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【東京・新井薬師/rompercicci】感性と理性が交錯する新進ジャズ喫茶

「音楽」に深いこだわりを持つ飲食店を紹介するこのコーナー。今回は明るくオシャレな雰囲気のなかで、自分たちのポリシーを曲げず真摯に営んでいるコーヒーとお酒とジャズの店『rompercicci(ロンパーチッチ)』を訪問。その独特な空気感は、ご夫婦のキャラクターから生まれたものでした。

コンセントとWi-Fiがあるジャズ喫茶

西武新宿線の新井薬師駅から徒歩約8分、JR中野駅から徒歩約12分。そう言われると遠くて不便な場所を想像するが、薬師あいロード商店街や中野ブロードウェイといった味わい豊かなエリアを通り抜けるため不便という感覚はない。

街の風景を楽しみながら小道を入ると、赤白のストライプが洒落ている雨除けのオーニング(庇)が見えてくる。正面にはアンティーク調のドアや窓枠を備え、店内も明るいため、一見するとオシャレなカフェに見える。しかし、「ロンパーチッチ」は齊藤外志雄さん・晶子さん夫婦が営む歴としたジャズ喫茶だ。

「35歳までにふたりでジャズ喫茶をやりたいねと話していましたが、東日本大震災で予定が早まったんです」(外志雄さん)

あと2~3年はのんびり準備をする予定だったが、時代の大きな変わり目を感じ、散歩の途中で見つけた現在の物件を気に入り即契約。先に仕事を辞めた妻の晶子さんが中心となって内装工事を始めていった。夫婦にとってぼんやりとした夢だっただけに、具体的なコンセプトなどは決めていなかったというが、確固たる思いがひとつだけあった。

「ジャズ喫茶って“硬派な会話禁止系”か“常連が居座っているスナック系”のふたつに大きく分かれるんです。私たちはスナック系は嫌で、どちらかといえば硬派系にしたかった」(外志雄さん)

 とはいえ、会話禁止ではなくもう少し気軽に入れるお店にしたい。そんな思いもあった。

「経験上わかっていたのは、会話を楽しみたいお客さまと、ひとりでゆっくり過ごしたいお客さまがロンパーチッチのような小さな店で共存するのは難しい。そんなことを考えているうちに、スターバックスみたいな感じがいいかもしれないと思うようになったんです。あそこはPCで作業している人が多くてわりと静かじゃないですか」(外志雄さん)

そんな揺れる思いを叶えるのにも、この物件は好都合だった。作りかけではあったが、すでに厨房と客席を隔てる高めのカウンターがあり、等間隔でコンセントが付けられるようになっていたのだ。ここにフリーWi-Fiを設置すれば新感覚のジャズ喫茶ができる。

「でも、間もなく本当にスタバ状態になってしまって……。日曜の開店直後から皆さんがイヤホンをして黙々と作業をしているような状態。満席なのに売上げも悪くてこれは違うなと」(晶子さん)

「そこで、よりジャズ喫茶的な方向に軌道修正をはかりました。今思えばジャズ喫茶に興味を持つ人が新たに増えた時期とも重なり、予想よりも受け入れられたように思います」(外志雄さん)

いつもレコードを運んでいるご主人

カウンター4席、テーブル16席。店内はウッド調のシンプルな内装で、窓から入る自然光が気持ちいい空間だ。本棚にはジャズ関連の本からマンガまで幅広くあり、手に取りやすいのも魅力。大きめの音でジャズがかかる店だが、そのコンセプトを理解した近所のお客さんも日常的に利用している。ターンテーブルはテクニクスのSL1200 MKⅢが2台。そしてD130と075という組み合わせがマニア心をくすぐるJBLのスピーカーC38。カラッとした音色で、どんなサウンドにもフィットする点がお気に入りだとか。

店のレコードは2000枚程度で常時入れ替えているという。そこで、これは外せない、今後も入れ替えないというレコードを選んでもらうと、デューク・ピアソン『How Insensitive』、ドロシー・ドネガン‎『Dorothy Donegan』、ジャン=ピエール・マス/セザリウス・アルヴィム『Rue De Lourmel』、スティーヴ・キューン・カルテット『Last Year´s Waltz』、バディ・デフランコ・クインテット『Like Someone In Love』、ブラッド・メルドー・トリオ『Blues and Ballads』の6枚が並べられた。だが、こちらはあくまでも定番であり、多くの時間帯はご主人が毎日のように買い付けてくる新しい中古レコードが流れる。

「マスターはいつもレコードを運んでいるんですよ(笑)。だから、あったはずのものが、かけようとするとなかったりとか」(晶子さん)

「ネットは使わずに、中古レコード店を巡りながら掘り出し物を探しています。当初は、お店には合わないけれど個人的に好きというのがありましたが、最近は自分の好きな音と店でかけたい曲の乖離がなくなってきました。なので、リズムのないフリージャズや、音数が極端に少ないものとかは買わなくなりましたね」(外志雄さん)

自宅や店から10枚程度のレコードを持って売りに行き、帰りには新しい10枚を仕入れるといった日々。また、自宅と店との入れ替えも頻繁に行っている。奥さまが「いつもレコードを運んでいる」というのは嘘ではない。店に持っていくレコード、手放すレコードを毎日のように家で協議しているのだとか。そして、新しく入荷したレコードは毎日店のInstagramで紹介している。併せて、レギュラー棚のレコードをリスト化する作業も進行中。これは往年のジャズ喫茶にあるレコードリストのウェブ版ともいえる。

ラジオからジャズコンサートの情報が

ご主人の齊藤外志雄さんは、埼玉県出身。高校で吹奏楽部に入りサックスを手にしたことでジャズの興味を持つようになる。最初に手にしたCDはデヴィッド・マレイ、その斬新なプレイスタイルに引き込まれていった。その後、大学ではジャズ研に所属するなどある意味で王道のコースを進む。

一方、奥さまの晶子さんは鹿児島県出身。仕事で営業車を運転していたときに、たまたまラジオでCMを聞いて足を運んでみたライブがジャズとの出会い。

「NYからジャズピアニストがいなくなる! みたいな謳い文句が頻繁に流れるので、気になって行ってみたんです。そしたら、次の展開が読めない演奏で、息を飲むように惹き込まれました。10人が同じピアノを弾いているのに、それぞれ違う点も面白かったんです。それまで、家にジャズのCDやMDがあっても気に留めていなかったのですが、突然楽しく感じられるようになったんです。そこからはジャズ関連の本を読んだり、CDを買ったり、ライブやジャズ喫茶などにも行くようになりました」(晶子さん)

“気難しい人”もキャクターになればいい

ジャズ好き夫婦としてゼロから作り上げてきた愛すべき店『ロンパーチッチ』。オープンから6年が過ぎたが、今もなお試行錯誤をしながら歩みを進めている。

「常にジャズが満ちていて、静かになれる空間でありたいという思いがあります。それはもちろん、そのような環境を期待しているお客さまのため。とはいえ、じつのところはお客さまが私たちに合わせてくださっているのかもしれない……。最近はよくわからなくなってきました(笑)」(晶子さん)

 ご主人は「接客もサバサバしているし、うちは気難しい店だよな~」と語るが、そんな外志雄さんを奥様はこう評する。

「マスターはおもねり皆無で一見気難し屋ですが、変にお節介なところもある。こういうキャラクターでいくしかないですね」(晶子さん)

自慢のコーヒーは、コロンビアでは珍しい単一農園(ロス・アルぺス農園)で作られたカトゥーラ種100%。すっきりと飲みやすいのに深い味わいがある一杯だ。また、ひよこ豆がたっぷり入ったドライカレーも人気。その他、ルーマニアの土着品種であるフェテアスカ・ネアグラ(赤)や、シャルバ(白)を使った珍しくて美味しいワインも手頃に楽しめるなど、アルコールにも力を入れている。店内は禁煙で明るい空間なので、仕事帰りにひとりでゆっくり過ごしたいときにもおすすめだ。

なお、おふたりが語るほど気難しいお店ではないのでご安心あれ。

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