投稿日 : 2016.06.17 更新日 : 2021.02.22

手のひらサイズの旧メディア「カセットテープ」が秘めた可能性|『waltz』店主・角田太郎さんに訊く

取材・文/富山英三郎 写真/山崎瑠惟

Waltz

 えっ!?  いま何故カセットテープ? 東京は中目黒にカセットテープ専門店がオープンしたという話を聞いて、最初に感じたのはそんな素直な疑問だ。もしかしたら、ただの物好きな店主が始めた道楽かもしれない。しかし、その予想は取材を進めるうちに吹き飛んだ。店主の流暢なトークを聞くうちに、最後には、カセットテープこそが斜陽化する音楽産業や家電メーカーを蘇らせるカギになるかもしれない。そう思わせるほどの説得力と魅力が秘められていたのである。

アパレルショップやカフェなどが点在し、おしゃれな街として知られる中目黒。高層ビルが少ないこともあり、渋谷などと比べると、のんびりとした雰囲気を漂わせている。そんな中目黒駅を下車し、目黒駅方面に10分ほど歩いた住宅街に世界初のカセットテープ専門店『waltz(ワルツ)』はある。

2015年8月オープンとまだ新しいショップは、かつて金型工場だったという。店舗入口には大きなガラスがはめられたスライド式の扉があり、道沿いから店内をすべて見渡せるほどの開放感。中央の棚にはジャンルごとにカセットテープが並べられ、レジ横にはラジカセ、左側の壁にはアナログレコード、右側の壁には『ポパイ』などの古本が置かれている。あえて本を並べたのは音楽から派生するカルチャーをカバーしようという思いがあり、すっきりとした空間デザインには、女性がひとりでも入れるようにというコンセプトが生かされている。

磁気テープに音声信号を記録するメディアは1800年代後半に誕生。その後、いわゆるカセットテープが生まれたのは1960年代。そこから一般家庭に普及し、誰もが簡単に音声や音楽を録音・再生できるようになった。ソニーのウォークマン第1号機の発売は1979年、以降、屋外で気軽にパーソナルに音楽を楽しむスタイルが全世界へと広がっていく。当時は、アナログレコードと同等に、さまざまな作品が「カセットテープ版」として発売されていた。しかし、90年代にCDやMDが普及すると次第にカセットテープはその役目を終了することとなる。そして現在、カセットテープを懐かしむ世代と、初めて触れる世代の境界線は35歳くらいになっている。

Amazonで14年間勤めたのち
「カセットテープ店」オープン

「うちの客層は幅広いですよ、10代~70代くらいの方までいらっしゃいます。原体験のある方は懐かしさで来られて『自宅の押入れにあるデッキを引っ張り出したら、音がよくてびっくりしたよ!』って仰りますね。そこからハマる方が多いです」

そう語るのは店主の角田太郎さん。じつはこの方、伝説のレコード・CDショップ『WAVE』のバイヤーを経て、Amazon日本法人の立ち上げ時に入社。その後14年間勤めたというキャリアを誇る。完全成果主義の外資系企業に長期在籍していたことがまず驚きであり、ビジネスの世界ではエリートと言っていいだろう。そんなビジネスパーソンが何故、いまカセットテープ専門店を始めたのだろうか。

「レコードは昔から集めていて、2000年代初めからカセットテープも収集するようになりました。Amazonでも、当初は好きな音楽や映像のビジネスを担当していましたけど、後半は消費財の事業部長になり、いわゆる大手メーカーの方々と仕事をする機会も増えて。そうやって14年間も揉まれているうちに、気づいたら典型的な外資系マネージャーになっていたんです。そんなとき、『俺が目指してきたのはココなのか?』という疑問を感じて。WAVE時代は経営状態が悪くてやむなく辞めたので、やり残したことがあるという気持ちもありましたし……。もう一回、実店舗で、音楽的な仕事を自らの手で作ってみたいと思ったんです」

オープン時の初期在庫は、すべて私物だったというのだから収集癖は相当なもの。これまでの給料の多くは趣味に消えていったという、かなりのマニアだ。しかし気になるのは“WAVE時代にやり残したこと”だ。

「簡単にいうと実店舗での成功ですね。あの頃も充実はしていましたけど、本当に楽しくなるのはこれからというタイミングで会社が急激に衰退してしまったので。その後も時代がどんどんと実店舗にとって厳しい状況になって。『それはAmazonのせいだろ!』とも言われますけど(笑)。でも、僕はまだまだ実店舗の可能性はあると思っていたんです。『自分がいまお店をやったらこういう風にやるだろうな』っていうのは、Amazonで働きながら、また日々いろいろなお店に行くなかで考えていました。それをアウトプットしてみたくなった」

世界的なIT企業でマーケティングを叩き込まれ、ロジカルシンキングをしてきた角田さん。そこで染み付いた発想や経験をもとにしながら、自らも世界有数のコレクターであるカセットテープに新しい人生をかけたのは、このカテゴリーがどこにも存在しなかったからだと語る。また、その思いと並行するようにアナログレコードの再評価が巻き起こっていたことも背中を押した。

「デジタルに慣れた耳でカセットを聴くと、その音質の良さにびっくりすると思いますよ。この話はいろいろなところでしていますが、技術的に音がいいのと耳に聴こえる心地よさはまったく違うレベルの話。カセットテープは耳に聴こえる心地よさを持っているんです」

角田さんがカセットテープに魅了されるきっかけとなったアートブック『MIX TAPE』(2004年)。「SONIC YOUTHのサーストン・ムーアが、知り合いのミュージシャンや映画監督などに声をかけて、若いときに作ったテープを持って来させて撮影しているんです。昔、自作のカセットテープって、インデックスにこだわったじゃないですか、それは日本もアメリカも同じで、誰もアートだなんて思わず作っていたんです。ただの青春のほろ苦い思い出ですよ。でも、こうやってアートブックにまとまると、タイポグラフィーの本にも見えるし、コラージュアートのようにも見える、とにかくカッコいいんです」

「物体」として存在する音楽を
ガジェットも含めて楽しむ

レコードで音楽を楽しんでいる人はすぐに理解できると思うが、デジタルとアナログの音質は別物の魅力を有している。現在のデジタル音源は、細部までクリアに再現する力に長けている。それは4Kや8Kといった映像の世界と同じだ。その一方で、耳に心地よく、空間を包み込むような雰囲気にしてくれるのがアナログの魅力。日常的に『音楽を楽しむ』といったときに、アナログの人気が高まっていることはある意味で自然なことなのかもしれない。

「お店にはよく大学生も来られますけど、彼らにとってカセットテープはデジタルに次ぐ新しいメディアなんです。デジタルとの違いがはっきりとわかる彼らからは『こんなにパンチのある音だったんですね』っていう感想が出ますね。カセットテープの音は、CD以上に周波数の上下がカットされているので、ものすごくパンチがあるんです。また、このメカニカルな雰囲気も彼らには新鮮。ガチャっとテープを入れて、ガチンとボタンを押して、くるくると回りながら音が出るのは、究極の有形ソフトだと思うんです。いま音楽が完全に無形になっているので、その反動もあると思いますね」

以前、より手軽にアナログ・レコードのプレスができるオンラインサービスQRATES(https://www.arban-mag.com/feature_detail/6)の取材をした際にも、代表のヨンボさんは「いつの時代でもアーティストは自分の作品をモノとして残したいという欲求があるんです」と語っていた。それはリスナーにとっても同じ。自分が惚れたものに関しては、何かしらの手触りが欲しくなるものだ。

「音楽って単なる『音』じゃなくてアートだと思うんです。無形なものは『音』でしかなくて、アートではないんですよ。ジャケットデザインも、昔は有名な写真家が撮っていたわけですよね。そういう手触りの質感が、データになってしまうとまったくない。そこに対してのつまらなさはあると思うんです。一方、定額を払えば何万曲も聴けるストリーミングサービスが生まれて、みんなが音楽を聴くようになったかというとまったく逆、どんどんと聴かなくなっている。そこが音楽業界の大きな問題点でもあって、『ありがたみ』が損なわれると、みんな聴かなくなるんですよ」

音楽のプライオリティが高い人ほど
アナログに回帰している?

『ありがたみ』がないということは、ガラクタと同じともいえる。彼は音楽を愛しているがゆえに、ITプラットホームに主導権を握られてしまったレコード会社の現状を危惧している。さらには同じような境遇にある電機メーカーの現状も。カセットテープを一過性のブームで終わらせることなく、新しいムーブメントにまで高め復活させ、ひいては再生機の復活までをも目論んでいるのだ。それは音楽に携わる人々だけでなく、ハードウェアの技術者にも再び光をあてることにもなる。

「iPodが出て音楽がデータになったとき、僕も何千枚というCDを全部データにしようとして、ハードディスクを拡張していったんです。でも、あっという間に飽きましたね(笑)。ですから、生活のなかで音楽のプライオリティが高い人であればあるほど、アナログに回帰しているのは間違いないと思うんですよ」

音が良く、アートとしての手触りがあり、手軽に聴けてありがたみのあるカセットテープ。ここまでの話からすでに、自宅の片隅で眠っているカセットデッキやウォークマンを引っ張り出したくなった人も多いだろう。実際にwaltzに行けばわかるが、ここは音楽コレクターにとって新たな恐怖の入口にもなっている。「えっ、このアーティストのカセットなんてあったの?」「このカタチだとこんなジャケットになるんだ!」「うわっ、手の平サイズでかわいい!」など、どんどんと深みにはまってしまう誘惑がある。そんななか、最近は奥田民生や銀杏BOYZなど、音源をカセットテープで発売するアーティストも増えてきている。ということは、これまでもずっとカセットでの音源は発売されてきたのだろうか。

「いや、途切れています。欧米は90年代後半で終わりました。特に日本はCDに切り替わるのが早かった国なので、カセットの販売もかなり早くに終了しましたね。最後まで作っていたのが東南アジアで、それでも00年代前半まで。ですから、DAFT PUNKのカセットなどは英米では発売されていませんが、マレーシアやインドネシアでは出ていました。日本の音源でも、宇多田ヒカルの『First Love』はインドネシアでは出ていたんです」

Waltzではカセットテープを聴くためのカセットデッキやウォークマンなどのハードウェアも販売している。また、ハードウェアの修理も対応している。修理の相談は事前に連絡が必要。故障状況によっては修理不可と判定する場合もあり。

仕入れ先は世界20か国以上
平均単価は2200円に設定

一度は完全に廃れたメディア、それが徐々に復活してきているというのが現状なのだ。だが、日本ではまだカセットテープのメーカーは2社現存しており、生テープも作られている。とはいえ、アナログレコード以上に希少な存在といえる正規音源のカセットテープ。waltzではどこから仕入れているのだろう。

「お店で売っているものではないので、いろいろなルートを駆使して入手しています。これもAmazonにいたおかげですが、世界中にネットワークがあって、いまは20か国以上から仕入れています。私のようにおかしなコレクターというのはいるもので、そういう方とトレードしたりもしていますね。きれいにしていますが、ここにあるのはすべて中古品です」

現在、世界的にカセットテープ市場の相場は跳ね上がっている。この魅力にみんなが気付き始めているのだ。特に人気なのがヒップホップ。また、ハードコアパンクのような流通量が少ないものも高価になる傾向がある。

「ジャズを探している方も来られます。ブルーノートとかの名盤はわりと発売されていますけど、数は少ないですね。当時、ジャズをカセットで聴こうなんて人は、よほど変わった人だと思いますし(笑)。お客さんの中には、カセットテープを初めて見る人や、初めて手にする人も多いので、そういう方々にとって最初から高価だと入ってきづらい。ですから、他にも面白い在庫がいっぱいあるのですが、平均単価2200円で提供できるものを中心に並べています」

このお店は住所など必要最低限の情報が載っているホームページはあるものの、SNSなどのアカウントを持たず、あえて宣伝をしていない点もユニーク。Amazonで修行したマーケティングのプロがおこなっているのは、ノンマーケティングという逆説的なマーケティング手法の実験なのだ。一方、声をかけてくれたお客さんには店内撮影をOKにし、それが口コミとして広がっているという。デジタルの魅力を十分にわかったうえで提案する新たなアナログの魅力。愛する音楽が、再び多くの人にとって『ありがたみ』のあるものに戻るきっかけをwaltzが与えてくれる。

店舗情報
店名:Waltz
住所:東京都目黒区中目黒4-15-5
電話番号:03-5734-1017
営業時間:13時〜20時
休業日:月曜日

■Waltz公式サイト
http://waltz-store.co.jp/