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「音楽」に深いこだわりを持つ飲食店を紹介するこのコーナー。今回は2023年11月にオープンした、関内(横浜市中区)のミュージックバー『LISTEN(リッスン)』を訪問。これまでの横浜にはなかった、現在進行形のグッドミュージックが美しく流れる空間。その居心地の良さは、地元愛溢れる店主だからこそできた絶妙なハーモニーによるものでした。
関内と野毛の中間地点、横浜らしい路地裏に佇むお店
JR根岸線または横浜市営地下鉄の関内駅から徒歩約6分、桜木町駅からもほぼ同距離にあるミュージックバー『LISTEN』。古き良き繁華街の路地裏といった立地が横浜らしい、細い階段を上がった2Fに位置する。
「お店をやるなら絶対に地元でやりたいと思っていました。このエリアはとくに横浜らしい立地なので、ずっと探していたんです」。そう語るのは店主の長谷川直哉さん。
ここは以前『ADLIB』というジャズ喫茶/ジャズライブハウスがあり、その前もジャズ喫茶だった場所。長谷川さんは酒屋で配達のアルバイトをしていたこともあり、閉店の情報をいち早く知ることができたという。
「横浜にはリスペクトしている老舗のジャズ喫茶やソウルバーなど、かっこいいお店はたくさんあるんです。でも、僕自身が音楽を新鮮に聴ける場所、音楽に出会える場所というのはなかったので、そういう店をここでできたらいいなと思ったんです」
本牧で生まれ育った長谷川さんは1987年生まれ。音楽好きになったのは、野毛の『ダウンビート』や中華街のはずれにある『ミントンハウス』といったジャズ喫茶に通っていた母親からの影響が強いという。家では常にロックやジャズなどが流れていた。
「自分から能動的に音楽を聴くようになったのは、中学でバスケ部に入ってからです。NBAを観て親しむなかでヒップホップを聴くようになって、ファッションもB-BOYという感じでした」
そのままヒップホップやR&Bといったブラックミュージックを愛聴し、高校時代にターンテーブルも購入。大学生になるとDJとしても活動するようになった。ちなみに、大学時代のヘアスタイルはアフロ、憧れのDJはMURO。ラスタマンの同級生とつるみながら、どっぷりと音楽にハマっていった。
ターニングポイントは『Bar Music』との出会い
初めての就職先は地域振興を旨とするような財団法人。離島の人たちなどと酒を酌み交わしながら、各地域の事情を聞いて解決策を探るような仕事だ。その職場が東京(永田町)だったこともあり、仕事帰りに渋谷の『Bar Music』に通うようになったことが大きな転機となる。
「いつ飲みに行っても、滞在している1~2時間の間に自分の琴線に触れる音楽に必ず出会えたんです。音楽もお店の雰囲気も驚くほど好みに合致して。知れば知るほど純粋に音楽を大事にされていることがわかって、丁寧に音楽を聴いている感じがフィットしたんですよね」
横浜を地元とするブラックミュージック好きが、『Bar Music』に影響されたというのが面白い。同店は、幅広くグッドミュージックが流れる、カフェカルチャーの流れを汲むスマートなお店だからだ。
「当時、SSW系とかアンビエント系とかは掘っていなかったので、Bar Musicを機に開拓していきました。以前から音楽のお店をやってみたいと思っていましたが、横浜でジャズ喫茶やソウルバーをやるイメージくらいしかなかったんです。でも、それは無理だろうなという行き詰まりみたいな感覚があって。そんなとき、もっと音楽と自由に触れ合おうとイメージを広げてくれたのがBar Musicなんです」
長谷川さんは30歳を機に会社を退職。そのタイミングで偶然にもBar Musicのスタッフに欠員が出たことで、約6年間働くことになる。また、『LISTEN』をオープンする約2年前から、ジャズ喫茶『ちぐさ』でも並行して働いた。しかし、コロナ禍となり両店とも休業期間がスタートしてしまい、仕方なく始めたのが冒頭の酒屋の仕事だったのだ。
2代続いてジャズ喫茶だった場所にオープン
店内の壁紙を変え、DJブースを新たに設置した以外は、ほぼ居抜きのまま開店した。椅子やテーブルは2代前から受け継がれており、カウンターは1代前の店主がつくったものだ。
「長く使われてきたものに囲まれているほうが、自分は居心地がいいと思えるんです。また、昔から音楽のお店だった場所なので、それを引き継ぐのは自分だという意識もあります」
店名に「LISTEN」のワードを掲げているだけあり音響にはこだわった。八王子のDJバー『SHeLTeR』の音響を手がける人物の協力を得ながら、スピーカーにハーベス HL5、プリメインアンプにソナス・ファベールのMusica、DJミキサーにはローデック MX180 MKⅢ、ターンテーブルはテクニクス SL-1200 MK5という構成にした。
「わかりやすいものは避けたかったので、誰もが知っている定番ブランドは置きたくなかったんです。当初は温かみのある音をイメージしていましたが、実際にこの音響システムで聴いてみると、エレクトリックからアコースティックまで楽器がふくよかに豊かに鳴ってくれる。長居しても聴き疲れせず、うっとりできるような音になりました」
「鎮まる」をキーワードに現在進行形のサウンドが流れる
ひとりで切り盛りしているので、お客さんが多いときは大変だが、店内ではなるべく曲の連なりを楽しんでもらえるよう一曲ずつ選曲していく。
「いろいろな音楽をかけるので、一言で表すのは難しいですが、キーワードは“鎮まる”ですかね。基本的には2000年代以降の現在進行形のサウンドが中心です。でも、お客様の年齢も幅広いので、古い音楽ともシームレスにつながるような選曲を心がけています」
お店の雰囲気を伝えるために、おすすめの3枚を選んでもらった。なお、Spotifyでプレイリストも公開しているので、そちらも確認してほしい。
「ジェームス・ブレイクのカバー集は、収録されている楽曲はもちろんマスタリングなども含めて高品質。それをこのスピーカーで聴くと、包まれるような、解き放たれるような感覚になるのでぜひ味わってほしいです。
ニック・ハキムのこの作品はひたすらにスローで、営業時間の終わりが近づくにつれてすごく映える。深夜にこれを聴きながら、ゆっくりお酒を飲んでいると陶酔できると思います。
ローラ・マヴーラはニーナ・シモンにも通じるようなソウルフルな歌声の持ち主。これはデビュー作をオーケストラ編成で弾き直したアルバムですが、自分はこういう音楽をこの店で伝えたいんだという、ど真ん中にあるような一枚です」
新しい音楽に出会えるだけでなく、面白いことが生まれる場所にしていきたい
お酒は幅広く取り揃えているが、なかでも泡盛が豊富に揃うのが特徴だ。とっつきにくいイメージもあるが、いろいろな飲み方を提案してくれるので新しい魅力を発見できる。また、名物の一杯はTempalayの楽曲「そなちね」をイメージしたトマト酢のサワー。今後は音楽にちなんだカクテルを増やしていきたいという。
現在、月に2~3回、ゲストDJを招いたりミニライブを開催したりもしている。
「自分が大好きな横浜で、愛着を持ってもらえるような店にしていきたいです。あそこに行けば新しい音楽に出会えるという新鮮さがありながら、お客様が音楽を通じて自身の美しさと向き合えるような場所として続けられればと思います。
また、音楽に限らず、これまで出会った食やファッションなど、ライフスタイルのさまざまなフィールドで活躍している人たちを迎えて、面白いことが生まれるような場所にしていきたいとも考えています」
取材・文/富山英三郎
撮影/高瀬竜弥
・店舗名 リッスン
・住所 神奈川県横浜市中区吉田町3-9 2F
・営業時間:17:00~24:00、15:00~23:00(日曜)
・定休日:火曜