投稿日 : 2016.10.27 更新日 : 2018.01.26

『モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン2016』3daysレポート

取材・文/楠元伸哉 写真/鈴木健太(KENTA Inc)、Taiki Murayama

『モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン2016』3daysレポート

10月7日~9日の3日間で開催された『モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン 2016(以下、MJFJ 2016)』。同フェスは、今年で50周年を迎えた、スイスのモントルー・ジャズ・フェスティバルの“日本版”として、今回で2度目の東京開催となる。

場所は恵比寿ザ・ガーデンホール(東京都目黒区)をメイン会場に、近隣で開催された「恵比寿文化祭」特設ステージおよび、代官山UNIT(東京都渋谷区)も会場として使用。3日間の会期中、38組(計72名)の出演者たちがステージに立った。開催発表時から同フェスに関するニュースを報じてきた『Arban』としては、本番を見届けるのは当然。本誌ならではの“偏向レポート”をお届けしたいと思う。

はじめに、3日間のプログラムをざっくりと俯瞰してみよう。まず、メイン会場の1日あたりの出演者はおおよそ3~4組。各出演者には、およそ60分ほどの出演時間が設定されている。観客はスタンディングで、会場の収容人数は1000人くらいだろうか。会場はコンサートホールとして造られた建物だが「巨大な体育館」といった雰囲気だ。

ちなみに、これは主催者がアナウンスしているわけではないが、日ごとに“サウンドやスタイルの傾向”がある。たとえば初日は「テクノ」で、2日目は「ブラジル」。3日目もブラジル色が強い内容だが、敢えてコンセプトを掲げるなら「唄の力」といったところだろうか。

初日のステージは日本人ミュージシャンから始まった。高橋幸宏を中心に組成されたグループ、METAFIVEである。メンバーは、高橋幸宏、小山田圭吾、砂原良徳、TOWA TEI、ゴンドウトモヒコ、LEO今井の6名。全員が揃いのユニフォームで登場すると、場内は嬌声に包まれる。

淡々と演奏を進めつつ、曲間でドラムの高橋幸宏が語る。

「今年1月に“新人バンド”ということでデビューしまして。いろんなステージに立ってきましたが、これが今年最後のライブになると思います」

今年の1月にファーストアルバムを発表後、夏フェスをはじめ、さまざまなステージに登場したMETAFIVEだったが、今回のステージでは、11月発売予定のアルバムに収録されるという楽曲を披露。

これと対照的とも言えるのが、次の出演者「ヘンリク・シュワルツ feat. 板橋文夫 & Kuniyuki」だった。この演目は、ハウスミュージックを多く手掛けるクリエイター、ヘンリク・シュワルツとKuniyuki。そして、ジャズピアニスト板橋文夫の三つ巴でセッションを繰り広げるという内容だが、もう結論から言ってしまおう。板橋文夫のカッコよさが際立っていた。もちろん、ヘンリクとKuniyukiも素晴らしかったが、板橋のパフォーマンスは突出していた。

舞台中央にヘンリク。これを挟むように上手(向かって右側)にKuniyuki。下手(向かって左側)に板橋という配置。中央にいるヘンリクは、ほぼ終始ノートパソコンとにらめっこ。Kuniyukiはパーカッション、フルート(とおぼしき管楽器)、鍵盤、サンプラーなどの機材を含め、さまざまな「楽器」を扱ってはいるが、単純な見え方として、両者とも「それっぽい人が、それらしいことをしている」以上のものはない。まあ、当たり前だが。

しかし板橋文夫は違っていた。もう、大暴れである。この日の板橋は、チェックのネルシャツ(ボタン全開)。インナーはTシャツ。スニーカー&眼鏡。両手に大きめの紙袋でも提げていれば、秋葉原の街に溶け込む感じだ。なんかもう、近所の酔っ払いオヤジが銭湯帰りにサンダル履きでフラっとやってきて「おい、このピアノ弾いていいのか?」って勝手に弾き始め、皆が呆気にとられてる感じ。で、めちゃくちゃカッコいい演奏を延々と繰り広げている、みたいな衝撃。

基本的には、ヘンリクのビートに対してKuniyukiと板橋が“上モノ”をデコレーションしていくという構造になっており、演奏中に感極まった板橋が何度も立ち上がり、激情プレイを見せる。さまざまなフレーズのループで曲に表情をつけてゆくのだが、時折挿入される、得体の知れない毒和音さえ心地よい。ヘンリクとKuniyukiに「おいおい、お前ら、こっから先はどうするつもりだ?」とか「このビート、ヤバいな(笑)おい」みたいなことを、目で訴えている。いちばんエンジョイしている(ように見えた)のも板橋だった。

このセッションに呼応するかのように、続いて始まったのが「フランチェスコ・トリスターノ presents ピアノリグ featuring デリック・メイ」。ルクセンブルク出身のピアニスト、フランチェスコ・トリスターノと、米テクノミュージシャンのデリック・メイの共演である。

まるでエンジンのような重低音が、しばらく会場に鳴り響き、会場の外に出ていた観客は、灯りに群がる虫のようにフロアに吸い込まれてゆく。いくつものキーボードや機材類が置かれたテーブルが半円形に配置され、ちょうど舞台中央に、相撲の土俵くらいの演奏スペースが確保された格好だ。土俵の中ではフランチェスコとデリックが息もつかせぬ演奏を繰り広げている。先ほどの板橋文夫のピアノが「短いフレーズのループ」を基調にしていたのに対し、フランチェスコのピアノは、長いセンテンスのフレーズを多用している。デリックの手数も多い。サンプラーのパッドを叩きまくり、ときにキーボードにも手をつける。細かなビートの抜き差しで、楽曲に綾をつけてゆく。終始、音が途切れることはなく、息もつかせぬ60分だった。いつまでも鳴り止まぬ拍手のなか「以上をもちまして本日の公演はすべて終了しました」という、影アナのマイクを奪い、日本語で「ありがとう」とコールしたデリックの声も満足気である。

ブラジルのスーパースターが
一度かぎりの特別セッション

2日目のハイライトは、この日のトリを務めたソンゼイラ・ライブ・バンドだった。ブラジルの腕利きミュージシャンたちによる、このスペシャルバンド。もともとはジャイルス・ピーターソンのアルバム『ブラジル・バン・バン・バン』制作のために起用されたミュージシャンたちの通称で、これまで特にライブ活動などはしてこなかったが、今回のMJFJ2016のために特別に“ライブバンド”として招集されたという。ちなみにメンバーは下記の10名。
・マルコス・ヴァーリ(ボーカル/キーボード)
・マイラ・フレイタス(ボーカル)
・ガブリエル・モウラ(ボーカル/ギター)
・ニーナ・ミランダ(ボーカル)
・パトリシア・アルヴィ(ボーカル)
・ロバート・ギャラガー(ボーカル)
・カシン(ミュージカル・ディレクション/ベース)
・ダニーロ・アンドラーヂ(キーボード)
・ゼロ(パーカッション)
・ステファン・サンフアン(ドラム)

なかでもいちばんのビッグネームは、マルコス・ヴァーリだが、マルコスが登場したのはライブの中盤。コンポーザーのジャイルスが「偉大な、偉大な、マルコス・ヴァーリ」と呼び込み、マルコスが登場。舞台中央やや下手のキーボードにつく。他のメンバーたちも大御所に対して最大の敬意を払うが、以降、これが萎縮したプレイにつながる。マルコスの隣に座るキーボードのダニーロなどは、マルコスと同じ楽器ということもあって「マルコスより目立ってはいけない」という心理が働いたのか、急におとなしくなった印象。

マルコス登場後は、彼の曲「アメリカ・ラティーナ」や「クリケット・シング・フォー・アナマリア」など4曲ほど披露して舞台袖へ。今度はメインボーカルにニーナ・ミランダが立ち「サザン・フリーズ」(Freeezの楽曲カバー)を披露する。この楽曲をブラジリアンでカバーするという着想も含め、素晴らしい内容のパフォーマンス。どういうわけか、この曲の途中にマルコスが登場し、演奏に参加。最後にこのグループのテーマ曲とも言える「バン・バン・バン」を演奏し、メンバーたちはステージを後にした。が、拍手は鳴り止まず、メンバーは再びステージへ。

アンコール曲を弾き始めるが、途中マルコスが「ダニーロ、やっちまえ!」と声をかけた途端、ダニーロの“遠慮”が霧散する。一気に手数を増やし、抑制をきかせながらも情熱的なソロを弾きまくる。カゴに入れられた鳥が解放され、自由に飛び回る様子に、バンドも観客も高揚する。結果、見事なエンディングとなった。

カエターノとテレーザの独唱に
「唄の力」を思い知る

そして最終日。この日のプログラムは、ブラジル音楽ファンの間でも早くから話題になっていた。なにしろ、あのカエターノ・ヴェローゾがソロで弾き語りをやる、というのだから。加えて“新世代のサンバ界を代表する才媛、テレーザ・クリスチーナの歌唱も気になるところ。こうなると、今日のテーマもブラジルか? となるのだが、今日のプログラムには「ルル・ゲンズブール featuring アラ・スタルク」と「八代亜紀&クリヤ・マコト・クインテット」も控えている。ちなみに、ルルのセットリストは全曲とも、実父であるセルジュ・ゲンズブールの曲を歌うのだという。一方、八代亜紀は言わずと知れた、演歌歌謡界の巨星。本稿の冒頭で記したとおり、この日のテーマは「唄の力」とでも言おうか、詩と歌唱を堪能する日と言っても差し支えないだろう。

なかでもやはり「圧倒的」だったのが、テレーザとカエターノであった。テレーザは7弦ギターの伴奏とともに、クラシックなサンバ曲をしっとりと、そして朗々と歌い上げる。ミストーンは一切ない。マイクの使い方も超絶的にうまい。中音部が豊かな自分の声を、どうすれば効果的に美しく聴かせることができるのか、熟知した歌い方だ。音程を探るような歌唱は一切しない。ただし二度ほど、歌唱のペースを乱している。それは「歌詞の世界」に没入しすぎて、歌いながら思わず涙を流してしまった、その時のみであった。

とは言え、テレーザのステージが始まったときから、すでに涙を流しながら聴き入る観客も数多くいた。続くカエターノ・ヴェローゾのステージも同様である。カエターノがステージに登場し、歌い始めた途端に落涙する観客多数。これが「唄の力」かと序盤にして思い知らされた。

およそ60分かけて14曲を歌い上げ、その間、客席からは何度も大合唱が起きた。後半に差し掛かった頃、カエターノはテレーザ・クリスチーナを舞台上に呼び、デュエットを披露。さらに、テレーザの伴奏を務めたギタリスト、カルリーニョスも加えたギターデュオを伴奏に、テレーザが歌う。そして時折、テレーザがコーラスにまわり、カエターノが主旋律を担う。

アンコールを経て、最後に披露したのはカエターノの「Odara」。カエターノは伴奏とコーラスに徹し、テレーザが歌い上げる。柔らかい日差しに包まれるような、優しくも神秘的な旋律。人間の鼓動と同じくらいのピッチで刻まれる、心地よいビート。至福の時はいつまでも続いた。