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通称・DTM(デスクトップミュージック)と呼ばれる「コンピュータ・ミュージック」の現状を、シロウト目線で紹介するシリーズ第2弾。今回のテーマは、楽器演奏者に向けた「ひとりライブ・パフォーマンス」の最前線。
●中村:本誌ライター。コンピュータ・ミュージックに精通。記事執筆のほか、楽曲制作も手がけるエキスパート。
パリの天才クリエイターに感化され…
鈴木 中村くん、突然だけど、私はFKJ(注1)になりたい。いや、FKJに俺はなる!
中村 あぁ~、さっそく影響されちゃったよ…。先日の「TAICOCLUB ‘18」に行ったんでしょ? そこで見ちゃったんですね。あのかっこいいパフォーマンスを。
鈴木 うん、見たんだ。で、確信したよ。俺にもできる! って。
中村 ……そうですか。つまり、こういうことをやるんですね?
鈴木 そう! ひとりジャムセッション。っていうか…改めて見ると、これって「多重録音の過程」を「ライブ・パフォーマンスとして見せる」って感じもするね。
中村 そうですね。楽器を演奏しながら、その音をリアルタイムで録音&再生しつつ、可変的なライブとして見せている。もちろん、あらかじめ用意した音源もふんだんに使用しながらパフォーマンスをおこなっています。
鈴木 なるほど。
中村 外見的にはソロですけど、ある意味「コンピュータ(ソフト)を“相棒”にしたデュオ」という見方もできますよね。
鈴木 そう! その頼れる「相棒」が俺も欲しいんだよ。ヤツの相棒は誰なの? 名前と値段を教えろよ! あと、どういう仕組みになってるのかも教えてくれよ!
中村 まあ、落ち着いて(笑)。彼が使ってるのは、Ableton Live(エイブルトン・ライブ)っていうソフトです。ちなみにこのソフト、ちょっと特殊な仕様なんですよ。
鈴木 特殊? 作曲とかアレンジができる、いわゆるDAW(注2)とは違うの?
中村 もちろん、前回紹介したような「Garage Band」なんかと同じ、作曲用のソフトですけど、このAbleton Live(以下:Live)は、その名のとおり、ライブ・パフォーマンスに特化した機能があるんです。
“ひとりセッション”の種明かし
中村 まずは、この即興パフォーマンス映像を見ながら「彼が一体何をやっているのか?」を確認していきましょうか。
鈴木 うん、まずオープニングの部分からね。彼はエレピを弾いていて、デスク上の装置に触ったらドラムが鳴り始めたよね。
中村 この黒いハードウェアは、Live専用のコントローラー(別売り)で、Liveを外側から操作できるものなんです。
中村 このコントローラーにはボタンがたくさん配置されていますけど、それぞれがドラムとか声ネタとか、いろんなループ音源を鳴らすスタート・ボタンのように機能します。動画でドラムが鳴り始めたのは、ドラム・ループを仕込んだボタンを押したからです。
鈴木 うん、それはわかる。あ、いまもう一度ボタンを押して「声ネタ」のループ再生をスタートしたね。
中村 そうですね。それも同じアクションです。
鈴木 でも、次にベースを弾くために、キーボードから手を離したよね。なのにキーボードの音は鳴り続けてるよ。これはどういうこと?
中村 早技で分かりづらかったかもですが、彼は「声ネタ」のボタンと一緒に「録音ボタン(のようなもの)」も押したんです。
鈴木 なるほど。直前に弾いた鍵盤のフレーズは、弾きながら録音もされていて、弾き終えると同時に、録った音をそのままループ再生したわけだ。
中村 そういうことです。この機能はすごく便利で、あらかじめ録音したい長さ(小節数)を決めておくと、その小節分だけ録音されて、あとは手を離してもLive側が勝手にループしてくれるんです。
鈴木 そうなの!? あ! いまベースを弾き始めた途端に、バスドラっぽい音が加わったよ。これはどういうこと?
中村 彼がベースを弾く直前、コントローラーのボタンをいくつか押しましたよね。そのときに新たなドラムパターンをスタートさせる指令を出したわけです。
鈴木 ボタンを押した瞬間に再生されるわけじゃないの?
中村 これはLiveの特徴でもあるんですけど、ここに入れたループのテンポは基本的に自動で合うようになってます。しかも変なタイミングでループを変えても、小節のアタマに来るまでスタートするのを待ってくれるんです。
鈴木 すげーな。デキる相棒じゃんか。
中村 しかも、このボタンにはいろんなパターンを仕込めるので、生演奏っぽい展開を容易に作り出せます。例えば、AメロとBメロで違うドラムパターンを仕込むこともできるし、極端な話、C、D、E、F…って具合に好きなだけ増やせます。
鈴木 いま、ベースの演奏をやめたのに、ベースのフレーズが鳴り続けているけど……これも、さっきのキーボードと同じ要領で「演奏→同時録音→ループ再生」の手続きを行ったわけね。
中村 そうです。ちょっとわかってきました?
鈴木 手際が良すぎて、どんな操作をしたのかはよく分からなかったけど(笑)、仕組みはわかってきた。
結局のところ必要スキルは…
鈴木 ベースを弾き終えたところで、また展開したね。今度は何かいろいろツマミをいじり始めた。
中村 リバーブとかのエフェクトを加えていますね。
鈴木 ここは演奏っていうより、DJ的なアクションに近いね。
中村 ほら、いまサックスを吹き始めましたけど、その直前にボタンを押したらオケのパターンが変わったでしょ? このときCパターン的な展開をスタートさせたんです。
鈴木 けど…サックスは普通に吹いて終わったね。
中村 それは単純に、彼がこのパートをサックス・ソロみたいな感じで表現したかったんでしょうね。なにも、すべての音を録音&ループ再生する必要はないですから。
鈴木 そうだよな。いろんな楽器やパートの抜き差しがあって、その展開を作り上げるのも、面白さのひとつだもんな。あれ? 今度はギター弾き始めたけど、なんかツイン・ギターみたいにハモってない?
中村 これも今までと同様です。先に弾いたパターンの後にボタンを押しましたよね? 先に演奏したパターンをLiveに録音&ループさせて、そのまま出現させ続けながら、ハーモニー・パートをかぶせて演奏しているわけです。
鈴木 なんかアレコレ忙しいけど、ホントに人間とパソコンでセッションしてる感じだねぇ。
中村 これが「Ableton Live」の醍醐味ですよ。ちなみに、FKJは自分のパフォーマンスの簡単な解説動画も公開してますよ。
鈴木 フランス語わかんねーよ……。
中村 Youtubeの字幕を日本語にすれば、ざっくりと意味はわかりますから(笑)。せっかくだから、僕が使い方を説明しましょうか?
鈴木 いや、それはまたの機会でいいや。それより俺、気付いちゃったんだよね。
中村 何ですか?
鈴木 これは、楽器の演奏力が問われるね。
中村 え? 今ごろ気づいたんですか?
鈴木 テキトーにやってりゃ、コンピュータが勝手に補正してくれて、それっぽいパフォーマンスになると思ってたけど。
中村 確かに、出す音のタイミングなんかは、ある程度、このソフトが補正してくれるし、オートマチックで便利な機能が満載ですけど、演奏そのものは助けてくれませんねぇ…。
鈴木 じゃ俺はFKJにはなれないのか?
中村 FKJみたいなパフォーマンスは、このソフトに対する高度な知識よりもむしろ、パフォーマーの演奏力や発想力の方が問われるでしょうね。
鈴木 俺は、かっこいいミュージシャンになりたいんだよ。でも、努力はしたくないんだよ。
中村 どんだけワガママなんですか…。あと10年もすれば、さらにテクノロジーが発達して、演奏補正機能とかも装備されるんじゃないですか? それまで待ちますか(笑)。
鈴木 うーん、だったらその間に楽器の練習した方がいいかもなぁ。
中村 ただし、その頃にはもう「AI(人工知能)と人間のデュオ」みたいな、次の段階に進んでる可能性もありますけどね。