投稿日 : 2018.06.12 更新日 : 2019.03.01
【山中千尋】新作『UTOPIA』完成! 有名クラシック曲の斬新アレンジで見えた“古典作品の真髄”とは
取材・文/東端哲也
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ニューヨークを拠点に国際的な活躍を続ける、日本が誇るジャズ・ピアニスト。近年は名門Blue Noteレーベルからコンスタントにアルバム・リリースを続けている山中千尋から、待望の新作『ユートピア』が届けられた。彼女自身の卓越したアレンジとレギュラー・トリオによる疾走感あふれるスリリングな演奏で今回、料理された素材とは?
ガーシュウィンとバーンスタイン
——最新アルバムはタイトル曲でもある書き下ろしナンバー「ユートピア」で颯爽と幕を開けます。
「現在のアメリカは、人々が夢見るような“ユートピア”とはほど遠い状態になっていると言わざるを得ません。トランプ大統領の発言や政策は相変わらず人々を暗い気持ちにさせているし、今年になってからは連日のように銃乱射時間が発生して、大勢が犠牲になっています。私は音楽に政治的なメッセージを込めるタイプではありませんが、ひとりのアーティストとして、せめてアメリカを代表するジャズという芸術の中には“理想郷”を求めたい、そんな想いから生まれた曲かもしれません」
——その魅力的なタイトル曲以外は今回、クラシックの有名曲ばかりを集めた意欲的なアルバムですね。
「自分のルーツでもあるクラシックの楽曲は前にアルバム『モルト・カンタービレ』(2013年)でもいくつか採りあげましたが、今回はそれをもっと全面的に! ジョージ・ガーシュウィン(生誕120周年)とレナード・バーンスタイン(生誕100周年)という、ジャズとクラシックの壁を超えた作風を持つ米国の2大作曲家が今年、揃ってアニヴァーサリーを迎えることもあって、彼らの作品を始めとする超有名曲をまた素材として手に取ってアレンジしてみたいと思いました。原曲からどこまで遠く離れることができるか、それと同時にその作品の真髄により近づくことができるか、それを両立させるように手の加え方を考えるのはとても楽しい作業でした」
——そのガーシュイン作品は人気曲の〈ラプソディー・イン・ブルー〉と吹奏楽でお馴染みの〈ストライク・アップ・ザ・バンド〉を繋げて、とてもアップテンポな編曲が印象的です。
「以前、大ベテランのナンシー・ウィルソンさんと共演したとき、彼女が〈ストライク・アップ・ザ・バンド〉をとてもアップテンポで颯爽と歌っていらして、同じ女性のミュージシャンとして尊敬し、すごく格好いいなと思ったので、そのイメージで2曲を繋げてやってみたんです」
——バーンスタインの傑作ミュージカル『ウエストサイド・ストーリー』は「トゥナイト」や「マリア」など名曲の宝庫ですが、その中から何故、体育館でのダンス・シーンの曲である「マンボ」を?
「この曲のダンサブルなノリが大好きなんです。それに他のバーンスタイン曲は多くのアーティストがカバーしていますが、この曲はほとんどありません。しかも恐らくピアノ・トリオで演奏した例は結構珍しいのではないでしょうか。アドリブはブルースになっていますが、今回はオーケストラ用の楽譜を用いて原曲にかなり忠実にアレンジしてみました」
——そんな2大巨匠の曲があるかと思えば、一方でピアノ中級者の練習曲としても知られる「乙女の祈り」のような曲も。
「メロディはよく知られているけれど、作者がポーランドのテクラ・ボンダジェフスカ=バラノフスカという女性だとご存じない方も多いのでは…確かにちょっと憶えにくい名前ですが(笑)。ハリウッドから一気に広がった、今回のフェミニズム運動の高まりなども少し意識して、情熱的で颯爽とした強い女性をイメージしたアレンジに。途中にボロディン〈ダッタン人の踊り〉が出てくるのは、ジャズにはよくある“引用”。ちょっとした遊び心です」
偉大な先人が拓いた道
——バレエの「瀕死の白鳥」などでお馴染みのサン=サーンス「白鳥」も、優雅というよりは随分とアグレッシヴで強そうですね。
「母親の実家が福島で、よく阿武隈川の白鳥を観察していたのですが、餌を食べるところとか荒っぽくて、私の中ではかなりワイルドな野生動物っていう印象なんです(笑)。あと、井の頭公園の池に浮かんでいる白鳥ボートも近くで見ると巨大で角張ったロボットのように見えた。それで5拍子にしてズンズン侵攻してくるような感じをイメージして(笑)。ドラムの音がかなりフィーチャーされてコミカルになったので、最後はハモンド・オルガンで締めました」
——ピアノだけでなく、フェンダー・ローズやハモンド・オルガンを効果的に使用されています。
「ピアノにはない“粘った音“が欲しい時に。師匠のジョージ・ラッセルの元ではよくシンセでオルガンの音を自分で作りこみ、表現のパレットの研究をしていました。今でも音楽表現を考えるのにピアノではなくローズやオルガンを使うとうまくいくことがありますね」
——バッハの管弦楽組曲第2番からの旋律や、武満徹の歌曲「死んだ男の残したものは」に自身のオリジナル曲を繋げた作品も見事です。
「バッハの組曲は父が趣味のフルートで吹いていたのが、子どもの頃の懐かしい想い出です。武満は現代音楽の巨匠だけど歌曲ではストレートな歌詞とメロディが親しみやすい…ただこの曲はピアノだけだと少し暗くて重たくなるので変拍子にして軽やかに。どちらの曲も私の書いた部分を第2のテーマのようにインタールードで繋げて世界を拡げてみました」
——ノリノリのブラームス「ハンガリー舞曲」も必聴です。
「ヨーロッパの街角では、この曲をもの凄いスピードで演奏しているロマの人たちによく出会います。特に打弦楽器のツィンバロムの超絶技巧が面白くて、あれをピアノで再現できたら楽しいだろうなと思って。途中から女性ジャズ・ピアニストの草分け(1910年生まれ)であるメアリー・ルー・ウィリアムスの〈ナイト・ライフ〉という楽曲にちょっとだけシフトします」
——ラストのドヴォルザーク「わが母の教えたまいし歌」はとてもブルージーな雰囲気がいいですね。今回のアルバムは「乙女」や「母」といったキーワードもそうですし、ナンシー・ウィルソンやメアリー・ルー・ウィリアムスへのオマージュなど「女性」がひとつのテーマになっている気がします。
「女性を前面に打ち出したいわけではないのですが、ジャズの世界において偉大な先輩たちが切り拓いた道を引き継いで、私も女性であることに誇りを持ってプレイしたい。若い世代に『私たちもやってみたい』、『ピアノであんなことができるんだ』と思ってもらえるような…音楽には全ての人にとって開かれたものであって欲しいです。そして、“女性であること”をポジティヴに感じられる世の中になることを願っています」
——11月からはこのアルバムを持ってレギュラー・トリオで全国のクラシックの殿堂を巡る「ホールツアー」もスタートしますね。
「レコーディングの時よりもかなり消化されて、同じ曲でもライヴならではの魅力にあふれたものになると思います。生の音が美しく響く、ホールの特性もうまく活かしたいですね。どうかご期待ください!」
●山中千尋ニューヨーク・トリオ 全国ホールツアー2018
11月4日(日)滋賀県・滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 中ホール
11月6日(火)富山・新川文化ホール 小ホール
11月7日(水)福井県・ハーモニーホールふくい 小ホール
11月9日(金)群馬県・太田市民会館
11月10日(土)東京都・すみだトリフォニーホール 大ホール
11月12日(月)山口県・山口市民会館 大ホール
11月13日(火)鹿児島県・宝山ホール(鹿児島県文化センター)※生協コープかごしま会員制公演
(問)プランクトン 03-3498-2881(平日11時~19時)