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【東京・表参道/月光茶房】“ECMレーベルと珈琲の味”を探求する洗練カフェ

「音楽に深いこだわりを持つ飲食店」を紹介するこのコーナー。今回はサードウェーブ・コーヒーの源流ともいえる喫茶店であり、ドイツの名門レーベルECMのファンにはお馴染みの『月光茶房』を訪問。根っからの都会派が生み出す空間は、表参道の裏通りにありました。

スペシャリティ・コーヒーとECM

表参道駅のA2出口から、とんかつ屋『まい泉』のある通りを5分ほど歩いた場所にある喫茶店『月光茶房』。1Fのカフェを横目で見ながらオープンエアの階段を降りると、ガラス張りのレコード室が見える。その横から店内に入れば、自然光がほどよくし込む洗練された空間。カウンター10席ほどの小さな店だが、ここを初めて訪れる人にはふたつのタイプが存在する。ひとつは、店主がハンドドリップで淹れるスペシャリティ・コーヒーを味わいに来る人。そして、ジャズやコンテンポラリー・ミュージックで知られるドイツの名門レーベル『ECMレコード』のファン。というのも、壁を隔てた隣の部屋には、ECMの音源がコンプリートされているのだ。

「最近は、喫茶店や専門店を巡っている珈琲好きの若い子が検索して来てくれます。あとは海外のお客さん。韓国、台湾、香港あたりもカフェブームみたいなんです。韓国はECMを特集した雑誌に紹介されたこともあって、ECMレコード・ファンの方もいらっしゃいます」と店主の原田正夫さんは語る。

銀座生まれ、表参道育ちならではのこだわり

1953年に銀座で生まれ、表参道で思春期を過ごした原田さんは、祖母から受け継いだこのビルのオーナー。都会派だけに、若い頃から珈琲、音楽、ファッション、インテリア、アートに強い興味を持っていた。

「高校3年生のとき、友人に渋谷のロック喫茶『ブラックホーク』に連れて行ってもらって。それまでにもレッド・ツェッペリンやグランド・ファンク・レイルロードとかは聴いていて。でも、『ブラックホーク』に通うようになってから、サザンロックやSSWに目覚めたんです。ジャケットのクレジットを確かめながら、好きなミュージシャンを追いかけるみたいな聴き方もそこから」

ファッションに関しては、IVYスタイルを軸にしながら最新のものも取り入れてきた。街にワークブーツが売られていなかった頃は、海兵隊が使った中古のジャングルブーツをアメ横で買い、長すぎる丈を自分でカットオフ。当時はまだ極地登山家の専門着だったダウンジャケットを探しに神保町へ出かけたりもした。その一方で、珈琲に関しても自身で探求していった。

「喫茶店といえばどこもサイフォンが並んでいるような時代。大学時代の親友が珈琲好きだった影響で、品川にあった美味しい喫茶店にたむろするようになったんです。その店のマスターからいろいろ教わりました。同じ頃『ブラックホーク』にも通っていたから、音楽と珈琲は生活の一部になってしまったんです」

独自のリズムを刻みながら、丁寧に一滴ずつお湯を注いでいく原田さんの珈琲。店の顔ともいえるブレンドは、コクがあるのに飲みやすく味が強い。そんな『月光茶房』の豆は、90年代後半より『堀口珈琲』から仕入れている。当時は珍しかった、生産から販売に至るまで、新鮮な豆を管理して提供するスペシャリティ・コーヒーという概念に共感したからだ。ちなみに、紅茶においてはオープン時(1989年)から、『Teej』のシーズンティーを仕入れている。

「紅茶も好きなんですよね。でも、当時は初摘み紅茶なんて世の中にほとんどなかった。名物になっているシフォンケーキは妻が焼いています」

クールで美しいジャズに魅了された

『月光茶房』がサードウェーブ・コーヒーの源流ともいえる喫茶店ということがわかったところで、ECMレーベルとの出会いを聞いた。

「『ブラックホーク』の2Fが『音楽館』というジャズ喫茶だったので、気分を変えたいときにはそちらにも行っていたんです。ジャズは中学の頃からラジオで聴いていたので馴染みがあったんですよ。一方、70年代末になるとサザンロックとか土臭い音楽はダサいって雰囲気になってきて。内省的な時代から、明るく外交的な時代になっていくんですよね。そんなとき、次はジャズだなって思いながらいろいろ聴いていて、のちにECMに目覚めるんです。それが82、83年くらい」

 『沈黙の次に美しい音』をレーベルのコンセプトとするECMだが、当時はなかなか理解されない一面もあった。しかし、原田さんにとっては求めていたサウンドでもあったのだ。

「クールなところに魅かれました。従来のモダンジャズとは違って、音像に広がりがあって熱くない。感触は冷たいけれど、いい音楽。いろんなものがクロスオーバーしているのも新鮮でした。しかも、ジャケットのデザインがかっこいい。心象風景のような写真を使ってもLPのジャケットが成立するという点は新鮮でした」

澁谷征司氏撮影による、ECM創設者マンフレート・アイヒャーのポートレイト。

現在、プレーヤーやアンプ類はすべてLINNで揃え、スピーカーはイタリアのソナス・ファベールを使用している。このセッティングは7~8年いじっていない。そんな自慢の音響システムを通し、店内にはECM以外にもサウンドアートやアンビエント、ドローン、実験音楽、フリージャズなどが繊細に響き渡る。

「あくまでもBGMなので、ノイジーでないものを選んでいます。今年に入ってよくかけているのは、メレディス・モンクというヴォイスパフォーマンスの女性。最近はサウンドアートとかサウンドスケープと呼ばれるジャンルが好きですね。若い子は耳が開いているから、いい反応をしてくれますよ」

焦点を絞らずに全体を眺める

店内奥に飾られているCDは、最近よく聴いているものを中心に選んでいる。そして、いちばん広い壁にはアナログレコードが飾られる。

「いま飾っているのはオランダのフリー・ジャズ・レーベル、ICPのもの。このデザインもかっこいいでしょ? 絵も音楽と同じように、焦点を絞らずに全体を眺めるのが幼少期から好きなんです。ジャクソン・ポロックとかね。ECMが好きになったのも、残響をつけて音響空間を作ることに共感したのかもしれない。中心を中心たらしめない滲みというか」

こうした感性は、『月光茶房』という店名にも息づいている。

「銀座生まれなので、夜空には星が見えず月だけが浮かんでいて。それを見るのが昔から好きだったんですよ。これは編集者・著述家の松岡正剛さんが言っていたんだけど、太陽は頑張って熱を発しているのに月は何もしていない。それなのに古くから世界中の民族が月を愛でてきた。自らは何もせず、他者からの影響だけで愛されるのは『粋』だよねって。そんな、クールで努力していないように見える月に魅力を感じるようになったんです」

かつての『月光茶房』はテーブル席もある、23坪の広い喫茶店だった。近くにはアパレルの会社も多く、打ち合わせで利用する人たちも多かったという。その後、2003年の改装で縮小させ、隣にライブラリー・スペース(ビブリオテカ・ムタツミンダ)を設けた。ここにはECMのレコードやCDが番号順に並ぶだけでなく、実験音楽やフリージャズの音源も数多く収納されている。希望するお客さんは閲覧可能で、不定期で音楽のレクチャーイベントも開催している。

「ECMのほとんどをコレクションしていましたが、コンプリートするきっかけになったのは執筆陣として参加したコンプリート・ディスクガイド『ECM catalog』(東京キララ社発行/河出書房発売)なんです。ジャケット撮影をここでやっていたので、作業効率的にも揃えちゃったほうがラクだった。でも最近は集めることに少し疲れたので、ECMの新譜といえど好きなものしか買っていないですね」

現在も、明治通りにあるアウトドアショップやセレクトショップ、裏原宿などで最新のファッションやギアをチェックするという原田さん。どんな音楽にも合うよう、インテリアデザイナーに「ガラスと鉄と木と石の組みわせで」と注文した空間は凛としていてモダン。表参道の人混みに疲れたときは、ここでひと休み。都会にいる高揚感を持ったまま、スマートにクールダウンできるお店となっている。

 

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