投稿日 : 2015.07.16 更新日 : 2018.02.26

新宿 Pit Inn 50th Anniversary 鈴木勲 3DAYS レポート

取材・文/山本将志 写真/大森エリコ

新宿 Pit Inn 50th Anniversary 鈴木勲 3DAYS

今年、50周年を迎えるジャズ・クラブの老舗、Pit Inn(東京都新宿区)。今年に入り、50周年イヤーということで、毎月Pit Innに所縁あるミュージシャンがアニバーサリーとして出演してきている。ピアニストの山下洋輔、サックスフォンの渡辺貞夫、トランペッターの日野皓正をはじめ、大友良英がビッグバンドで出演したりとジャズ・ファンには、たまらない公演が続いていた。そして、2015年5月27日(水)から5月29日(金)の3日間にわたり開催されたのが、日本のジャズ・シーンをつくってきたジャズ・ベーシスト鈴木勲の出演するアニバーサリー公演だ。今年82歳を迎える鈴木勲。ARBANのインタビューでも、“82歳になっても新しい音を出したいと思っている”と話してくれた彼が、いったいどのような演奏を魅せてくれるのだろうか? そして彼がつくりあげる3日間はどのような内容になるのだろうか?

5月27日(水)。初日となったこの日、席はすべて埋まり、立ち見客も多く、3日間で一番来場者が多い日となった。演奏開始の時間が迫ってくるなか、時間のゆるす限り来場したファン一人一人と握手をして回る鈴木勲。店長の鈴木氏に「OMAさん、そろそろ」とでも言われたのか、楽屋に戻り少しの間をおいてステージに登場した。「おまた」と第一声、会場の笑いを誘う。この日のメンバーは、テナーサックスフォンの峰厚介とサックスフォンの竹中直、ピアニストのスガダイロー、ドラマーの本田珠也、ベーシストの鈴木勲というメンバー。他の日と違い、ベテラン勢が揃った初日は、ジャズならではの即興性あふれる1日となった。一曲まるまる即興だったのはファーストステージ、セカンドステージともに1曲目のみ。しかし、他の曲も即興性が強く「My foolish heart」、「all the things you are」といったスタンダードをバラード的に聴かせる部分もあったが、フリーでアバンギャルドな演奏に戻り続いていく。その土台を支えていたのが、鈴木勲のベースであり、本田珠也のダイナミックで正確なドラミング、スガダイローのメリハリのあるピアノ、この三者が少しのアイコンタクトで息を合わせ引っ張っていった。この日特徴的だったのは、演者と観客のコミュニケーションだった。いいハーモニーが生まれた時、いいソロが終わった時には、必ず大きな拍手と「イェー」という歓声が一番わいた日だったと思う。そして初日のアンコールは「Mack The Knife」で終えた。

2日目となる5月28日(木)。この日は、ヒップホップユニットTHINK TANK(現在は活動休止中)のK-BOMBがラップとSEで出演していたこともあり、Pit Innではあまり見ることがないだろうヒップホップ的なファッションの来場者が多く、初日とはまた違った雰囲気になっていた。

最初は、K-BOMBと連日の出演となるドラマーの本田珠也のデュオから始まる。MPCで怪しく漂うSEをループさせ、その中を本田が弱く早く細かなハイハットを刻み怪しさを助長させていく。徐々にK-BOMBの苦しそうで掠れたラップがのってくる。そして5分ほどデュオが続くとピアニストの丈青とベーシストの鈴木勲が入り、どんどん複雑な音となっていく。10分ほど経ったところで、ギタリストの加藤一平とトランペッターのタブゾンビが加わり即興が続いていく。2日目も即興のぶつかり合いではあったが緊張感が漂う固唾を呑む雰囲気は、初日とまったく異なるものだった。鈴木勲のMCもメンバー紹介くらいと必要最小限であり、この日は、笑い声も客席からたたない。K-BOMBのサウンドがアブストラクト・ヒップホップだったということもあり、それぞれのパートもそこに合わせた物悲しさや暴力的な荒々しさを表現していく。特にドラマーの本田は2日連続で聴くことになるが、そのドラミングは、初日よりも暴力的な感情が出されていたように感じた。鈴木勲の最新アルバム『入魂の“アヴェ・マリア”』からダンサンブルな楽曲「Q」が演奏されるも、重くひりつく曲調は、ステップを踏むことを躊躇してしまうほど、原曲と異なるものだった。以降も張り詰める空気のなか、演奏が続いていった。アンコールが終わってから、最後ステージに残っていた鈴木と本田がおもむろにセッションをしだした。お互いにアイコンタクトを取りながら、それまであまり見せなかった笑顔を見せながら演奏が進んでいく。両者の楽しそうなセッションに一度楽屋に戻った丈青が脇から見ていたのだが、我慢できなくなったのか参戦しトリオに。さらに客席側に移動していたタブゾンビが客席からトランペットを吹き出し最終的にはクインテットとしての演奏がアンコールの後に行われた。それまで緊張感が常に漂うステージだったため、この自然発生的に生まれた、いわば音楽の原点とも見てとれる光景に客席側も顔がほころび、盛大な拍手で2日目のステージは終了した。

鈴木勲 3DAYS、最終日となった5月29日(金)。この日は、『入魂の“アヴェ・マリア”』をアルバムに参加したミュージシャンとともに再現する内容となった。トランペッターの類家心平、アルトサックスフォンの纐纈(こうけつ)雅代、ギタリストの市野元彦、ピアニストの板垣光弘、ドラマーの竹村一哲、そしてベーシストの鈴木勲が加わる。この日は、3日間の中でメンバーの年齢が一番若い編成でもあり、竹村一哲に至っては平成元年生まれの25歳。鈴木勲もステージで「今日のメンバーは、自分の孫みたいなものだよね」と言っていた。

初めてとなったアルバムメンバーでの出演。1曲目は「beat it up」。『入魂の“アヴェ・マリア”』に収録されていない曲であったため意外だったが、このループ感の非常に強い曲で鈴木のベースの上を類家、市野、纐纈、板垣と順番にアドリブをきめて、そのたびに大きな歓声をわかせていた。そのグルーヴ感に各演者、来場者、その場にいたすべての人を同調させているようで、3日間で一番一体感を感じられた立ち上がりとなった。そこから「Anthropology」、「Ave Maria」、「Love is over」、「Q」と、アルバム収録曲が続きファーストステージは終了した。セカンドステージは、アルバム『Blue City』に収録の人気楽曲「45th Street – at 8th avenue -」からスタート。そしてセカンドステージでも「Ave Maria」を披露。2日目にも同曲を演奏していたがK-BOBMのラップがのっていたこともあり、優しく撫でるようなシンセサイザーの中を鈴木のピッキングでのベース演奏に、そしてベースを力強く抱擁するかのような姿にも感動させられる。感動する場面を終えると「紫式部」で出演者全員がソロでアドリブを披露。3日間の最後を飾ったのは、アルバム収録曲の「Bags’ Groove」と『入魂の“アヴェ・マリア”』の内容を存分に楽しめる1日となった。

まったく違う内容でジャズの魅力が楽しめた3日間。即興性の比重が大きかった初日。アブストラクト・ヒップホップ的なジャズとなった2日目。そしてアルバム『入魂の“アヴェ・マリア”』の楽曲が楽しめた3日目。しかし、一貫してあったのは、バンドのひとりとして主張せず支えに徹する鈴木勲の姿であり、どの楽曲にも即興というジャズそのものの魅力を提示する彼の姿勢だった。今後、どのようなミュージシャンと音楽的交配を行い、その時だけの音を聴かせてくれるのか、今後も非常に楽しみだ。