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Interview with マイルス・エレクトリック・バンド
Part 2
「マイルス・デイヴィス門下生」たちが語った
知られざるマイルス伝説
撮影/Masanori Naruse 小泉 健悟

マイルス・エレクトリック・バンド Part 2

INTERVIEW
INFORMATION


 マイルス・デイヴィスの“エレクトリック期”を、ともにマイルス・バンドのメンバーとして過ごした、ヴィンス・ウィルバーンJr.と、ロバート・アーヴィング3世、そしてダリル・ジョーンズ。彼らが結成したマイスル・エレクトリック・バンドについて、また、マイルスの本性について語ってくれたPart 1今回はさらにディープに“マイルスの素顔”を。そして“あの映画”に対する意見も。前回にひき続き、聞き手は小川隆夫氏。

左からヴィンス・ウィルバーンJr.、ダリル・ジョーンズ、ロバート・アーヴィング3世


小川 ロバートはマイルスと一緒にプレイすることで何を学んだ?
 
ロバート 俺は初めてマイルスと会った日、目の前でピアノを弾いてくれって言われた。俺のバックグラウンドはブルース、ゴスペル、ジャズ、フュージョン……それを全部を少しずつミックスして弾いたんだ。すると彼が俺のところに来た。俺が慌てて立ち上がろうとしたら、彼は「いいから、座ってろ」って言いながら、俺の肩越しに腕を伸ばして、鍵盤に手を置いた。で、ものすごく複雑なハーモニーを弾いたんだ。俺はそのセオリーがわかったから、彼がなぜそれを弾いたかのもすぐに理解できた。彼が創り上げていたのは、テンション、リリース、テンション、リリース……。衝撃的だったよ。ハーモニーにこれだけの可能性があるんだ! って。目が覚める思いだった。そこから俺は完全に変わった。その瞬間ですべてが変わったんだ。彼はまるで医者が診断を下すかのように、俺が次のレベルに上がるためには何が必要かすぐに分かったんだ。それから俺は1時間そのピアノの前に座って、自分が思うままに弾いたよ。マイルスはソファに座って「そうだ、いいぞ、わかるか? そうだよ」って。あれは俺にとって一生残る最高の学びであり、今でもそれを感じながらやってる。
 
小川 ダリルは? マイルスから何を受け取った?
 
ダリル 俺は「聴く」ことを学んだね。マイルスと一緒にやり始めて3、4か月くらい経った頃、シンディ・ローパーの「タイム・アフター・タイム」を覚えろって言われたんだ。俺は「マジかよ、マイルスは俺たちにポップソングをプレイさせる気なんだ……」って動揺したんだけど(笑)、リハーサルしはじめたとき、彼がメロディを口ずさみながら「この部分を弾き続けろ」って。それからまた別のメロを口ずさんで「この部分になったら一気に盛り上げるぞ」って言うんだ。それに対して俺が「16小節でいくべき? 32小節でいくべき?」って訊いたんだ。すると、知るかてめーこのボケが!って勢いで「俺が盛り上げたらお前も盛り上げればいい。それだけだ」って。俺は若かったし「そ、そ、そうか、わかったよ……」って、シュンとしちゃってな(笑)。で、それ以来、彼の意図を感じながらついていく、とでも言うのかな。ステージで彼が演奏しながら行ったり来たりしてるのを見ながら「やるべきこと」に備えた。聴いている以上のことをしたのさ。彼の向かおうとしている場所を察知し、彼の意図を理解するためにな。この感覚は、俺の音楽キャリアで経験した全ての状況で役立っている。もしその方法を学んでなかったら、今のように成功はしていなかったと思うよ。よく自分の生徒に言ってるよ。「ここには俺よりも優れたミュージシャンがいるかもしれない。でも俺ほど“聴く”ことができる奴はいないはずだ」って。
 

「ゲームを観に来てるんじゃない。
 リズムを聴きに来てる」

 

ヴィンス 俺はやっぱり状況が違うよな。彼の甥であるわけだから。いつも彼を喜ばそうと頑張っていたし、そうしなきゃという思いに苛まれていたことは事実だ。彼はドラマーには厳しかったとは言いたくないけど……。
 
ダリル いや、厳しかった。ものすごく。マイルスはお前だけじゃなくて、トニー(ウィリアムス)にも同じだったし、アル・フォスターや、リッキー・ウェルマンにも厳しかった。まるで彼自身が“叩かないドラマー”みたいだったな。プレイしながら盛り上がってくると、マイルスは「俺の頭に流れているチューンをやれるか試してみよう」ってモードになるんだ。当然、うまくいかないこともあるんだよ。
 
ロバート 彼はある程度、俺たちを拘束していた部分もあって、実際に痛めつけられたこともあった。かなり厳しく「自分自身の伴奏をするな」とか「バンドは即興するな」とか。ブルースをやるときに「オクタトニック・スケールはプレイするな」って言われたこともあるよ。ブルースでその音を使わないってのはありえないんだよ。でも「他の方法を考えろ」って。制限を与えることで音を作っていったんだ。ただし、ドラムの場合は、ドラマーに制限を与えすぎると問題が発生する。ドラマー全員が不満を言ってたよ(笑)。以前、マイルスがTVのインタビュー番組『60 Minutes』で、こう訊かれたんだ。「レイカーズ(バスケ)の試合会場でよく見かけるけど、ファンなんですか?」って。するとマイルスはこう答えた。「ゲームを観に来てるんじゃない。リズムを聴きに来てる」。彼はどんなものにも常にリズムを感じていた。それをそのままドラマーに再現させようとしたんだ。アル・フォスターがイタリアのポンペイでのショーで、いきなり叩くのをやめた日があった。
 
ダリル ああ。あの夜のことは覚えてるよ。
 
ヴィンス プレイするのをやめて、ただドラムセットに座り込んでた。マイルスにいちいち指示されるのにウンザリしたんだ(笑)。観客は1万人ぐらいか? みんな茫然としてたよ。ステージがシーンとなって、マイルスが言った。「アル、頼むよ」って(笑)。
 
一同 (爆笑)
 
ヴィンス あれ以来、アルには必ずソロの時間が与えられることになった(笑)。マイルス自体が常に欲求不満のドラマーみたいなもんだったよ。


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