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今年(2018年)で52回目を迎えるモントルー・ジャズ・フェスティバル(MJF)、が7月に開催された。スイスのレマン湖畔にある町、モントルーで開催される同フェスは、ジャズファンならご存知の通り。50年を超える歴史のなかで、たくさんの名演が繰り広げられ、その多くを音源として聴くこともできる。
そんな世界屈指のジャズフェスで今年、ちょっと興味ぶかい出来事が頻発したという。その様子を現地で観てきたのは「モントルージャズフェスティバル・ジャパンCEO」にして「モントルー・ジャズ・インターナショナル・アドバイザリー・ボード」も務める原田潤一。
現地は一体どんな様子だったのか? 100組を超える一流アーティストが出演するビッグフェスゆえ、すべてを網羅するのは困難だが、MJF2018の印象的なシーンや今年の傾向などを訊いた。
例年にない“不思議な活気”
——今年は6月29日から7月14日の開催で、合計16日間。うち、原田さんはどの期間に行ってたんですか?
7月2日から8日まで。およそ1週間ですね。僕が到着した日は、いちばん大きなステージではマッシヴ・アタックが出てました。
——ロック界の重鎮みたいな人たちも大勢出ていますよね。
今年はイギー・ポップやディープ・パープル、ビリー・アイドルとか。
僕がいた期間中で、いちばんお客が入ってたのはハリウッド・ヴァンパイアーズ(アリス・クーパー、ジョニー・デップ、ジョー・ペリー〈エアロスミス〉らによるグループ)だったと思います。お客が入っていたというか、パパラッチとか野次馬も大勢いて、入口を一時封鎖したり入場制限をかけたり、現場は軽いパニックで。やっぱりハリウッドスターはすごいなぁ、と(笑)。
——フェス自体は、いくつかの会場を使って、同時進行でいろんなステージが開催されてるわけですよね。
そうです。複数会場で、それぞれいろんなことをやっている。基本的には各プログラムごとにチケットを買ってライブを観るスタイル。もちろん、入場無料のエリアもあって、ライブをやってたりクラブっぽい場所があったり。しかもタダとは思えないくらいクオリティが高い。
——有料エリアはどんな構成なんですか?
大まかに説明すると、まず「2M2C」という巨大なコンベンションセンターがあって、これがいわゆるメイン会場。で、このメイン会場は二つに別れていて、ひとつはストラヴィンスキ・ホール(Auditorium STRAVINSKI)。これがキャパ3000人くらい。それからモントルー・ジャズ・ラボ(Montreux Jazz LAB)っていうのがあって、そっちは1500人くらい収容できます。
——次いで大きな会場は?
近隣のプチ・パレ(Petit Palais)という建物が「ハウス・オブ・ジャズ」っていう名前で、いろんな催しをやっている。これが本当に素晴らしい内容で。2018年最大のトピックは何か? と問われたら、個人的にはこのハウス・オブ・ジャズを挙げますね。
——「ハウス・オブ・ジャズ」は具体的にどんなことが行われているんですか?
まず、ハウス・オブ・ジャズを構成するのは、キャパ600人くらいのモントルー・ジャズ・クラブ。それから、ラ・クーポール(La Coupole)っていう200人くらいのスペースがあって、そこでは連日「ニュー・タレント・アワード」っていう新人ミュージシャンがエントリーするコンテストや、ジャムセッションが行われている。これらはすべて新たな試みとして導入されました。
——ジャムセッションはどんな感じなんですか?
プロアマ問わず、ジャムセッションに出たい人がエントリーできるんです。これも結構お客が入ってて、僕がいる間も、朝4時くらいまで盛り上がってる日がありました。しかも、他のステージに出ている有名な出演者が飛び入りで参加することもある。
——それは見逃せませんね。
過去にもジャムセッション的なプログラムはあったんだけど、今回はオープンでフリーダムな感じで実施されていて、例年にない“活気”みたいなものを感じたんですよね。とにかく、みんながやる気に満ちているというか、ポジティブでクリエイティブなエネルギーが充満していた。ハウス・オブ・ジャズなんて、ど直球なネーミングですけど、その本意を感じましたね。
——ロックやポップスも範疇に入れた総合音楽フェスだけど「じつはここが本丸なんだぞ」という気概を感じる……いわば、MJFの良心とも言える場所。
そう、まさにそんな感じです。もちろん、“ロックの殿堂”みたいな側面もあっていいし、レジェンドと言われるミュージシャンのパフォーマンスは、たしかに観ていて面白い。ただ、その一方で “今も進化を続けるジャズ”と真摯に向き合って、しかもその想いが空回りすることもなくステージに反映されていて、すごく未来を感じたんですよね。
R+R=NOWの正体
——なかでも印象的なステージは?
すごくわかりやすいところでいうと、R+R=NOW。
——ロバート・グラスパー率いるグループですね。
グラスパーの動向はいつも気にしていて、今回のプロジェクト(R+R=NOW)も、楽曲が公開されるたびに、まめにチェックしていたんですよ。そうした録音物を聴いていて、もちろん素晴らしいとは思っていたけど、実際にライブを体感してみて、その本当の凄さに気づかされましたね。
——ライブを観て、評価や考え方が変わった。
そうなんです。音を出した瞬間「すごい!」と感じて。サウンドはもちろん、その佇まいも含めて、圧倒的な存在感。しかも非常にクレバーで誠実。これはすごく深遠で高尚なコンセプトに基づいていて、彼は本当に真面目にとり組んでいるんだな、という印象。
彼らの“圧倒的な凄み”とともに、ブラックミュージックへの理解の深さや、それを俺たちは背負っているという自覚みたいなものをすごくリアルに感じました。聴いていて鳥肌が立つとか、魂が震えるなんて陳腐な表現があるけど、まさにそういう状態になってしまった。
もちろん、期間中いろんな素晴らしいステージを観て、それぞれに感銘を受けましたけど、R+R=NOWは僕が帰国する前日に観ちゃったから、結局、最後に聴いたアメリカのジャズマンがいちばんスゴいな…、っていう印象が残ってしまいました(笑)。
——ハウス・オブ・ジャズで、他に印象的な出来事は?
「クインシー・ジョーンズ 85th バースデー・セレブレーション」ですかね。場所はモントルー・ジャズ・クラブ。その日はアルフレッド・ロドリゲスとか、ロバート・グラスパーが出演していて、そのステージが終わってから一旦お客さんを出して、セットチェンジしてから開始したので、夜中の1時くらいのスタートでした。
見逃せないパフォーマンスが続々
——趣旨としては「クインシー・ジョーンズの85歳の誕生日を祝う会」みたいな感じですよね。
誕生日は3月なんですけどね。一応、そういうテーマで。普通のプログラムとして一般客も入れるんですけど、かなり混み合っていて、入るのはなかなか難しかったみたいですね。
——客席の最前列にクインシーが座っていて、ステージを観ている、という状況なんですよね。
そう。ステージ上にいろんなミュージシャンが登場して、順番にパフォーマンスを披露するわけです。壇上には司会者がいて、彼の仕切りでショウが進行する。この司会者がすごい仕切り上手というか、弁も立つ人で、観ていて楽しかったですよ。
——出演者も豪華ですよね。ジョルジャ・スミス、イブラヒム・マーロフ、ネイト・スミス、リチャード・ボナ、ジェイコブ・コリアー、アルフレッド・ロドリゲス、タリブ・クウェリ…他にもいっぱい。
セットチェンジする間を司会者がトークで繋いで、次の人が出る、みたいな進行なんですけど、結構バタバタしてました(笑)。ネイト・スミスがしゃべりを振られたとき、冗談交じりに「こんな素晴らしい場所で演奏できて光栄です」って言いながら「…まあ、願わくば少しだけでもサウンドチェックできれば嬉しかったね」って笑いを取っていたくらい、PAの人もずっと走り回ってて、時間きっちりに進行してましたね。
ただし、個々のステージ・パフォーマンス自体は結構フリーダムな感じで、例えばジェイコブ・コリアーがやってるときに飛び入りで誰かが参加するとか、グラスパーのバンド(R+R=NOW)に、タリブ・クウェリとヤシーン・ベイが加わるというスペシャル・パッケージが登場したり。
——なんて贅沢な…。それを原田さんはクインシーの真後ろに座って観ていたんですよね。
真後ろでしたね(笑)。触れるくらいの距離で。
——ショウの最後は誰が締めたんですか?
モンティ・アレキサンダー。ソロピアノで “ノー・ウーマン・ノー・クライ”とか弾いて。その間、クインシーは感極まって、何度も「モンティ! モンティ!」ってコールしてましたね。
その様子がとても素敵で。モンティもMCで「クインシーとは長い付き合いで、思い起こせば、僕が初めてアメリカでプレイボーイ・クラブで演奏してた頃からの友達。本当の仲間なんだ」みたいなことを語って。演奏が終わると、歩み寄ってハグして。
——いいシーンですね。
出演ミュージシャンはみんなクインシーへの愛が溢れてるし、 クインシーも一人ひとりのプレイヤーに敬意を払いながら楽しんでいる。例えば、ジャムセッションに出てるような若いプレーヤーが出てくる場面もあって、これに対しても、箸休め的な見方をするんじゃなくて、ちゃんと声援を贈っていたりとか。ああ、この人は本当に音楽を愛してるんだな、っていうのがすごく伝わってきましたね。
——クインシーに30センチの距離で(笑)。
ずっと背中を見てました。大きいなぁ…って思いながら(笑)。
——いろんな意味で(笑)。
この様子は、クインシーが運営する動画ストリーミング・サービス『Qwest TV』のFacebookページ内でも公開されているので、ぜひご覧ください。
——ところで今回、日本人ミュージシャンは出演したんですか?
沖野修也さんがDJとして出演しました。まさにその現場にいましたけど、結構、感動しましたね。
——どんなステージだったんですか?
場所は、さっきも説明したハウス・オブ・ジャズの「ラ・クーポール(La Coupole)」っていうスペースで。
——新人ミュージシャンのコンテストやジャムセッションが行われている場所ですね。
そう。あと、同じ建物内にあるル・ベルヴェデールっていうバーでもプレイしました。そこは特別なパスがないと入れないサロンというか、バー・スペースですね。両方とも素晴らしいプレイでしたけど、僕が特に感銘を受けたのは、ラ・クーポールでの出来事です。
沖野修也の超絶プレイに遭遇
——すごく盛り上がっていた?
…いや、全然。
——えっ!? どういうことですか?
まず会場が、DJプレイに不向きというか、クラブっぽい雰囲気の場所じゃなかったんです。ステージとも言えないようなちょっとした壇上にDJブースが設置されていて、しかも客席にはテーブルが置かれている状態で。照明も中途半端に明るい感じで、クラブみたいに真っ暗でもないし。この状況、DJとしてはちょっと辛いというか、やりにくいわけです。
——お客さんも、どう振る舞っていいのか分からない感じで。
しかも、いつもなら、そこでジャムセッションをやっている時間帯だったから、そのつもりで来たお客さんもいたと思います。で、お客さんが座って、ただ見てる、みたいな感じになって。その状況をスタッフもどうしていいのかわからなくて。そんな様子を見ながら僕も不安になったくらい。
——黙々と曲をかける感じだったんですか?
じつははこの日、沖野さんは“クインシーへのトリビュート”っていうテーマを設けていたんですね。クインシーへのリスペクトを込めて、彼の歴史を辿りながら、昔の楽曲からマイケル・ジャクソンとかもかけていった。要するに、レコードコンサートみたいな感じです。
——なるほど。
で、始まるときに、沖野さんがそこにいる人たちに向けて「みなさん、じっくり聴いてくれてもいいし、興が乗れば踊ってもいいし、どうぞご自由に」みたいな内容のことを、マイクで喋ったんですね。今日は古いジャズから、ダンスミュージックまでいろいろかけます。それで、クインシー楽曲の魅力と歴史を楽しんでください、と。
それで1曲目に「ソウル・ボサノヴァ」をかけると、いきなり踊り出しちゃう人もいるんですが(笑)、今かけてるレコードのジャケットを見せて説明したり、本当にレコード鑑賞会みたいなノリですね。
——まあ、ワークショップとかもやってる場所だから不自然でもない。
そんな感じで、いろんな曲をかけながら、途中」この曲もクインシーなんですよ』みたいな解説を入れたりもして。すると、会場全体がだんだん盛り上がってきちゃって、その空気を読んだスタッフが、テーブルとかを外に出し始めて(笑)。気づいたときには、みんなが立って踊り出していた。すごい盛り上がりで、結局そのままダンスフロア化して、朝5時くらいまで続きました。
——かっこいいですねぇ。
海外で、しかも超アウェー感のある現場で、まっさらの状態から最終的には全員を踊らせた。かっこいいなぁ…って思って。沖野さんの度胸や胆力もすごいと思ったし、そこにいるお客さんも、音を楽しんで一緒に盛り上がれる、っていうマインドが、本当に素晴らしいと感じましたよ。
——モントルーって「セレブの避暑地」ってイメージでしたけど、それだけじゃない。やっぱり本物の“音楽好き”が集まってるんですね。
たしかにセレブ感はあります。その一方で、そんなにお金を使わずにカジュアルに遊ぶ、みたいな若者たちも結構いるんです。週末の深夜とかに到着してフードエリアで軽く食事して、一晩中フリーエリアで存分に楽しむ、みたいな感じで。
——食べ物も美味しそうですね。
そう、本当に、至れり尽くせり。ちょっと物価は高いけど(笑)、いいところですよ。夏場の気候も気持ちいいし、ぜひ現地を体感してほしいですね。