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Interview with Elina Duni 亡命シンガーがアルバニア語で歌う
「バルカン・ジャズ」驚異の旋律
取材・文:熊谷美広
写真:則常智宏

Elina Duni

INTERVIEW
INFORMATION

 南ヨーロッパ、バルカン半島にあるアルバニア出身で、内紛が絶えない国家からスイスに亡命して音楽活動を続けている女性シンガー、エリーナ・ドゥニ。彼女が率いるカルテットが来日公演を実現させた。ピアニストのコリン・ヴァロンを中心としたトリオと、彼女のボーカルが織りなすサウンドは、アルバニアの伝統的な音楽とジャズの要素を融合させた、とても個性的でユニークなものになっており、これまで聴いたことがなかったような、新鮮な驚きに満ちている。そこでエリーナ・ドゥニに、彼女の音楽のこと、離れた祖国への想いなどを聞いてみた。  
 
――まずは、歌い始めたきっかけを聞かせてください。
2、3歳の頃から、歌ったり踊ったりしていたんですけど、それを見ていた母の友達の紹介で、5歳の時に、子供の歌のフェスティバルで初めてステージで歌って、そこから歌手を目指すようになりました。
――ジャズを歌うようになったきっかけは?
16歳の頃からブルースなどを聴き始めて、友達がエラ・フィッツジェラルドを教えてくれて、そこからルイ・アームストロングやビリー・ホリデイなどを聴き始めました。そしてその流れでマイルス・デイヴィスの『カインド・オブ・ブルー』を聴いた時、頭を殴られたような衝撃を受けて、そこからモダン・ジャズに目覚めていきました。
――でも、あなたのアルバムやライブからは、その『カインド・オブ・ブルー』の要素は感じられないですけど、あなたのカルテットの音楽は、どういうところからインスピレーションを受けているのですか?
私のカルテットのアイディアは、ピアノのコリンが最初に出してきました。12年前にベルン(スイス)の音楽大学で初めて彼に会って、デュオを始めたんですけど、その時に“どうして君の国の音楽をやらないの? それをジャズとして扱ってみないか”って言われて、そこから自分たちの音楽を作り上げていったんです。
――ECMのプロデューサー、マンフレート・アイヒャーとの出会いは?
コリンは元々ECMからアルバムを出していて、彼がマンフレートに、“何か別のプロジェクトはない?”って聞かれて、私を紹介してくれたのが始まりです。
――あなたの音楽を聴くと、普通の4拍子の曲はとても少ないのですが、それはアルバニアの音楽の特徴なのですか?
そうです。アルバニアや、バルカン半島の音楽は、全般的にそういうものが多いですね。ドラムのノルバート・ファンマッターが、それをどういう形のリズムで叩くか、というのがとても特別で、それが私たちの音楽の個性にもなっていると思います。基本的な骨組みはアルバニアの音楽ですけど、そこからの肉付けは私たちの音楽であり、私たちの“翻訳”ですね。
――あなたのグループは、“エリーナ・ドゥニ・カルテット”というユニット名ですけど、シンガーのグループって、普通はソロ名義か、歌手+バック・バンドのような扱いが多いと思います。こういう名義にしているのには、どのようなこだわりがあるのですか?
最初にコリンとのデュオから始めて、そこにノルバートが加わって、さらにベーシストも加わってグループになっていったので、そのネーミングが自分たちにとっては自然なんです。でも、この10年間は、自分にとってこのカルテットが一番重要な活動だったんですけど、現在はそれ以外にもいろいろなプロジェクトを進行させているので、私自身、さらに進化していると思っています。
――ライブを聴くと、フリー・インプロビゼーションのような部分も多いですね。
それも、その日によって変わります。私が歌うテーマには、すごくクリアなものがあるんですけど、それはスタート・ポイントにすぎなくて、あとはメンバーのインスピレーションによって曲が発展していくんです。今日のライブは、特にインプロビゼーションの部分が多かったですね。場所の環境と、オーディエンスによっても、大きく変わってくるんです。

9月4日に安養院 瑠璃講堂(東京都板橋区)で行われたライブ。メンバーはエリーナ・ドゥニ(Vo.)、コリン・ヴァロン(Pf.)、パトリス・モレ(Ba.)、ノルバート・ファンマッター(Dr.)

――あなたのアルバムやライブを聴く日本人のリスナーの多くは、おそらくアルバニア語が分からない人たちだと思います。だとしたら、あなたの何がリスナーに伝わっているんだと思いますか?
アルバニア語の歌詞を歌う時も、きっとみんなもわかっていると思い込んで歌っているからだと思います。音楽に限界や国境はないと信じているし、どんな人種であっても、どんな言葉で話していても、人との出会いと別れとを経験して生きていくんだから、それを感じ取ってくれるはずだ、と。私はいつも、みんなが共感できるようなものを表現したいと思っていますし、きっとそれが伝わっているんだと思います。それは私とオーディエンスのつながりについても同じで、私たちがオーディエンスに音楽を提示して、オーディエンスがそれを返してくれることによって、お互いのコミュニケーションはより深まっていくんだと思います。
――あなたの考える、アルバニアの音楽の魅力って、どういうところにあると思いますか?
詩ですね。言葉自体が、とても音楽的な音に聴こえるし、国内でも土地土地によって多くの方言があって、ひとつひとつ個性があるというのも、大きな魅力のひとつだと思います。私も、そのひとつひとつの言葉を、すごく楽しく表現しています。
――歌詞の内容は、やはり、人と人との愛の歌が多いのですか?
そうですね。それにアルバニアという国は、国から追放されたり、亡命したりという人々の歴史があるので、歌詞にも必然的にそういうものが多くなりますね。
――あなたが、自分の音楽を通じて伝えたいメッセージって、どういうものなのでしょうか?
リスナーの人たちに、“自分”というものを見つけてほしいですし、私が押しつけるのではなくて、それぞれが、自分の好きなことを感じてほしい。私は単なるフィルターであって、私の歌を聴いて、皆さんがそれぞれの“旅”に出てほしいし、いろいろなところに行ってほしい。映画を見るようにね。そしてリスナーがその“旅”に出てくれることが、私にとってもすごく嬉しいことなんです。日本のオーディエンスは、すごく集中して聴いてくれるし、細かいところまで見てくれているから、それを感じることができますね。
――これからのプランはありますか?
今、ソロ・プロジェクトを進めています。そこでは私もピアノやギターを弾いて、亡命や追放をテーマに、9種類の言葉で歌います。恋人同士が離ればなれになることもあるし、愛する人が国から出て行くこともあるし、そういった別れをテーマにしつつ、でもその悲しみなかから、どうやって喜びを見つけるか、というのが大きなテーマになっています。実は日本の“金継ぎ”というのを知って、それが大きなインスピレーションになりました。金継ぎって、割れた陶器の食器などを、漆で修復していく技術(漆を隠すために金粉を使うので、“金継ぎ”と呼ばれる)で、離ればなれになって、悲しい経験をした人たちは、みんな金継ぎされた陶器と同じで、そういった悲しみがあるからこそ、そのヒビを金で修復することによって、今までよりももっと輝きを増した、金色で輝く喜びを見つけられる、というのがテーマになっています。

 

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