投稿日 : 2016.10.01 更新日 : 2018.01.25

スイス大使公邸のパーティーに潜入 前代未聞のDJシステムに業界騒然?

取材・文/山下実 写真/モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン

スイス大使公邸のパーティーに潜入
前代未聞のDJシステムに業界騒然?

この10月に本番を迎える、モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン2016(MJFJ2016)。その開催に先駆けて、記念イベントが行われた。いわゆるレセプション・パーティーというやつである。100名を超える関係者やスタッフが集うというこのパーティーで、いまだ明らかにされていない“MJFJ2016のタイムテーブル”や、出演者にまつわる耳寄り情報などをキャッチできるかもしれない。そんな思いで、現場に潜り込ませてもらったのだが、さすが「モントルー」の名を冠したパーティー。会場がなんと「スイス大使公邸」である。路上で職務質問をされるのが日常茶飯事となっている私のような人間にとって、非常に敷居が高い場所だ。

あたりはすでに、うっすらと夕闇が迫っている。この日、日中の最高気温は30度を超え、9月中旬の夕刻とはいえ、この格好(スーツにネクタイ)で歩くと汗が流れる。さらに「こんな俺をスイス大使は受け入れてくれるのか?」と思うと、足取りも重くなる。しかし皮肉なことに、この服装のおかげで道すがらの職務質問は一切なく、どんどん会場へと近づいてしまう。10メートルほど先に、なんかセレブっぽい一群がいるので、それとなく後を追っていく。「この不審な行動が警察の目を光らせるのだ」ということは百も承知なのだが、これはもう、ライブ会場やクラブに向かうときの癖なのだ。“それっぽい人”についていけば会場に着く。いつもテキトーで、遊んでばかりいる人間の習性なのだ。

さて、この流れで行くと、到着までにひと波乱あるのがセオリーなんですが、すみません、普通にスイス大使公邸に着きました。尾行を続けたセレブっぽい人からは終始チラ見され続けましたが、耐えました。っていうか、なに見てんだよ! 駅からトボトボ歩いてる時点でおまえら全然セレブじゃねーんだよ!! と思って一瞥したら、知り合いの山本編集長(職質仲間)でした。一気に安心感に包まれ、意気揚々と“高い高い敷居”を跨ぎます。

すると、ここは治外法権。日本の公権力が及ばない超法規的エリアであることを、遊び人特有の嗅覚で感じ取り、私も山本編集長も非常にいい気分です。すると同時に、いかしたミュージックが聞こえてくるじゃないですか。これは事前に知らされていたのですが、DJとして須永辰緒さんと、松浦俊夫さんが出演(会場の音楽を担当)とのこと。ご両人は後日行われるMJFJ2016の出演者でもあります。さらに、聞くところによると、この会場に流れる「音楽」に、ユニークな趣向があるらしい。そのことが気になって、早くDJブースの近くまでたどり着きたいのだけど、なかなかブースが見つからない。それどころか、目の前を行き交う「トレーに飲み物を乗せた黒服の人」のキラキラした飲み物やオードブルに目を奪われ、右往左往する始末です。

そうこうするうちに、司会の人がマイクで話し始めます。なんか、偉い人が挨拶をするようです。壇上に現れたのは、なんとアンバサダー。この建物の主であるスイス大使です。わりと最近、着任したばかりだそうで、彼の最初の仕事がMJFJ2016なのだとか。同国にとって、観光は重要な産業。モントルー・ジャズ・フェスティバル関連の仕事は、大使にとって大切なミッションなのです。そんなスイスのモントルー・ジャズ・フェスティバルは、今年50周年を迎え、世界中のメディアでその様子が報じられました。

そんな今年のモントルーに赴き、フェスティバルを満喫してきたという、シンガーの野宮真貴さんが登場。彼女のモントルー・レポートが始まった。スライドショーのような感じで、ヨーロッパ屈指の避暑地の美観を見せながら解説を進める野宮さん。映画のワンシーンのようなスナップ写真が続きます。スクリーンには、いかにも高級リゾート地という感じの、湖畔に佇む野宮さんの写真が映し出され「この日、気温は30度を超えたんですけど、湿度が低いから過ごしやすいんですよ」と解説。駅から汗だくで歩いてきた自分とは大違いだ。同じ気温でも、やはり本当のセレブは汗をかかない、ということだ。

 

再び歓談タイムが始まり、会場内をうろついていると、ようやくDJブースを発見。見慣れたDJの両氏がいる。が、なんか、いつもと違う。しばらく遠巻きに眺めていたのだが、彼らの「動き」が変なのだ。それにも増して、DJブースの作りが変だ。っていうか、見たこともないターンテーブルを使っている。

「どうしました? 何か、気になることでも?」

私の不審な挙動を察知したのだろう。知らない男が話しかけてきた。別に、どうもしないのに「どうしました?」って、アレ(職質)と同じやり口じゃないか。

いや、見たことない感じのDJブースだなぁと思って……と返すと、男はなんとも嬉しそうな顔で答える。

「これ、私がコーディネートして、3時間かけてセッティングしたんですよ」

聞くと、今回のパーティーのために、MJFJとオーディオメーカー各社が協力し、特別にコーディネートした“超高級オーディオによるサウンドシステム”なのだという。確かに素晴らしい音だ、ということを男に告げると、彼のテンションは最高潮に達し、ものすごい早口で一気にまくしたてた。

「レコードプレーヤーはスイスの名門オーディオブランド、トーレンス。創業130年の老舗です。フローティング・サスペンションと呼ばれる独自のアイソレーション技術を投入しています。で、こっちも同じくスイスのブランド、ダニエル・ヘルツのプリアンプ&パワーアンプ。なんと、あの“天才”マーク・レヴィンソンが開発に携わるブランドなんですよ。そして、驚異的な低歪みを実現したプリアンプTELIKOS。すなわち“究極”の名を与えられたパワーアンプの雄です」

もう、ほとんど宇宙語に近い内容だったので途中で止めようと思ったが、せっかくなので聞き続けた。

「あ、ちなみにカートリッジはフェーズメーションのPP-2000でね、そのカートリッジからの信号を増幅させるために必要となるフォノイコライザーはアキュフェーズの最新モデルC-37。そしてスピーカーはテクニカル オーディオ デバイセズ ラボラトリーズのTAD-CE1。これらはすべて日本のメーカーなんです。さて、ここからが重要ポイントですが……」

と言って、彼が説明したのはミキサーだった。ここまで説明した機材すべてを統合し、同時に2台のターンテーブルをDJの手元で制御するのが、ミキサーである。しかし、こうしたシステムにDJミキサーが接続されることは、ほぼない。そりゃそうだ。いわゆる高級オーディオの世界に「クラブDJ」的なメソッドが入り込むこと自体が掟破りなのである。

「そんなわがままを、日本のメーカーCDSが難なくクリアしてくれました」

高級機器のポテンツを落とさずに、いわゆるDJプレイを実現する、という意味で、CDSは非常に優秀な「音」を鳴らすミキサーだという。ちょっと、欲しくなった。

「さらに、これらの機器同士を接続するケーブルには、スイスのダニエル・ヘルツと日本のサエクを使用。日本・スイス両国の機材と“ライン”が繋ぐ、音のコラボレーション。素晴らしいと思いませんか?」

確かに素晴らしい。音も企画も。そしてお値段も。

「総額で……1300万円くらいになりますね」

 

しかし、こんな型破りな企画に賛同して機材提供してくださるオーディオメーカー各社の皆さん。なんて、粋で太っ腹なんだろう。とりあえず、先ほどからずっと気になっていた「DJの動き」の理由がようやくわかった。ターンテーブルの上に、そーっとレコードを置き、ゆっくりと針を落とす。針を乗せたままレコードをぐるぐる空転させて頭出しするような“いつもの手つき”なんか絶対にできない。各機材のツマミを回す動きなんて、まるで金庫破りのそれだ。ブース内のあらゆる動作が、水があふれそうなグラスを移動させるような手つきと足取り。思い通りのプレイができないというのは、大変なストレスだろうと思ったが、DJ両氏はともに「なかなか面白い経験だったね」と笑っている。得難い経験ということもあるだろうが、自分の音盤が“最高の音で鳴る喜び”もあるのだろう。

パーティーはまだまだ続く。このあと、DJのお二人はブースを離れ、MJFJ2016の代表である原田潤一氏を交えた三者によるトークセッションが始まった。この内容に関しては、本誌、別項にて記事化されるとのことで省略。詳しくはこちらをご覧ください。