投稿日 : 2019.04.30

【マイク・スターン】両腕を骨折。接着剤で指にピック装着。逆境が生んだ傑作『TRIP』制作秘話

取材・文/林 剛

マイク・スターン インタビュー

2017年9月5日のインタビュー記事を再掲

70年代中期、ブラッド・スウェット&ティアーズに参加し、その後ビリー・コブハムらのグループへ。80年代前半にはマイルス・デイヴィス復活を謳う“カムバック・バンド”に加入するなど、多様な境域で活躍するギタリスト、マイク・スターン。

そんな彼が3年ぶりの新アルバム『Trip』(2017年9月)をリリースした。この新作について尋ねたいことは山ほどあるが、まずは「あの話」を訊かなければならない。

昨年7月、両腕を骨折するという事故に遭った彼は、直後に予定していたヨーロッパ・ツアーをキャンセル。その後の動向は報じられないまま、ネットで「mike stern(マイク・スターン)」と検索すると、次の予測ワード最上位に「injury(怪我)」と出る状況だけが、ただ続いていたのだ。

──腕の怪我はもう大丈夫なんですか?

「ああ、じつはまだ完治していないんだ。右手の親指と人さし指を強く握れないので、指とピックに接着剤をつけて演奏しているんだよ。最近、筋を入れ替える手術をして筋肉を鍛え直しているので、少しずつ良くなってきてはいるけどね」

──事故はどんな状況だったのですか?

「工事現場というか、道の真ん中に建設機材が隠れて置いてあって。道を渡ってたら、その機材につまずいて、転びそうになって、姿勢を保とうとしたら肩から落ちちゃってさ。両腕を骨折してしまったんだ。で、病院に運ばれたんだけど、右手の神経もおかしくなっていて、今でも違和感が残ってるんだよね」

──そんな状態で、新作のレコーディングを?

「チャレンジだったね。とにかく全身全霊を込めてプレイした。自分の頭に流れている音を形にする。そのことだけに集中してやったよ。もしかしたら十分に弾けないかもっていう気持ちもあったけど、それでもやるしかない! という気持ちだけでレコーディングしたんだ」

──新作を聴いてもライブを観ても、後遺症など微塵も感じられませんでした。

「周りからもそう言われるよ。たぶん今までより必死になったことが音に現れたんだと思う。プレイしながら『ここ間違ったかな?』とか『強く弾きすぎたかな?』と思うこともあったけど、あとで聴き直してみるとそんなことなくて。これには勇気が出たよ」

人生は本来“つまずく”もの

──『Trip』というアルバム・タイトルについて教えてください。

「何が起きるかわからない人生の中で、俺は旅に出る…。それはツアーをしているっていう意味でもあるけど、〈Trip〉には〈転ぶ、つまずく〉という意味もある。自分の中では後者の意味、つまり今回の事故が大きいね。怪我があってもこれだけのことができるんだ、ってことを知ってもらえるし、他の人が何か感情的にでもつまずいているときに“大丈夫だ”って思うきっかけになってくれればいい。そんな気持ちもあった。人生って感情的にも肉体的にもつまずくってことは多いからね」

──参加ミュージシャンも豪華です。

「特にデニス・チェンバース、ヴィクター・ウッテン、それにプロデュースを手掛けたジム・ビアードの3人は参加してくれて本当に良かった。最近のレコーディングっていうと、みんなから音や歌のパートをもらってオーヴァー・ダブするのが一般的なんだ。これは時間の節約にもなるけど、俺がやってるような音楽は、やっぱりスタジオでのライブ録音がいい。だから、そこにはこだわった。今回のアルバムもビル・エヴァンスや初めて参加してくれたレニー・ホワイトとかと全員で一緒に録ったんだ。リハーサルがほとんどできない状況の中で、スタジオでパッと録れるのはミュージシャンたちの才能が素晴らしいからだよね。いい作品になったと思うよ」

──旧知のビル・エヴァンスとは、多くを語らずとも意思の疎通が図れている、という感じですよね。

「マイルス・デイヴィスのバンドに入れたのもビルのおかげだしね。ビルとは昔ボストンの小さなクラブで何度か一緒にプレイして、その縁でマイルスに紹介してもらったんだ。それ以前にマイルスのバンドにいたギタリストは素晴らしかったけど、マイルスと性格が合わなくて脱退したんだよね。それで自分が入って3年間一緒にやることになった。その3年後にはデイヴィッド・サンボーンと一緒に回ったりして、さらにその後にマイルスから連絡がきて、もう一度やることになったんだ」

──その頃のあなたは、マイルスから何を学んだ?

「とにかく自分らしくやれ、っていうことだ。マイルスと一緒にやってるからといって彼のやり方や音をコピーする必要はない。まずアイディアを自分の中に取り込んで、自分らしい方法でアウトプットする感じだね」

ジミヘンみたいな情熱で弾け

──今回の来日公演(注1)では、最後にジミ・ヘンドリックスの「Red House」を披露していましたね。以前、マイルスから「ジミ・ヘンドリックスのように弾け」とも言われたそうですが。

注1:2017年9月。ブルーノート東京にて「マイク・スターン/ビル・エヴァンス・バンド featuring ダリル・ジョーンズ&サイモン・フィリップス」名義で出演。

「そうそう! でも、ジミ・ヘンドリックスみたいに弾くのではなく、プレイ・スタイルはあくまでも自分流を保持しながら“ジミヘンみたいなアティテュードで弾け”っていうことなんだ。つまり、そこに込める熱をジミヘンみたいにしろ、ってこと。それで、あまりにも自分のやり方になりすぎてマイルスに文句を言われたこともあったけど(笑)、最終的に自分が信じた音をやり続けたらマイルスも納得してくれたよ」

──あなたが参加したマイルスのアルバム『The Man With The Horn』(1981年)。そのオープニング曲「Fat Time」は、当時のあなたのニックネームだと聞いていますが。

「それも本当だ。マイルスが僕につけたニックネームが“ファット・タイム”だった。それは自分が太っていたからでもあるし、僕の“タイムフィール”を気に入ってくれてたっていうことでもあるんだ。あの曲は、すごく長いギター・ソロがあって、自分としても満足のいくプレイではあった。でも、緊張していたこともあって、完璧にしたくて『もう一回やらせてくれないか?』って訊いたら、マイルスにこう言われたんだ。『パーティに行ったら、いつ帰るかっていう引き際を知らなきゃダメだ』って(笑)。つまり、やりすぎちゃダメだってこと。それであのギター・ソロになったんだ。素晴らしい記録になったと思ってるよ」

──その2年後、あなたは初リーダー・アルバム『Neesh』(1983年)を出します。この作品の邦題が『ファット・タイム』になっていることを知っていますか?

「え? マジで!? それは知らなかった(笑)。でも、それでいいと思うよ(笑)。あのアルバムは、我ながらすごくいい仕上がりだと思っていて、自分が書いた曲を、好きなミュージシャンたちと一緒にプレイできることの素晴らしさを実感した。まあ、実感したのは、ずっと後になってからだけどね。当時のレコード会社とクールな関係でいられたことにも感謝しているよ」

──あなたは、非常にオリジナルな存在感のギタリストだと思います。たとえば音色の面で、心がけていることはありますか?

「自分のギターと一緒に誰かが歌っているような音を出したい、そう心がけているよ。あと、ホーン・セクションのような音。例えばディストーション・エフェクトを使っても使わなくても、自分のプレイではそんな音を目指しているんだ」

──愛器はヤマハのシグネチャー・モデルですよね。

「そう。ボストンのバークリー音楽大学時代にはテレキャスターを使ってたんだ。それは、僕の地元でもあるワシントンDCのギタリスト、ダニー・ガットン(注2)から譲り受けたもので、もとはロイ・ブキャナン(注3)の持ち物だったんだよ」

注2:〈1945-1994〉セッション・ミュージシャンとして、ジャズ、ブルース、ブルーグラス、ロカビリーなど、多様なジャンルを弾きこなし、テレキャスターの使い手 「テレマスター」や「世界で最も偉大かつ無名なギタリスト」の異名をとる。1994年、自宅ガレージで銃による自殺。

注3:〈1939-1988〉テレキャスター・サウンドのパイオニアとも称される、不世出のブルースマン。1988年、勾留中の刑務所内で首を吊って死亡(死因には諸説あり)。

──すごい! 

「ところが、あるときバス・ターミナルで銃を突きつけられて、そのギターを盗られてしまった。で、それを知った人が似たような音を出すギターを作ってくれて。そのあとに、ヤマハから僕のシグネチャー・モデルを作らないかと言われたんだ」

──いつもステージ衣装が黒なのは?

「自分が持っているのは黒だけ。生まれた時から着てたって言ってもいいかもしれないね(笑)」

──40年以上の長きにわたって、聴衆を刺激し続けられるのは稀なことです。それができた理由を自己分析すると?

「作品を作るたびに全身全霊を込めているし、本当に必死になってやっているんだよね。曲作りもそうだし、人選とかのオーガナイズの部分から全て自分でやってきた。そもそも音楽自体がエンドレスだと思っていて、音楽のことを知れば知るほど、知らないことがいっぱいあるんだってことに気づく。それってフラストレーションが溜まることでもあるんだけど、音楽を学ぶってことは、終わりなき旅でもあるんだよね」

2017年9月5日のインタビュー記事を再掲

マイク・スターン〈2019年8月〉来日公演情報

http://www.bluenote.co.jp/jp/artists/mike-stern/