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Interview with マイク・スターン 両腕を骨折。接着剤でピックを指に装着…
逆境が生んだ傑作『TRIP』制作秘話
取材・文/林 剛

マイク・スターン

INTERVIEW
INFORMATION


 70年代中期、ブラッド・スウェット&ティアーズに参加し、その後ビリー・コブハムらのグループへ。80年代前半にはマイルス・デイヴィス復活を謳う“カムバック・バンド”に加入するなど、多様な境域で活躍するギタリスト、マイク・スターン。
 そんな彼が3年ぶりに新アルバム『Trip』をリリースする。この新作について訊きたいことは山ほどあるが、その前に「あの話」を訊かなければならない。
 昨年の7月、両腕を骨折するという事故に遭った彼は、直後に予定していたヨーロッパ・ツアーをキャンセル。その後の動向はあまり報じられないまま、検索窓に「mike stern(マイク・スターン)」と打つと、次の予測ワード最上位に「injury(怪我)」と出る状況だけが、ただ続いていたのだ。
 
 
——腕の怪我はもう大丈夫なんですか?
 
「ああ、じつはまだ完治していないんだ。右手の親指と人さし指を強く握れないので、指とピックに接着剤をつけて演奏しているんだよ。最近、筋を入れ替える手術をして筋肉を鍛え直しているので、少しずつ良くなってきてはいるけどね」
 
——事故はどんな状況だったのですか?
 
「工事現場というか、道の真ん中に建設機材が隠れて置いてあって。道を渡ってたら、その機材につまずいて、転びそうになって姿勢を保とうとしたら肩から落ちちゃってさ。両腕を骨折してしまったんだ。で、病院に運ばれたんだけど、右手の神経もおかしくなっていて、今でも違和感が残ってるんだよね」
 
——そんな状態で、新作のレコーディングを?
 
「チャレンジだったね。とにかく全身全霊を込めてプレイした。自分の頭に流れている音を形にする。そのことだけに集中してやったよ。もしかしたら十分に弾けないかもっていう気持ちもあったけど、それでもやるしかない! という気持ちだけでレコーディングしたんだ」
 
——新作を聴いてもライブを観ても、後遺症など微塵も感じられませんでした。
 
「周りからもそう言われるよ。たぶん今までより必死になったことが音に現れたんだと思う。プレイしながら『ここ間違ったかな?』とか『強く弾きすぎたかな?』と思うこともあったけど、あとで聴き直してみるとそんなことなくて。これには勇気が出たよ」
 
——『Trip』というアルバム・タイトルについて教えてください。
 
「何が起きるかわからない人生の中で、俺は旅に出る…。それはツアーをしているっていう意味でもあるけど、〈Trip〉には〈転ぶ、つまずく〉という意味もある。自分の中では後者の意味、つまり今回の事故が大きいね。怪我があってもこれだけのことができるんだ、ってことを知ってもらえるし、他の人が何か感情的にでもつまずいているときに“大丈夫だ”って思うきっかけになってくれればいいという気持ちもあった。人生って感情的にも肉体的にもつまずくってことは多いからね」
 
——参加ミュージシャンも豪華です。
 
「特にデニス・チェンバース、ヴィクター・ウッテン、それにプロデュースを手掛けたジム・ビアードの3人は参加してくれて本当に良かった。最近のレコーディングっていうと、みんなから音や歌のパートをもらってオーヴァー・ダブするのが一般的なんだ。これは時間の節約にもなるけど、自分がやってるような音楽は、やっぱりスタジオでのライブ録音がいい。だから、そこにはこだわった。今回のアルバムもビル・エヴァンスや初めて参加してくれたレニー・ホワイトとかと全員で一緒に録ったんだ。リハーサルがほとんどできない状況の中で、スタジオでパッと録れるのはミュージシャンたちの才能が素晴らしいからだよね。いい作品になったと思うよ」
 
——旧知のビル・エヴァンスとは、多くを語らずとも意思の疎通が図れているという感じですよね。
 
「マイルス・デイヴィスのバンドに入れたのもビルのおかげだしね。ビルとは昔ボストンの小さなクラブで何度か一緒にプレイして、その縁でマイルスに紹介してもらったんだ。それ以前にマイルスのバンドにいたギタリストは素晴らしかったけど、マイルスと性格が合わなくて脱退したんだよね。それで自分が入って3年間一緒にやることになって、その3年後にはデイヴィッド・サンボーンと一緒に回ったりして、さらにその後にマイルスから連絡がきて、もう一度やることになったんだ」
 
——その頃のあなたは、マイルスから何を学んだ? 
 
「とにかく自分らしくやれ、っていうことだ。マイルスと一緒にやってるからといって彼のやり方や音をコピーする必要はない。まずアイディアを自分の中に取り込んで、自分らしい方法でアウトプットする感じだね」