって自身のDJ活動に影響を与えた部分があればお聞かせください。

みどりん 僕の場合はSOIL&“PIMP”SESSIONSのビートの作り方、もっといえば全体のサウンド構成の参考になるところをもらいましたね。HEXはカチっとしたメロディから曲を作ることは少なくて、どちらかといえばアブストラクトなところから音を積み上げていくことが多い。ソイルとは違う音の作り方なので、それはとても勉強になりました。ホーン・セクションがあるかないかもソイルとHEXの違いの1つですが、HEXは普通のバンド・サウンドとは違う音楽に対する視点を持っていて、一般的な作曲技法とも異なるアプローチをしますね。また、HEXではエレクトリック・ドラムを多用して、その音色の面でも刺激を得ることが多かったです。僕はKUNIYUKIさんたちとWavesというユニットも行っていて、昨年末にライブもやりましたけど、それもエレクトリック・ミュージックの要素が強い音楽をやっているので、HEXでの経験がおおいに役立ったと思います。

佐野 もともと僕個人の中でもやりたいことがたくさんあったんですけど、その1つにHEXのコンセプトがちょうど当てはまって、僕と松浦さんの考えも一致したんです。だから、HEXって松浦さんのプロジェクトであるけれど、僕の居場所であるとも言えるんです。HEXの音作りをする時、最初のプリプロではまず松浦さんと僕でミーティングをするところから始まることが多いですけど、そうした時に松浦さんが音楽をどのポイントで聴いたりしているのかなど、いろいろ影響を受けたり勉強する部分は多いですね。

松浦 僕はHEXによってDJスタイルが変わったとかはないけれど、強いてあげればECMレコードのようなジャズをより深く聴くようになったと思います。ダンス・ジャズとかクラブ・ジャズとは相反するような世界ですが、そう考えるとHEXもダンス・ミュージックのバンドではないし、踊らせることがテーマではないなと思います。もちろん、フェスなどの内容によってそうした要素を打ち出す時もありますが、でもHEXの核に存在するものではない。変拍子の実験的な曲だったり、ピアノ・ソロが延々と続いて踊りづらいような展開であっても、音楽としてそれが素晴らしければいいわけで、 HEXはそれができる場であると。

——HEXは昨年メラニー・デ・ビアシオとガブリエル・ポソのリミックスもやっていますね。いわゆるバンド活動とはまた異なる作業だったと思いますが、こうしたプロジェクトも今後は増えていくのでしょうか?

松浦 リミックスはここに集まった3人で作業したのですが、スケジュール的にメンバー全員が揃ってやるのは困難なことが多いんです。ライブにしてもそうで、この3人のトリオ編成で昨年も1回ステージをやってますし、今度出演する「RAINBOW DISCO CLUB 2015」もそうなります。スケジュールの都合でメンバー全員が揃わない時もあるけれど、でもそれもHEXであるというようなシンボリックなものにしたいと思っているんです。メンバーが今日は1人いないけれど、でも出てくる音はHEXとして成り立つという。まあ冗談ですけど、ステージに幕を張って中はシルエットしか見えないとか、メンバーがお面をつけて登場したりとか(笑)。実際、最初のLIQUIDROOMのステージは、まだCDも出ていない、ほとんど正体もわからない状態だったので、照明を暗くしてもらって、顔とかが極力表に出ないようにしましたね。まずはサウンドを聴いて判断してくださいという意味で。衣裳もユニフォームみたいに皆で同じものをあつらえて、一種のオブジェみたいにステージ上に存在するというようなイメージです。YMOやクラフトワークと同じで、メンバーの存在自体をシンボル化させるという。

——現在、新しいアルバムに向けていろいろ案を練っているところとお聞きしています。来年、そのセカンド・アルバムを発表されるとのことですが、現時点で作業はどのように進んでいるのでしょうか? また、どんなアルバムになりそうですか?

松浦 僕の頭の中でいろいろ考え、そうしたコンセプトがだいたい決まりかけてきた段階です。今はそれが何かは具体的にはいえませんが、その1つのコンセプトに基づいたうえで、HEXが持つ多面性を表現できればと思います。また、その多面性にはファースト・アルバムにはなかった部分もあるかもしれない。来春くらいに出せればという予定ですが、今日の話の中でセカンドのアイデアに繋がる話も実はあったりします。実際に新しいアルバムを聴いてもらって、「ああ、コレだったんだ」と気づいてもらえれば嬉しいですね(笑)。