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Interview with Teresa Cristina 新生ラパが生んだ最高のヒロイン
Tクリスチーナが語るサンバの精髄
取材・文:中原 仁
通訳:國安真奈
写真:鈴木健太(KENTA Inc)、Atsuko Tanaka

Teresa Cristina

INTERVIEW
INFORMATION

 リオの中心部に位置する音楽文化の発信地、ラパのライブハウスから大きく羽ばたき、サンバ新世代のミューズの座についた歌手、テレーザ・クリスチーナ(1968年、リオ生まれ)。この10月、13年ぶりに来日し「モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン 2016」に出演し、カエターノ・ヴェローゾのライブのオープニングアクトをつとめた。
 日本でも大勢の人に愛されているサンバの巨匠、カルトーラの名曲を歌った最新のライブ盤『Canta Cartola(カルトーラを歌う)』に基づくプログラムで、ライブ盤と同じく7弦ギターの名手、カルリーニョス・セッチ・コルダスとのデュオ。2人だけのステージながら、13年前とは比較にならないほど歌声も仕草も表現力を増し、堂々たるたたずまいはカルトーラの音楽と同質の穏やかなオーラに包まれていた。また、カエターノのパートのアンコールで再び登場して歌ったカエターノの名曲も素晴らしく、サンバ歌手のカテゴリーに収まらないスケールの大きさを印象づけた。
 
 
ーーカルトーラの名曲と彼のレパートリーだけを歌うショーを行なおうと考えたきっかけは?
「昨年の4月、リオの図書館で行なわれた文学祭のフィナーレで、30分間のショーのオファーを受けたことがきっかけです。ちなみに文学祭のオープニングで歌ったのはアドリアーナ・カルカニョットでした。30分という短い時間なので、一人のコンポーザーの作品だけを歌おうと思い、昔から敬愛していたカルトーラの作品に決めました。ですから偶然とも言えるけれど、偶然は存在しないというのが私の考えで(笑)、人生には自分の内なる言葉に耳を傾けるべき時があると思うんです。天使の忠告に従ったということです」
ーー文学祭のショーも、カルリーニョス・セッチ・コルダスとの2人で行なったのですか?
「はい。私は昔からずっと、カルリーニョスと共演したいと願ってきました。私がサンバを歌い始めた頃、彼はすでに独自のリズムやスイング感を備えた、誰からも尊敬されるギタリストでした。カルトーラを歌おうと決めたのと同時に、カルリーニョスの名前が浮かんだんです。カルトーラの曲とカルリーニョスのギターは最高にマッチすると。そして初めての共演が実現しました。このプロジェクトは私だけでなく、彼のショーでもあるんです」
ーーつまりこれは、あなた、カルリーニョス、作者のカルトーラ。この3人のショーということになりますね?
「そのとおりです。カルトーラ、カルリーニョス、クリスチーナ。3人ともイニシャルがCだから"CCC"のショーね(笑)」
ーーポルテーラ(注:リオの名門サンバチーム)のファミリーの一員であるあなたが、ポルテーラのライバルチーム、マンゲイラの創立者の一人だったカルトーラの曲ばかり歌うことについて、ポルテーラの人々からはどんな反応がありましたか?
「ポルテーラとマンゲイラは最も伝統のある二大サンバチームで、ライバルであると同時に兄弟です。ポルテーラの創立者、パウロ・ダ・ポルテーラはカルトーラの親友でもあり、ふたつのチームの間には当初から愛情と友情が存在していたのです。だから、現在のヴェーリャ・グアルダ・ダ・ポルテーラ(注:ポルテーラの長老たちのグループ)のリーダー、モナルコも、カルトーラやカルロス・カシャーサ(注:同じくマンゲイラの創立メンバーの一人)の友人で、私がカルトーラを歌うことを喜んでくれました。また、私自身は生まれつきのサンビスタでも、最初からポルテーラの一員だったわけでもなく、より自由な存在なので、困難なことはありませんでした。ただ、日本のショーのレパートリーにも入っている "Sala de recepção(人が集まる客間)" を歌うときは苦労します。この曲の歌詞は徹底的なマンゲイラ讃歌で、たとえばこの部分(と、前置きして次のように歌い始める)『空に輝く南十字星。祈ろう。最初のチャンピオンの誇りをこめて。私は断言する。ここが幸せの住みかだと。他のサンバチームの人々の羨望を一身に集めて』。ここを歌うときはいつも、声が喉に詰まる感じがします(笑)」
ーーカルトーラは愛の歌を数多く作ってきましたが、歌詞は全て男性の立場、男性の目線に基づいています。そういう曲を女性のあなたが歌うとき、どんな思いですか?
「いい質問ですね。なかでも "Tive sim(たしかに)" の歌詞はとても残酷です。カルトーラが曲を作った当時のブラジル社会では、女性は現在とは比較にならないほど抑圧された存在でした。特にサンバ界はマチズモに支配された、完全に男性上位の社会でした。ブラジルでこの曲を歌うとき、私は冗談まじりに聴衆に話します。『これは一人の男性が今、一緒にいる女性に向かって、君の前にもっと素敵な女性と、もっと幸せな日々を送っていた。そう語る曲です。皆さん、想像してみましょう。70年代に一人の女性が今、一緒にいる男性に向かって同じことを言ったらどうなるか』。そして歌詞の中の "彼女" を "彼" に変えて歌ってみせます。マチズモの考えに基づく歌詞は、当時のブラジルでは自然なことでした。でも、もしカルトーラが今も生きていたとしたら、こういう歌詞は書かないでしょう」
ーーあなたが最初に聴いたカルトーラの作品は何でしたか?
「テレビドラマの挿入歌として流れていた"Peito vazio(空っぽの心)"を、ルシア・アラウージョの歌で聴いたのが最初です。この曲にはとても強い印象を受けました。メランコリックで悲しい歌詞で。私は昔から悲しい曲が大好きで、この曲は私が知るなかで最も悲しい歌のひとつです」
写真:Atsuko Tanaka
 
ーー次に今回、共演も行なったカエターノ・ヴェローゾの作品の中で、あなたが聴いて最初に印象に残った曲は何ですか?
「ホベルト・カルロスが録音した"Como dois e dois(2+2のごとく)"です。母がいつもかけていたレコードを聴いて、5歳か6歳だった私は会話がちゃんとできるよりも前に、歌詞を覚えて歌えるようになりました。その後、小学校に入った私は気がついて母に言いました。『この曲の "2+2が5になる" という歌詞は間違いよね』と。幼かった私は歌詞の意味も分からずに歌っていたんです(笑)。カエターノのアルバムの中で最も印象に残っているのは『オウトラス・パラヴラス』(81年)です。私が少女から青春に移る時期に聴いていた、自分の人生の中で最もメモリアルなアルバムです。どの曲も素晴らしく、私は自分のアルバム『メリョール・アシン』で"Gema(宝石)"を録音しました。カエターノの音楽は、私の人生のさまざまな時期をずっと彩ってきたのです」
ーーカエターノと直接、出会い、最初に共演したのはいつでしたか?
「"Gema" を録音した次の年、カエターノから"オブラ・エン・プログレッソ"と題するライブのシリーズのゲストに招かれました。私にとっては、夢にすら見たことのない驚き、喜びでした。なぜならカエターノは私のアイドルであり、それまで会ったこともない遠い存在だったからです。でも実際に会ってみて、彼は決して遠い存在ではないことに気づきました。彼は普通に街角を歩き、映画を見に行き、ライブに通い、若い音楽家のアルバムを積極的に聴いて意見も述べます。彼は私たちの世代との間に壁を作らず、むしろ自ら壁を壊しているのです。初めて共演した翌年、私は自分のライブアルバム『メリョール・アシン』にカエターノを招こうと考えました。彼はツアー中でライブには参加できませんでしたが、そのあとスタジオに一緒に入り、彼の曲 "Festa Imodesta(みだらな祭り)"をデュエットして、ライブ盤にボーナストラックとして入れました」
ーー今回のショーのフィナーレ、カエターノとの共演の選曲について。「Como dois e dois」を歌った理由は、先ほどの発言からも分かります。「Tigresa(雌虎)」はどちらの発案ですか?
「カエターノです。この曲は、ガル・コスタが歌ったヴァージョンがとても素晴らしく、私が歌うなんて罪深いと思いましたが(笑)、作者の提案ですから断れません。でもこの曲を歌うとき、私の頭の中にはいつもガルの歌声が響いています。ガルのレコードのアレンジすら響いています(笑)」
ーー「Miragem de Carnaval(カーニヴァルの蜃気楼)」は?
「私のリクエストです。映画『チエタ・ド・アグレスチ』のサウンドトラック盤に入っている曲で、このアルバムからは "A Luz de Tieta(チエタの光)” が大ヒットして今回のショーでもカエターノが歌っていますが、"Miragem de Carnaval" はほとんど知られていません。でもメロディーも、カーニヴァルを描いた歌詞も本当に素晴らしく、ぜひ歌いたいと伝えました。カエターノが『歌詞もハーモニーも忘れてしまった』と言うので、私たちの共通の友人のギタリスト、セーザル・メンデスを連れていって彼の前で歌ったら、作者のカエターノがこう言いました。『わー、なんて美しい曲なんだ!』(笑)。プロデューサーのパウラは、有名ではない曲をアンコールで歌うことに反対しましたが、『今から知られるようになればいいんです!』と言って説得しました(笑)」
ーーあなたがグルーポ・セメンチと一緒に作ったデビューアルバムは、パウリーニョ・ダ・ヴィオラの作品集でした。ソロになってからもホベルト・カルロス集、そして今回のカルトーラ集。次に特定のコンポーザーの作品集を作る機会があったとしたら、誰の作品を歌いたいですか?
「大勢います。ネルソン・カヴァキーニョの作品集なら、明日にでも録音できますよ(笑)。シコ・ブアルキが作ったサンバも歌いたいと思っています」
ーー『カルトーラを歌う』の次のプロジェクトのアイディアはありますか?
「自分の作品を歌うアルバムを作ろうと思っています。私自身の作詞作曲の他、マリーザ・モンチ、アドリアーナ・カルカニョット、セーザル・メンデス、モアシール・ルスといった人たちと曲を共作して。本当は今年、録音しようと思っていましたが、カルトーラ集が出たばかりなので、来年になりますね」

『モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン 2016』のステージにて
写真:鈴木健太(KENTA Inc)

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