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「映画と音楽」の親密な関係を探るリレー連載。今回の紹介者はミュージシャンにして文筆家の猫沢エミさん。取り上げる作品は、1988年公開の『ジプシーのとき』。
音楽家としてのクストリッツァ監督
エミール・クストリッツァといえば、1995年のカンヌ国際映画祭でグランプリを獲得した『アンダーグラウンド』(同年制作)の監督として記憶している方が多いのではないだろうか。かつて南東ヨーロッパのバルカン半島(イタリアの東側に位置するアドリア海の対岸)に存在した旧ユーゴスラビア連邦人民共和国。この地で繰り広げられた第二次世界大戦からユーゴ内戦までの無益な戦いを、全編激しいバルカンミュージックにのせて、怒りを込めて描いた大作だ。
映像と拮抗、もしくは時にそれを凌駕するほど激しい音楽使いがされているものだから、評論家の中には「音楽が凄まじすぎて、映画としての評価が正しくできない」と言った人もいたほど、クストリッツァの映画における音楽の立ち位置は、ありきたりな〝バックグラウンド・ミュージック〟をはるかに超えている。
映画監督業と並ぶ、クストリッツァの重要な活動のひとつに、彼自身がリーダーを務めるバンド《エミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラ》があり、『黒猫・白猫』『ライフ・イズ・ミラクル』といった代表的なクストリッツァ作品のサウンドトラックを手がけている。これは映画監督業とは独立した、ミュージシャンとしての彼のキャリアが提示された存在であり、そこに映し出されるのはバルカン半島の複雑な民族史の道程がまざまざと映し出された哀愁や、民族音楽をベースにした、スカやロックを融合した激しいリズム。つまり彼にとって音楽とは、映像と切り離すことの出来ない表現手段でもあるのだ。
「ジプシー」のミステリアスなイメージ
そのクストリッツァが1988年に撮った『ジプシーのとき』は、史上はじめて「ロマニ語」で制作された映画である。ロマ二語は、本作の邦題にもある「ジプシー」と呼ばれる人の言語だが、「ジプシー」という呼称には侮蔑的なニュアンスがあるため、彼らのことは「ロマ」を呼ぶのがいまや一般的だ。
映画の舞台は、そんなロマたちが暮らしている旧ユーゴのとある村。街を見下ろす小高い丘の上にある簡素な掘建小屋が並ぶこのエリアに、クストリッツァと共同脚本を担当したゴルダン・ミヒッチが実際に住み暮らし、脚本が作られた。この映画に登場する人物たちのほとんどが、役者でもなんでもない“普通のロマたち”だ。彼らの暮らしぶりがここまで詳細に描かれた作品は他にない。おおよその映画作品で見かける「ジプシー」の姿は、ジプシーではない我々側のイメージの範疇で描かれたものではなかっただろうか。これは映画に限ったことではなく、実社会での彼らの立ち位置や扱われた方とは遠く隔たった“ミステリアス”というイメージや、自由な流浪の民を思い起こさせるフランス語異名の“ボヘミアン”といった言葉の響きだけが一人歩きしてきた感がある。
私がよく知っている、と言うことができるヨーロッパの国といえば、長く住み暮らすフランスに限られるので、どうしても狭い比較対象でしか説明できないのだけれども、フランスを代表するタバコの銘柄〝ジターヌ-Gitanes〟は、男性ジプシーを意味する〝ジタン〟の女性名詞複数形で、スペインや南フランスに生きるジプシーの女たちを表している。ブルーのパッケージにはタバコの煙の中に浮かび上がる、タンバリンを振りかざして踊るジターヌのシルエット。遠くヨーロッパの大陸から離れ、日常ではまず「ジプシー」と接触のない日本人の私たちがそうしたイメージを持つならいざしらず、常に彼らと接触するフランス人でさえ、彼らに詩的なイメージを持ち続けてきたことがよくわかる。
「ジプジー」とはどんな人々なのか?
そもそもロマとは、ジプシーとは、どんな人々なのか。彼らのルーツを辿ると、大きくわけて2つの系統があり、ひとつは“エジプト人”に由来する呼称であるヒターノ、ジプシーなど。もうひとつは、ビザンチン時代のギリシャ語を語源とする“不可触民”に通じるツィンガニ、ツィガーニがあげられる。ヨーロッパを中心とした各国にさまざまな呼称があるが、その中で“ロマ”と呼ばれるのは、おもに北インドのロマニ系にルーツを持ち、中東欧に居住する移動型民族だ。ひと昔前まで私たちが抱いていた彼らの姿といえば、幌馬車に家財や商売道具を積み、一個集団で各地を転々しているイメージだったが、今ではこうした暮らし方をしている人々を見ることはほとんどない。
この映画にも登場する村のように、現代では定住する人々も多い彼らだが、私がロマの居住区を実際に見たのは一度きりで、今から15年ほど前、フランス最南端にあるスペインの国境に隣接したオクシタニー地域圏、ピレネー=オリアンタル県の県庁所在地ペルピニャンの郊外にある小さな居住区だった。もともとスペインのカタルーニャ地方と同じ民族ルーツを持つこの地域圏には、公用語のフランス語のほかに、地方言語のカタルーニャ語が街のいたるところに表記されていた。ロマの居住区は、道幅の狭い区画に、ちょうど戦後日本の公団住宅のような同じ間取りの家が整然と並び、もっと雑然としているのだろうという私の勝手なイメージとはかなり違ったものだった。ロングスカートをはいたロマの女性は、家の前に渡された長い紐に洗濯物を干していた。平日の日中ということもあってか、音楽を奏でていたり、酔っ払って踊っているような人もなく、いたって穏やかな空気が流れていたのが印象的だった。
彼らが教えてくれる幸福と涙の理由
この映画で舞台となるのは、旧ユーゴの田舎町に加え、イタリアのミラノやローマと言った大都市。まったく異なる環境における彼らの姿が、それぞれリアルに描かれている。国を問わず、ロマでない私たちの暮らしとて、血縁や基盤のある出身地と、後ろ盾のない都会へ出てきた場合とでは、大きく異なるのと同じことだ。
祈祷師を生業とする母親代わりのおばあちゃんと、足に持病を抱えた妹ダニラ。そして戦争で頭がおかしくなった叔父と共に、簡素なあばら家で暮らすペルハンは、結婚を約束した恋人アズラを嫁に迎えるため、そして妹をイタリアの病院に入れるために、ときおり大枚を抱えて帰省する村のドン、アーメドに誘われイタリア行きを決意する。しかし、ペルハンを待ち受けていたのは、アーメドの私腹を肥やすための手先となって小さな犯罪を繰り返すというみじめな生活だった。純真なペルハンも生きるためにアーメドの手先となって金の亡者となっていくが、それは決して幸せな選択ではなかった。そもそも彼らが都会で生きるためには、選択の余地がない。
ヨーロッパ各地を旅すると、残念ながらどこの大都市でも女子供を中心としたスリに遭う。都市部で生きるすべてのロマがそうではないにせよ、社会秩序を無視した彼らの生き方に、正直どう同調すればいいのかわからない…というのが、都会で感じた私の“ジプシー観”だった。そう、『ジプシーのとき』を観るまでは。
旧ユーゴのロマ村には、人々の結束と血のつながりや助け合いがあり、たとえば、主人公のペルハンが石灰石を焼く短い場面では、一応これが彼の稼業であることが示唆され、豊かではないものの独立した村の経済があることも、劇中の様々なシーンから読み取れる。かたや、なんのつてもない都会で仕事を見つけて居場所を作るのは、ロマならずとも万国共通、地方出身者が越えねばならないひとつのハードルではないだろうか。ことに複雑かつ不安定な政治状態を抱えたバルカン半島の国々。しかもロマという不明瞭な立場の彼らが、後ろ盾のない大都市で身分を証明するだけでも大変な労力を強いられることは、容易に想像できるだろう。どこの空港でもまず疑われることのない信頼性の高い国、日本のパスポートを所持する私たちであろうとも。
都会へ旅立つペルハンとダニラにおばあちゃんが持たせた手作りのりんご飴は、つやつやと赤い糖衣をまとってアルマイトの弁当箱に詰められる。どちらも日本人の私が子供時代の原風景として記憶した、なつかしいものだ。そんな民族の異差を軽々と超える家族愛の普遍性。その一方で、人の生き死にが、我々よりもずっと切実に暮らしのなかに存在する彼らの幸福の価値観を垣間見ると、がっちりと社会に囲い込まれた先進国での生き方やモラルとして果たして正解なのか? と疑問さえ抱かせる。もっと自由であるべき個々の指針や生活スタイルが、凝り固まってはいやしないか、と。
村を出るまえ、まだ幸せだったペルハンとアズラが迎えた川の祭り。映画史上もっとも美しいシーンのひとつにあげられるこの場面で、クストリッツァ映画では欠かすことのできないもうひとりの音楽家ゴラン・ブレゴヴィッチの途方もなく素晴らしい音楽が流れる。これほど画と音が一瞬で溶け合い、深く心に刻まれるシーンを私は他に知らない。個人の力では到底あらがえない、民族の歴史と人生の絶対的な哀しみ。互いの肌に名前を刻む幸せそうなペルハンとアズラを、岸辺でおばあちゃんが涙を流して見守っている。物語を通して強くたくましい女として描かれているおばあちゃんは、大切なシーンでしょっちゅう泣くのだ。強いからこそ優しい彼女は、それでも不可抗力に立ち向かう愛しい者たちのために涙する。その涙は、人は泣きながら生きるのだという民族を超えた普遍的なメッセージであると私は受け止める。
なぜ彼女は泣くのか? その答えは、なぜ人は生きるのか? に等しい。
出展:水谷驍『ジプシー』(平凡社)/金子マーティン『スィンティ女性三代記(下)・スィンティ女性三代記(上)を読み解く』(凱風社)
猫沢エミ/ねこざわえみ
ミュージシャン、文筆家 、BONZOUR JAPON編集長。1996年、日本コロムビア・トライアドレーベルよりデヴュー。2002年よりフランス・パリ在住。その後、ミュージシャン業の傍ら、フランス文化に特化したフリーペーパーBONZOUR JAPONの編集長として、フランス各地を他分野に渡り取材。著書『パリ季記』地球丸・刊、『フランスの更紗手帖』パイ インターナショナル・刊、他多数。現在は東京とパリを行き来する生活。
Instagram:necozawaemi
監督:エミール・クストリッツァ
出演:ダヴォール・ドゥイモヴィッチ
ボラ・トドロヴィッチ
リュビシャ・アジョヴィッチ
音楽:ゴラン・ブレゴヴィッチ
配給:マーメイドフィルム