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ジャズ、ヒップホップ、ソウル、ロックなどと多面性を見せながらルーツ探訪的な試みも行ってきたホセ・ジェイムズ。2015年にはビリー・ホリデイの生誕100周年に合わせたトリビュート・アルバムを発表した彼が、今度は生誕80周年を迎えたビル・ウィザーズのカヴァー集『Lean On Me』をリリースする。
アコースティック・ギターを担いで素朴な声に魂を込めて歌う、70年代ソウル屈指のシンガー/ソングライター、ビル・ウィザーズ。80年代の中期以降はシンガーとして事実上引退しているが、その影響力は今でも大きい。そんなビルの名曲群を今回、ホセはオリジナルに忠実かつ新しい解釈も加えてカバーした。
「ビルは100%で唄っている…」
——近年、あなたはライブでビルの曲を歌っていましたが、そもそも何故、ビルのカバー集を作ろうと思ったのですか?
「もともとはビルの生誕80周年を祝うライブ・プロジェクトとしてスタートしたんだけど、ブルーノートの社長であるドン・ウォズが『これを作品として出したい!』と言ってくれたんだ。だからこの作品はドン抜きで成立させることが難しくて、ドンが実際に70年代の音楽シーンにいたからこそ、今回のアルバムが真にオーセンティックなものになった気がしているよ」
——昨年11月に「Better Off Dead」をカバーしたライブ映像を見ました。録音は今年の春にハリウッドのキャピトル・スタジオで行われたようですが、プロジェクトはいつ頃スタートしたのですか?
「ライブでビルの曲をカバーし始めたのは5年前のこと。そこから考えると音楽的にパワーアップしたね。あの(2017年11月の)映像はニューヨークで撮影されたもので、小編成のタイトでファンキーなバンドを従え、ダイナミックなボーカルでビルの音楽を現代に蘇らせる。そんなライブ・プロジェクトのコンセプトが生まれる初期段階を捉えたものだった」
——今作は、あなたの声がビルに似ていることもあってピッタリな企画だと思いました。
「ありがとう! 僕もそう思うよ」
——ビルの魅力はどんなところでしょう?
「そうだな…ビルはまさに最高のソングライターだ。ビル、それにプリンス、スティーヴィー・ワンダー、ホーランド=ドジャー=ホーランド、スモーキー・ロビンソン、彼らはブラック・ミュージックにおける最良のソングライターの代表格だよね。その中でもビルの楽曲は、団結や連帯、共同体のメッセージを発していて、曲そのものが際立っている。それにビルはスーパー・ソウルフルなシンガーだ。100%で歌っている」
憧れのビル・ウィザーズと対面
——ビルはライブ盤を含めて9枚のソロ・アルバムを出していますが、最も影響を受けた作品はどれでしょう?
「うーん、とても難しいね。間違いなく最初の2枚のアルバム(71年作『Just As I Am』と72年作『Still Bill』)は最高で、素晴らしい曲がたくさん入っている。1枚選ぶとすれば、カーネギー・ホールでのライブ盤『Live At Carnegie Hall』(73年)かな。当時ビルが人々といかに結びついていたかが分るからね。それはもう魔法のような一夜だったと思う」
——そのライブから43年経った2015年10月に、同じカーネギー・ホールでビルのトリビュート・コンサートが行われました。私も現地で観たのですが、出演者にはグレゴリー・ポーターやエイモス・リーといったブルーノートと縁の深いシンガーも参加していました。そこにあなたがいてもおかしくないと思ったのですが。
「ディアンジェロも出演する予定だったみたいだけど、実現しなかったんだよね。出演者の誰もがスターで、素晴らしい歌を披露していたと思うよ」
——ビルのカバーは星の数ほどありますが、ビルの曲だけをカバーしたアルバムは珍しいと思います(ほぼ同じタイミングでアンソニー・デイヴィッドもビルのトリビュート作を発表予定)。アルバム制作にあたって実際にビルとも会ったそうですが。
「ドン(・ウォズ)と一緒にビル本人とディナーを食べたんだけど、それによってこのプロジェクトはとてもリアルでパーソナルなものになった。自分が楽曲をカバーするアーティストに会えば、全ての物事に、より深い見識を得ることができる。たとえばそのアーティストがどんな性格なのか? 謙虚なのか、取っつきにくいのか、オープンなのか、誇らしげなのか、恥ずかしがり屋なのか、傲慢なのか、親密なのか? それを知る唯一の方法は実際に会って話してみることだ。ビルはまさに天才で落ち着いた人物だった。同時に彼は、馬鹿な振る舞いをする者には容赦しない。だから僕は、集中して自分の中で最高のレベルでいなければならなかったんだ」
——ビルからは具体的にどんなことを学びましたか?
「おもに“アーティストであるための闘い”についてだ。若くて、まだ人生の多くが謎であるとき、アーティストであることはエキサイティングなことだ。でも、彼のように80歳で音楽やソングライティングに対して興味を持ち続けるのは大変なことだよ。これはアルバムやビデオを制作するという話ではなくて、自分の人生全体に対しての話さ。つまり、音楽を作り始めた時と同じモチベーションを持ち続けるということ…これは簡単なことではないよね」
かつての彼と同じギターで…
——ビルのドキュメンタリー映画『Still Bill』(2009年)は観ましたか?
「何度も観たよ! ビルの人生とキャリアを垣間見られる作品だね。彼は僕らを満足させる、本当に素晴らしいストーリーを持っている。労働者(飛行機の修理工)だった彼は、じつは音楽の天才であり、永遠の名曲“Ain’t No Sunshine”を書いた。誰もあんな曲を作ることはできない。なんという曲なんだ!」
——ギターを弾くビルに対して、何かシンパシーを感じています?
「ギターを弾きながら歌うのは難しい。でも、ビルはとても個性的なヴォーカルと演奏スタイルの持ち主だった。僕は彼のスタイルを自分のライヴに取り入れてみた。それで、ビルの音楽の世界に入り込むために、彼がかつて使っていたのと同じマーティンD-28を手に入れたんだ」
——それは凄い。だからなのか、カバーは原曲に忠実なものが多いと感じました。リズム・セクションも、ビルのカーネギー・ホールのライブ盤に参加していたジェイムズ・ギャドソン(ドラムス)、メルヴィン・ダンラップ(ベース)、レイ・ジャクソン(キーボード)らに近いグルーヴを生んでいるな、と。
「まさしく。あのバンド自体、非常に影響力があるからね。ヒップホップのプロデューサーはジェイムズ・ギャドソンのドラミングを愛している。僕のバンドも彼らの音楽に親しんで育ってきたんだ」
——そのギャドソンがドラムを叩いていた“Kissing My Love”はイントロがブレイクビーツの古典として知られていて、あなたのバージョンではそれを意識してネイト・スミスがプレイしているように感じました。
「その通り! ネイトはどうやってプレイするのかを熟考していたけど、見事にやってのけたと思うよ!」
——ネイト・スミスに加えて、ベースがピノ・パラディーノ、キーボードがクリス・バワーズ、ギターがブラッド・アレン・ウィリアムス。そしてホーンには黒田卓也(tp)やコーリー・キング(tb)らが参加しています。彼らの多くは、あなたの『No Beginning No End』(2012年)に関わっていましたが、あのアルバムのムードも意識したのでしょうか?
「ドンは『No Beginning No End』のヴァイブを再現しようとした。だた、正直なところ、バンドと何かを事前に話し合うことはなく、ただただ演奏したよ。何かを話す必要がないレベルになると、あるのは“ボーカルの後にピアノソロ”みたいなロードマップだけ。リハーサルもしなかったし、アルバムに収められたのは、すべてファースト・テイクかセカンド・テイクなんだ」
人類にとって最高の“ビルからの贈り物”
——カバーの選曲基準は?
「当初は60曲くらいピックアップした。それを10曲に絞るのは不可能だったよ…。でも、ドンは『自分が本当に感情的に結びついた曲に焦点を絞るべきだ』と言ってくれた。それは大きなアドバイスだった」
——どのカバーも素晴らしく、すべてに言及したいところですが、「Use Me」は以前ライブでカバーしていたディアンジェロよりも、「Lean On Me」は有名なクラブ・ヌーヴォーのヴァージョンよりも、個人的には心惹かれました。特に「Lean On Me」はアルバムのタイトルになっただけあって、「Hope She’ll Be Happier」と並んでボーカルがすごく胸に迫ってくるカバーです。
「“Lean On Me”はビルのアンセムで、最も重要な曲のひとつだと思う。人類にとって最高かつ永遠に残るビルからの贈り物だと思うんだ」
——「Grandma’s Hands」のジャズっぽいアレンジは誰のアイディアですか?
「僕がアレンジしたんだ。この曲では、よりカントリーっぽい気分を出すためにテンポを遅くしたかった。また、Eマイナーでソロを執ることで拡大したビジョンを与えた。すべての方向に永遠に続く風景のようにね」
——「Just The Two Of Us」では原曲のグローヴァー・ワシントンJr.役を、マーカス・ストリックランドが担っている、ということですよね?
「そう。マーカスは大好きなサックス奏者で、このプロジェクトがスタートしたとき、彼はニューヨークで(ライブの)演奏に加わってくれたんだ。その後、彼にこの曲を演奏してもらうのが良いと思ってね」
ーー「Lovely Day」はカバーも多く、ロバート・グラスパー・エクスペリメントも2013年の『Black Radio 2』(Deluxe Edition)で取り上げていましたが、今回あなたはレイラ・ハサウェイとのデュエットを選んだ。
「レイラは彼女の世代にとって最高の歌手のひとりであり、彼女の父ダニー・ハサウェイはビルと親友だった。だから、レイラに関わってもらうのは理にかなったことなんだ。本当に光栄だよ!」
——「The Same Love That Made Me Laugh」はシブい選曲ですね。
「あれはヒット曲ではなくアルバム(74年作『+’Justments』)の収録曲だけど、僕にとって重要なんだ。この曲はボーカリストとしてのビルの才能を示している。この曲を歌うのはとても難しい。試してみれば分かるよ」
——他にカバーしたかった曲はありますか?
「“Family Table”は今回のアルバムには未収録だけど、クールな曲だからチェックしてみて。“I Can’t Write Left Handed”は、すでにジョン・レジェンドがザ・ルーツと一緒にカバーしていたから今回は見送った」
——このアルバムにちなんだライブも行う予定ですよね?
「うん。2019年いっぱい、小編成のバンドとオーケストラとでツアーをするんだ。クリスチャン・マクブライドがストリング・カルテット用のアレンジもしてくれて、これも大きな会場で使用するつもり。ビルの音楽は普遍的で時代を超越しているし、ライブで聴く価値があると思うよ」
ホセ・ジェイムズ『リーン・オン・ミー』
(ユニバーサル・ミュージック・ジャパン)
リリース詳細
https://www.universal-music.co.jp/jose-james/news/2018-08-24release/