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ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ
“ADIOS TOUR”
Featuring オマーラ・ポルトゥオンド
2016 03.18 fri.  @豊洲Pit
取材・文:安斎明定
写真:高橋慎一

ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ  “ADIOS TOUR”  Featuring オマーラ・ポルトゥオンド

REPORT
INFORMATION

 20世紀の末、世界中でキューバ音楽の大旋風を巻き起こしたブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ。あれから約20年、時の流れとともにルベーン・ゴンサレス(ピアノ)やイブライム・フェレール(ボーカル)、オルランド“カチャイート”ロペス(ベース)やコンパイ・セグンド(ギター)など主要なメンバーは夜空の星になった。しかし、音楽は確実に受け継がれていく。
 今回は“ADIOS TOUR”のタイトル通り、特別な意味が込められているコンサートになることが肌に伝わってくる。オマーラ・ポルトゥオンド(ボーカル)が「(冒頭の4人を示しながら)私たちは彼らが残した業績を今も引き継いでいるように感じるの。だから、まるで彼らのような偉大なミュージシャンへのトリビュートとして演奏し、ずっと彼らのことを想っているのよ」と言っているように、ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブの音楽は世代を超えて引き継がれていくが、オマーラたちが海外でライブをやるのは今回が最後なのでは?
ライブが始まる前から熱い空気が充満している。そんな雰囲気のなか、「Como Siento Yo」で演奏は始まった。
 総勢14人のオルケスタが創り上げる優美でエレガントなサウンド。初っ端はミディアム・スロウのたっぷりタメのあるリズムにセンチメンタルなメロディが絡む。ベースとパーカッションが刻む陰影のあるリズムに合わせて観客は手拍子でクラーベ(ラテン音楽でテンポを構成するために用いられるリズム・パターン)を叩く。その演奏から滲むコクは、まるで樽の中でじっくり熟成したダーク・ラムのように芳醇だ。
 バックには大きなスクリーンが提げられ、他界したメンバーの写真が巧みな編集で映し出される。6曲ほど全員で演奏したあと、オマーラがピアノの伴奏だけで「Veinte Anos」を歌いだす。20年前と変わらぬオーラを放つ彼女のどこまでも美しく力強い歌声は、しかし決して威圧的ではなく、会場を優しく抱き込んでいく。



 続けて名曲「Besame Mucho」が会場と一体になって歌われる。オマーラは何度も日本語で「ありがとうございます」と繰り返し頭を下げている。インタビューでも「日本の方々はいつも私たちと一緒に踊り、一緒に歌ってくれてとても幸せそうにしてくれます」とオマーラ。日本の「さくらさくら」を完璧に歌いこなして聴かせてくれたのには、少し驚いた。
 オマーラが「みんな、(それぞれのメンバーは)お互いのことは知っていたの…」と言うブエナ・ビスタソシアル・クラブとのレコーディングに彼女を誘ったのは、ほかでもないライ・クーダーだ。オマーラはその作品が世界中でヒットしてグラミーを受賞し、カーネギー・ホールで演奏するほど有名になっても、「私たちの人生には何の影響もないの」と微笑む。また「キューバの音楽は昔から確立されていたので、私たちがしたことはキューバ音楽の知名度を少しだけ世界に広めたというのが現実ではないでしょうか」と控えめな回答。唯一、世界中でヒットして変わったことがあるとすれば、それは「以前よりもコンサートの数が増えたことね」と、一切特別視はしていない。
 だから、今回のツアーが「最後だとは、あまり考えたくないの」と…。彼女たちにとっての音楽はとても身近で「死ぬまで続けるもの」であるからだ。自分たちの文化でありアイデンディティでもあるキューバ音楽に対する愛情とプライド。そんな姿勢が、名刺代わりの1曲と言ってもいい大ヒット曲「Chan Chan」で炸裂する。
 そしてコンサートが佳境になると、メンバーの演奏も次第に熱を帯びてくる。「El Cuarto De Tula」や「La Sitiera/Guantanamera」といったノリのいい曲が目白押しに繰り出され、会場の空気はピークに達する。



 かつて、彼らの音楽が大ヒットしたとき、人々は“リヴィング・レジェンド”という言葉を多用した。しかし、あれから約20年、そのリヴィング・レジェンドたちは、真の意味で「レジェンド(伝説)」になりつつある。だが、彼らの音楽に対するスタンスは何も変わらない。街角で普段着のまま演奏されている音楽が、ステージに上がると世界中の人々を心から魅了する音楽に変わっていく。否、本当は何も変わってはいない。最初から世界レべルの音楽が奏でられていたのだ。
 アンコールで演奏された「Dos Gardenias」と「Candela」はこの日、会場に居合わせた人たちにとっては絶対に忘れることができないほど、強く記憶に刻み込まれたのではないか。音楽は記憶を鮮やかに蘇らせ、人生に深い喜怒哀楽を提供してくれる。ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブのそれは、まさに「生活の音楽」であり、彼らにとって人生の一部なのだ。
 一晩過ぎた今となっては、あれは幻だったのではないか――そんなふうにも感じられるほど、美しく気高い歌と演奏の記憶。僕たちは確かに“生ける伝説”を目の当たりにしたのだ。
 「伝説」はいつだって美しい。しかし、美しいだけでなく、これほどまでに生々しい伝説を、僕はほかに知らない。
 ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ――この名前の響きが蘇らせてくれる甘く、切なく、そして少しビターな記憶は、オーディエンス一人ひとりの心の底に眠り続けるに違いない。

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