カマシ・ワシントンの新作『Heaven and Earth』は、サックス・プレイヤーとしてのみならず、作曲家としての彼の才能を開花させたアルバムである。『The Epic』(2015年)のときから、ストリングスやコーラスはその音楽に不可欠なものとして存在していたが、今回の『Heaven and Earth』では根幹を成すものとなっていた。
カマシのバンドを形成するメンバーたちとの「コミュニティのような関係性から生まれるハーモニーやアンサンブル」が、なぜこれほどまでに新鮮に響くのか。エネルギッシュであるが、バランスも取れたライブ演奏を聴くと、オーケストラを従えていなくてもストリングスやコーラスを補完するだけのハーモニーやアンサンブルがそこにはある。それはカマシの「曲づくり」に理由があるのだろう。サマーソニックと単独公演を終えたばかりのカマシに、作曲の側面から話を訊いた。
楽曲はパラレル・ワールド…
——先日の公演(ビルボードライブ東京)を観ました。アルバム『Earth』から3曲(注1)を演奏していましたが、これらはアルバムで聴くと、重厚なコーラスやストリングが目立った曲です。こうした楽曲は(演奏者の少ない)ライブでも“大元のメロディの組み合わせ”で充分にハーモニーが形成されることが分かりました。
注1:「Street Fighter Mas」「Will You Sing」「The Space Travelers Lullaby」
僕がライブをやるときは“録音物とはまったく違うもの”として演奏しているんだ。70人のメンバーを(すべてのライブ会場に)連れて行くことはできない、という現実的な理由もあるけど、音楽には無限の可能性がある。ひとつの曲を、速くしたり遅くすることもできるし、キーやコードを換えることもできる。再現するのではなく、違う場所に持って行きたいんだ。
つまり、ひとつの曲をいろんなバージョンで作ることができて、アルバムの曲はその中の一つのバージョンに過ぎない、という考え方。これはほとんどパラレル・ワールドみたいなものだね。その中の一つの世界がアルバムだったり、その時のステージだったり、という。そんな考えでやっているんだ。
——とすると、作曲がやはり重要になりますよね。特にハーモニーはあなたの音楽において根幹を成す要素だと思います。
その通り。特に「Heaven and Earth」はそのように作っている。自分はCマイナーだとかFだとか考えないで、メロディをどうハーモナイズするか? ということを考えて作っていた。コードというのはある種、象徴的なもので“そこに立ち返って演奏できるもの”なんだけど、そうじゃなくて、その都度、自分もどうやって作るのか考えないといけない。
——コードよりメロディを重視していると。
何人かのピアニストと一緒にやったんだけど「これはコードではなく、メロディをこう組み合わせたら、こう鳴るんだよ」っていう説明が必要で、大変だった。でも、そうすることによって一人ひとりのミュージシャンが、よりオープンになれる。
やっぱり長い間演奏していると、例えばCマイナーというと、Cマイナーからどこに行けるか? それで何ができるか? ということが身体に染み付いているんだけど、そういう先入観からみんなを引きはがして、演奏してもらう。そうするとオープンになるし、直観的に演奏できるようになるんだ。それは「(個々のプレーヤーが)自分がどう考えるか」じゃなくて「いま、何を聴いているか」に応じて演奏するようになるので、そこはすごく新しい試みだと思う。
——コードが足枷になって、そこから解放されるために、メロディからハーモナイズしていく。この考え方を得たきっかけは何だったんでしょうか?
何年も前にある曲を書いていたときに、そのアイディアが浮かんだんだ。コードを使うのではなく、4つの別々のメロディを書いて、それをどんなふうに組み合わせるのか? っていうのをやってみたら、すごく面白いハーモニーの動きができたんだ。
音楽では、知識が創造性の邪魔をすることがあると思う。自分はこれまでとは違うことを生み出そうとしているのに、脳のどこかで邪魔をしてしまう。ただ、そのときは、コード進行がすごくクールに聞こえて「ハーモニーって…よく考えるとコードじゃなくてメロディじゃないか?」って思い付いたんだ。それがきっかけだね。
——普通はハーモニーというと、どうしてもコードから入りますよね。
ピアノでコードを弾くときも、こう、ダンダンダン……って(複数の音を同時に鳴らす“和音”として)弾くんじゃなくて、一つひとつのメロディが5つ繋がっていると考える。それが連続して同じリズムで鳴っているからコードに聞こえるわけだけど、5つのメロディがパラレルに鳴っていると考えたらどうか。そういうふうに考えて作ったのが今回のアルバムだ。
特に難しかったのは、全部の曲をその考え方で作って、出来上がってから『このコードは何なんだろう?』っていうのを逆に見つけなければいけなかった。“Will You Sing”などは特にそう。このアイディアはすごい昔にあったものなんだけど、最近このコンセプトに熱中しているんだ。
——リズム面についてはどんなアプローチを取ってますか? ライブではダブル・ドラムが基本ですけど、複雑になりすぎず、とても上手くグルーヴとバランスを保っているように感じます。
例えば、”Hub-Tones”(※フレディ・ハバードのカヴァー)は13拍子なんだ。これを4拍子のように聞かせる。そのためにポリリズムを使う。シンプルなリズムを乗せて、しかもちょっとずらす。ミュージシャンにとっては、そのずらし方がスムーズでないと快適に演奏できないんだよ。
ただ、ミュージシャンに「この曲はこう演奏するんだよ」と言うと「えーっ? どうすればいいんだ!?」ってなるんだけど、楽器を弾かない友達にこの曲を聴かせると、普通に拍子を取ってシンプルに楽しめるんだよね。複雑なリズムの上に、ポリリズムでシンプルなリズムを乗せて、それでいてグルーヴを保っていると、二重性ができる。ものすごく難解なことが起きていながらも、シンプルに聴いて楽しめる。その二重性が僕の音楽にはあるんだ。
——公演を観て、長いソロがあっても冗長にならないのが印象的でした。ソロを取る際に、自分またはメンバー間で留意していることは何ですか?
自分は音楽に対して、閉じ込めるのではなく、オープンでいたい。だから曲を演奏するときも、その曲が変化して成長していく、まるで生きているものみたいに演奏してほしい。フリージャズというものは、いまは美意識として捉えられているけれど、もともとは音楽を解放し、自由にし、音楽がどこにでも行けるというアイディアがあったと思う。
その意味で自分は一緒にやっているミュージシャンを信頼して、どんなふうにやってもらってもいいし、キーやコードや形を変えてもいいと思っているけど、やっぱり曲には曲のエネルギーやフロウ(流れ)というものがある。だから、自分が一緒にやるミュージシャンに思っているのは、ジャンプしたりフリップしたりするのは全然構わないんだけど、フロウ自体は絶対リスペクトしてほしい。そのフロウに乗って自由に動くんだけど、フロウを邪魔したり、逆行したりしないということがやっぱりバランスとして求められている。それが出来たときにマジックが起こるのだと思う。
——最後に、個人的にずっと尋ねたかったことをお訊きします。アルバム『Harmony of Difference』(2017)収録の「Desire」は、ケニー・ギャレットの「Sing A Song Of Song」(アルバム『Songbook』収録)とベースラインが似てますが、オマージュですか?
確かに。同じじゃないけど影響は受けてる。自然に出てきたんだ。サンプリングしたわけじゃないよ(笑)。
取材・文/原 雅明
撮影/山下直輝
BEATINK
https://www.beatink.com/artists/detail.php?artist_id=127
Official Site
https://www.kamasiwashington.com/