投稿日 : 2015.07.01 更新日 : 2019.02.22

【シャソル】切り取った日常にコードを重ねて完成する音楽

取材/松浦俊夫 文/山本将志 写真/大森エリコ

シャソル

フランス人ピアニスト、シャソルは、まだ日本では馴染みのないアーティストかもしれない。しかし、フェニックスやセバスチャン・テリエといったアーティストのサポートを務めている。さらに、2013年にリリースした自身のアルバム『Indiamore』は、日本でも人気の高いDJのジャイルス・ピーターソンが主宰するWorldwide Awards 2015において、Album Of The Yearの部門でファティマ、ジャロッド・ローソンに続き第3位を獲得している実力者だ。特徴的なのは映像を使ったパフォーマンス。鳥の鳴き声、人々の生活音、会話、あらゆるものを素材とし、映像にまとめてループさせ、そこにピアノでコードをのせることによって彼の「音楽」が完成する。素材となる映像は訪れた街で収められたものが多く、生活のなかに聴こえる音は、どのように頭の中で鳴り響いているのだろうか? また、この手法をどう思いついたのだろうか? 今回、2015年5月30日にアンスティチュ・フランセ東京(東京都新宿区)で行われたパフォーマンス前に、自らも彼のファンと公言するHEXのプロデューサーでもあるDJ松浦俊夫が話を聞いた。

「人の声や自然の物音を重ねてコードを足したりする。それがミュージック・コンクレートというものなんだ」

——今回ご自身のライブとしては初来日になると思いますが、日本の印象はいかがですか?

「フェニックスやセバスチャン・テリエのツアーでは来日しているんだけど、今回は僕1人での来日だからね。印象については一言では言えないかな。コミュニケーションはいつだって難しいし、考え方も日本人とフランス人では大きく違うような気がするんだ。インドにも行ったことがあるけど英語にかなり助けられた。でも日本ではジェスチャーやアイコンタクトでコミュニケーションを図らないといけないから大変かもしれないね。でもワクワクしているよ」

——ちょうどインドの話になったので伺います。前作『Indiamore』(2013)はインドを訪れて制作したものですが、場所を選定した理由とそのコンセプトを教えてください。

「作曲家にとってインドはとても魅力的な国なんだよ。テリー・ライリー、ジョン・マクラフリン、そのバンド名義シャクティとか。17歳のころからインドの音楽を聴いていて、実際よく旅行に行ってたんだ。インドの音楽の1番の魅力はコードが介入できるスペースが充分あるというところかな。ベース音が最下部にあって、高音のメロディーがある。その低音と高音の間にピアノなんかのコードを入れるスペースが充分にあるんだ。もっとフランス人にもインドの音楽を広めたいと思ってるよ。僕がインド音楽を聴くのと同じような感覚でみんなにもインド音楽を楽しんでもらいたい。多くの人がインドのコンサートに行って、全部同じように聴こえるからって眠ってしまうんだよね(笑)。今インド音楽でいちばんやりたいのは、パーカッションの音でハーモニーを作り上げることなんだ」


Chassol live 投稿者 worldwidefestival

——あなたは人間の声(歌声)や自然界の音を用いて作品にしているわけですが、日常生活をしているなかでそういった音が音階としてあなたには聴こえているのではないでしょうか?

「これはミュージック・コンクレートというものなんだけど、ギターやピアノじゃなく、自然の音を音楽の素材として使うんだよ。人が喋っている言葉だって注意深く聴けばリズム、メロディーになっている。動画を撮影して、録音された人の声や自然の物音を重ねてコードを足したりする。それがミュージック・コンクレートというものなんだ」

——以前あなたは、オバマ大統領のスピーチをハーモナイズするというユニークなことを行いましたが、それはどういったアイデアから生まれたのでしょうか? またどのように制作したのでしょうか?

「すごく喋るスピードが速いからかなりの時間をかけて作ったよ。一語一句すべて聞き取って、メロディーを探して、そこにさらにコードをのせてレコーディングして…。すごく大変だったけど、同時にすごく楽しかったよ。たとえば『アメリカで懸命に働けばその先に進めるチャンスが必ず訪れる。どこで生まれたか、どんな外見かなんて関係ない』っていうフレーズがあって、『どこで生まれたか、どんな外見かなんて関係ない』の部分にメロディーを当てはめてコードを選ぶんだ。ベースラインは常に同じにして、ニュートラルな印象を与えるようにした。メロディーのレコーディングにはかなり時間がかかったよ。一音ずつ正確に声と合わせて配置していったんだ。コードを重ねている時、これほど自分が作曲家なんだと感じたことはないという感覚になったね。このスピーチは俳優が喋っているみたいだろ? アメリカンドリームについて熱弁してるけど、そんなものはもう存在しない。ただ選挙に勝ちたいだけ。でもいい俳優だよね。ちなみにこの声にメロディーを重ねるテクニックは僕が発明したわけじゃなくて、エルメート・パスコアルっていうブラジルの作曲家が1992年にリリースした美しいアルバム『Festa dos Deuses』とか、スティーヴ・ライヒが1988年にリリースした『Different Trains』で使われている手法なんだ。この手法に僕が足したものは映像だよ。映像を撮ってループさせる。映像はループしていても、毎回そこに違うコードがのることで、メロディーは同じでも毎回違って見えるんだ。日本のために『もののけ姫』の短編を作ったこともあるよ。日本語がどんな言語なのか知りたくなってね」

 

——あなたは“ハーモナイジング・リアリティ”というコンセプトを掲げて活動されています。影響を受けたアーティストとしてスティーヴ・ライヒやエルメート・パスコアルといった現代音楽のアーティストの名前を挙げていらっしゃいましたが、それらの音楽を聴く以前、音楽へ興味を持ったきっかけを教えてください。

「父がミュージシャンだったんだ。サックスとクラリネットの奏者で、クラシックや西インド諸島の音楽を好んでいた。まだ僕が4歳か5歳のころ、妹と一緒に音楽学校に通ったんだ。そこには4歳から20歳くらいの学生たちがいて、ピアノでいろんなクラシックの曲を演奏したよ。あと10代の頃にはジャズスクールに通っていたし、テレビもたくさん見てたよ。朝3時にジョン・アダムズやスティーヴ・ライヒの音楽をオーケストラで演奏する番組があって、「何だよこれ、こんなの聴いたことないぞ!」と思って、そこからどんどん興味を持ち始めたよ。テリー・ライリーと知り合えたのも大きい。彼の音楽はクラシックだけど常にビートや調性があって素晴らしいんだ。ただシリアスで動きのない音楽は好きじゃない。アメリカのクラシック、たとえばアーロン・コープランドとか、レナード・バーンスタイン、特に『West Side Story』とか。アメリカのシンプルな作りのクラシックが好き。ジャズやラテンミュージックに影響されているような」

「僕が考える音楽とは、人間によって自然の音や雑音がオーガナイズされたもの」

——現代は、未来に希望を持ちにくい不安定な時だと思うのですが、個人的にあなたの音楽には“生きることへの喜び”のようなものを感じます。あなたはご自身の音楽をどのようなものだと思っていますか?

「幅広い質問だね。僕は白人が多くて、冷たい空気が流れるブルジョアな地域で育ったんだ。でも生まれは暖かくて明るい雰囲気の西インド諸島。僕は温かいコードのほうが好きなんだ。笑ったり喜びを感じることが大好きなんだよ。僕の両親は飛行機の墜落事故で10年前に亡くなったんだけど、それからハーモナイジング・リアリティについて学び始めたんだ。冷たさよりも太陽の光を感じていたい。でも真のエンターテイナーではないから暗闇も好きだったりするんだ。でも暗闇の中にもユーモアがあってほしい。やっぱり笑うことが好きだしね。僕は政治家じゃなくミュージシャンだから、ミュージシャンとして自分ができることは可能な限りやりたいと思っている。人々が生きる喜びを感じられるような、美しくなれるような音楽を作りたいんだ」

——10年前にご両親が飛行機事故で亡くなったことと、今回のアルバム『Big Sun』の題材が、フランス領のマルティニーク(両親の故郷)であることに関連はあるのでしょうか?

「そうだね。マルティニークは両親の故郷で、毎年夏に行ってたからよく知ってる土地なんだ。音楽って触れられないものだし目に見えないものだけど、とても力を持っている。ループする映像にコードを重ねていくと、映像も全く違うものに見えるんだ。僕が伝えたいのはそういうこと。音楽の力なんだ。パリでも日本でもアメリカでも主題は常に音楽の力。でも人も好き。両親の故郷であるマルティニークの人々と触れ合ってから、カーニバルや自然、鳥が歌うハーモニー、その土地の人が話す言語にも興味が湧いたよ。クレオール言語という言語があるんだけど、とても特徴的な喋り方だからそれをハーモナイズすることにも興味がある。そしてもちろん、そこに行くと両親を想うよ。父にはミュージシャンとしての僕を見てほしかった。でもこの会話をきっとどこかで聞いていてくれていると思う」

——あなたにとって音楽とは? 一言でお願いします。

「一言で? うーん、コミュニケーションかな。でももう少し追加させてよ、人生は一言では表現できないことばかりだし。僕が考える音楽とは、人間によって自然の音や雑音がオーガナイズされたもの。それは力を持っていて、目に見えないのにとてもリアリスティックでクレイジーなもの。インドでシタール奏者とレコーディングした曲があるんだけど、演奏が終わった後、彼女になぜ音楽を奏でるのか、どんなことを考えて演奏しているのかと聞いたら、音楽は私の神であり愛なんだと言っていた。音楽は彼女にとって、とてもスピリチュアルなものなんだ」

——あなたが影響を受けた音楽のなかで人生を大きく変えることになった楽曲を1曲挙げてください。

「また1つかい? 人生で答えが1つだけのものなんてないよ(笑)。人生を変えた1曲は……いや、違うな……1曲だけ選ぶなんて難しすぎるよ(笑)。どの曲を挙げるかはとても大事なんだから。……よし、わかった。チック・コリアの曲かな。彼の曲は昔からずっと聴いていて、僕のピアノの演奏にかなり影響を与えているんだ。特に17歳のころよく聴いていたかな。テスト前なのに勉強もせずにチック・コリアばかり聴いてたよ。その1曲っていうのは『Light As a Feather』っていうアルバムに収録されている〈Captain Marvel〉って曲。とても美しくて大好きな曲だよ!」