投稿日 : 2016.03.17 更新日 : 2018.01.26

メイシー・グレイ

取材・文/熊谷美広 写真/jun2

メイシー・グレイ

2001年にグラミー賞を受賞し、近年はデヴィッド・マレイとのコラボレーションなどでも話題を呼んだ、実力派の女性R&Bシンガー、メイシー・グレイのライブが、Billboard Live TOKYO(東京都港区)で行なわれた。キーボードが2人に、ギター、ベース、ドラムという5人編成のバンドによるファンキーなグルーヴに乗ってメイシーが登場し、デビュー・アルバム『On How Life Is』(1999年)に収録されていたミディアム・ファンク・チューン「Why Didn’t You Call Me」から、ライブはパワフルにスタートした。メイシーはおなじみの超ハスキー・ボイスで、ソウルフルに歌い上げていく。その歌の迫力と存在感がすごい。まさに個性の塊のようなシンガーだ。また途中、キーボード奏者の1人がトランペットも吹き、サウンドにさらなる広がりを与えている。

その後も「Do Something」「Me With You」「Caligula」「Stoned」と、これまでのアルバムに収録されていたナンバーが次々と歌われていったが、彼女の歌もバックのサウンドも、ライブということでさらにラフに、自由に、そしてグルーヴ感あふれるものになっており、また客席とのコール・アンド・レスポンスも行なうなど、ライブならではのパフォーマンスで、観客を徐々に彼女の世界に引き込んでいく。ステージに派手なセットや仕掛けがあるわけでもなく、きらびやかな照明があるわけでもなく、また凝った演出などもない。だが全身からあふれ出るような歌の表現力と説得力、そしてバンドと一体になったサウンドだけで、観客を魅了していく。彼女は、必要以上に自分を着飾ったり、自分を高く見せようとしたりはしない。ただただ“素”の自分で、ストレートに歌っているだけだ。そしてその姿が感動的だ。きっと、歌うことが好きで好きでたまらないのだろう。彼女の歌を聴いていると、R&Bだけではなく、ブルースやゴスペルからも強い影響を受けているなということが伝わってくる。彼女は、いわゆるR&B系のディーバというよりは、エタ・ジェイムスやメイヴィス・ステイプルズのような、ブルースやゴスペルにルーツを持ったシンガーなのだろう。ざっくりとした、泥臭い、洗練されていない歌声だが、そこがとてつもなく魅力的だ。

その後プリテンダーズ1979年のヒット曲「Brass In Pocket」のカバーが歌われた。彼女のカバー・アルバム『Covered』(2012年)には収録されていなかったので、新鮮な驚きだったが、カントリー・ロック調のアレンジで、ゴリゴリと彼女が歌うと、まるでオリジナル曲のように聴こえてくるから面白い。“scream!”と会場を煽って、さらに盛り上げていく。そして「A Moment To Myself」に続いて、「Relating to a Psychopath」では、途中テンポを変えたり、メンバーたちのソロがフィーチャーされたり、彼女もパワフルなフェイクを聴かせたりと、ライブならではの熱い展開を見せた。

そして彼女最大のヒット曲「I Try」のイントロが始まったが、“月曜の夜だから、みんなまだ静かね”と客席を煽って、またイントロからやり直すという、ライブならではの掛け合いが繰り広げられ、そこから客席も総立ちになって、もっと盛り上がっていく。途中「上を向いて歩こう」のフレーズを盛り込んだり、突然レゲエのリズムになって、ボブ・マーリーの「No Woman, No Cry」の“Everything’s gonna be alright”のパートを歌うなど、自由な発想のパフォーマンスで、ライブのボルテージは一気に頂点に達した。そしてラストは「Life」がエネルギッシュに歌われ、彼女がステージを降りた後も演奏は続き、そこからメンバーが一人ずつ去って行って、最後はギタリストのみになって終わるという、ちょっとオシャレなエンディングだった。

メイシー・グレイというシンガーの実力の素晴らしさ、そして素の彼女の魅力がダイレクトに伝わってくる、とても熱いライブだった。いい歌と、いい楽曲と、いい演奏さえあれば、凝った演出や仕掛けなどなくても、これだけの感動的なライブができるのだ、ということを実感させてくれた。