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ナッシュビル出身のシンガー・ソングライター、キャンディス・スプリングスが、セカンドアルバム『インディゴ』をリリースした。2年前に発表したファーストアルバム『ソウル・アイズ』は名匠ラリー・クラインをプロデューサーに迎え、アコースティックでジャジーなムードを強調していた。が、今回の新作はジャズにもヒップホップにも精通するカリーム・リギンス(コモン、エリカ・バドゥほか)が大半の曲をプロデュース。ネオソウル的な色合いと、ジャズのムードとかがちょうどいい塩梅でミックスされ、キャンディスも自身のヴォーカルの個性を生き生きと解き放っている印象だ。
「誰々から影響を受けた曲だ」といったことを語りたがらないミュージシャンは多いが、そんなことも自分から素直に話し、変にアーティストぶったりしないところもまた彼女のよさ。相変らずケラケラとよく笑う天真爛漫なキャンディスに、今回の新作や、亡きプリンスとの思い出(彼はキャンディスを“雪をも溶かすほどのあたたかな歌声”と絶賛し、交流も深かった)を訊いた。
もしもニーナ・シモンが生きていたら…
——2年ぶりの新作『インディゴ』を聴きました。収録曲は多彩な曲調ですが、トータルであなたらしさがしっかりと伝わってきます。
「ありがとう。けっこう試行錯誤したので、完成までにかなり時間がかかったの。多彩な印象を与えるのはきっと、いろんな時期に書いた曲が収録されているから。〈シンプル・シングス〉は17歳のときに父と一緒に作った曲だし、〈ピース・オブ・ミー〉や〈ラヴ・サックス〉は、6年くらい前にエヴァン・ロジャース&カール・スターケンと書いた曲。もちろん最近書いた曲もある。このアルバムは“17歳から29歳に至る私の成長”と言うこともできるわね」
——ブルーノートと契約して最初に発表したEP『Kandace Springs』(2014年)は、ヒップホップ寄りのトラックで、太い歌声が印象的でした。一方、その後のデビューアルバム『ソウル・アイズ』(2016年)は、ジャジーで落ち着いた雰囲気。あのアルバムを振り返って、今はどう思いますか?
「日本での反応がとてもよかったし、世の中に私の歌声を広めるいいきっかけになったアルバムだと思っている。最初のアルバムがアコースティック寄りになったのは、父とプリンスのアドバイスがあったからなの。楽器の音で埋め尽くすのではなく、なるべくシンプルにしてヴォーカルをちゃんと聴かせるようにしたほうがいいって、ふたりとも言っていたから。そうできてよかったと思っているわ」
——ただ、あなたはライブを重ねていくうちに、ああいうジャジーでアコースティックな表現が自分のやりたいことのすべてではないと感じたんじゃないでしょうか? つまり、自分にはほかにもやってみたい音楽の方向性がいろいろあるのだと。
「そうね。確かにそう感じていた自分もいた。私はニーナ・シモンが大好きなんだけど、彼女は決して型にハマらない。ジャズもソウルもブルーズも歌って、ハイブリッドであることが彼女らしさだとも言える。だからこんなふうに考えたの。もしニーナ・シモンが生きていたら、現代のテクノロジーを使ってどんな表現をするのかな? って。そんなことを念頭に置きながら、音楽的に影響を受けた人たちのエッセンスを少しずつ取り入れて作ったのよ。ノラ・ジョーンズ、シャーデー、エヴァ・キャシディ、エラ・フィッツジェラルド。あと、エイミー・ワインハウスもね」
カリーム・リギンス起用の効果
——今回、メインのプロデューサーをカリーム・リギンスが務めていますが、一緒に仕事をしてみてどうでしたか?
「カリームは私が聴いたことのないようなサウンドも加えてくれた。〈68〉(ガブリエル・ガルソン・モンターノのカヴァー)なんて、彼じゃなかったらこんなふうに仕上げることは不可能だったと思うわ」
——カリーム・リギンスの起用は、ドン・ウォズ(ブルーノート・レコード社長)と相談して決めたのですか?
「もちろんドンとも話したけど、カリーム・リギンスがいいんじゃないかと提案してくれたのはエヴァン・ロジャースとカール・スターケン(注1)なの。あのふたりはいつも最善の案を私に出してくれるし、彼らが提案してくれたカリームだったら、私を次のステージに連れて行ってくれるだろうと思った。私はダイアナ・クラールも大好きなんだけど、カリームは彼女のバンドでドラムを叩いていたし、同時にエリカ・バドゥやコモンやケンドリック・ラマーとも交流がある。あ、そうそう、コモンと言えば〈ドント・ニード・ザ・リアル・シング〉にコモンがラップで参加してくれたバージョンがもうすぐリリースされる予定よ。これも、カリームとの繋がりで実現したの」
注1:キャンディスの才能を最初期に見出したプロデューサー・チーム。リアーナの諸作を手がけたことでも知られる。
——カリーム・リギンスがダイアナ・クラールのバンドで叩いていたことは、あなたのなかでかなり大きなことだったのですか?
「ものすごく大きかったわね。10代の頃に父からCDをもらい、それからずっとダイアナ・クラールを聴いてきた大ファンだから。あんなふうになりたいって憧れてた。カリームのおかげでハリウッドボウルのダイアナのショーを観ることもできて、そのあとディナーにも連れて行ってもらったの!」
——実際、カリームとのレコーディングはどんなふうに進んでいったのでしょう。
「曲によっていろんなやり方をしているわ。〈ピース・オブ・ミー〉や〈ラヴ・サックス〉はずっと前からあった曲なので、それをカリームに渡したら彼が好きなように色をつけてくれた。一緒にスタジオで録ったあと、彼が音を付け足してくれたものもあるし」
——サウンドの幅がグッと広がりましたよね。それでいて前作のよかったところもちゃんと踏襲している。基本的にシンプルであることを今回も大事にしてますよね。
「そう! そこをわかってもらえて、とても嬉しいわ」
大好きなシンガーたちへのオマージュ
——オープナーの「ドント・ニード・ザ・リアル・シング」はダンスホール的なリズムと柔らかなヴォーカルがうまくマッチした曲。あなたの個性がとりわけ活かされた曲だと感じました。
「“ニュー・シャーデー”って感じよね。曲自体もMVも、とても気に入っているわ。あのMVは、じつはものすごく寒い日に撮影したの。でも暑い日の出来事のように、ちゃんと演技したのよ(笑)」
——「ピース・オブ・ミー」もシャーデーのような雰囲気が強く感じられます。それは意識的に?
「そう。私はシャーデーからとても影響を受けていて、歌い方も声も音のシンプルさも大好きだから。最近はシャーデーを知らない若い子も多いけど、そういう子たちにこそ、この曲を聴いてもらいたい。そしてこのインタビュー記事を読んだ若い子が彼女の作品も聴くようになったら嬉しいわ」
——歌唱法も曲によって違っていて、例えば「ブレイクダウン」のサビなんかはとてもエモーショナル。ロイ・ハーグローヴをフィーチャーした「アンソフィスティケイテッド」はジャズ・スタンダードのようなクラシカルな趣があり、歌唱もいかにもジャズシンガー的ですよね。
「そうね。〈ブレイクダウン〉はサム・スミスのような歌唱の雰囲気を取り入れているし、〈アンソフィスティケイテッド〉はエラ・フィッツジェラルドっぽさを取り入れている。曲によって私のなかのいろんなキャラクターが出てくるの。自然にそれが引き出されるというか」
——そして「ラヴ・サックス」はエイミー・ワインハウス的。
「エイミーは60年代のレトロなソウル感覚をもっていて、私はエイミーを聴くようになってからそういう音楽が大好きになった。要するにこれも以前から自分の引き出しにあった要素なの」
——「シンプル・シングス」は、あなたのお父さんであるスキャット・スプリングスとのデュエット。17歳のときにレコーディングした音源をもとにアレンジし直したものだそうですが、これをアルバムの最後に入れた理由は?
「父への感謝の気持ちを伝えたかったから。私は父からたくさんの素晴らしい音楽を教えてもらったし、そのおかげで今こうしてミュージシャンとしてのキャリアを積むことができている。だから父の名前と歌声をみんなに知ってもらいたかったの。父はこれがアルバムの最後に収録されたことをとても喜んでくれたわ」
——そのお父さんが昨年、脳卒中で倒れてしまったとのことですが。
「そうなの。でもひと月前に会ったら、だいぶよくなっていて、少しだけど一緒に歌うことができたのよ。いつかふたりで一緒にショーができたらいいんだけど」
——それから12曲目に収録された「ザ・ファースト・タイム・エヴァー・アイ・ソー・ユア・フェイス」ですが、これはロバータ・フラックが歌ったことでよく知られる曲。あなたはプリンスの『パープル・レイン30周年記念コンサート』に出演したとき、これを歌いましたね。
「もともとこの曲が本当に大好きで、こんなに美しい曲はほかにないんじゃないかって思ってたくらいだったのね。それで『パープル・レイン30周年記念コンサート』のショーが始まる前に、この曲を含めて何曲かプリンスに歌って聴かせたら『この曲を歌ってほしい』と言われて。そのときは彼のバンド、サードアイガールをバックに歌ったの」
——サードアイガールは演奏も上手い上にかっこよくて最高ですよね。
「3人とも“才能の塊”のような女性たち。ベースのイダは、ベースだけじゃなく卓球もうまいのよ。プリンスが卓球好きだから、3人で一緒にやったことがあるんだけど、イダはプリンスを負かせてたわ(笑)」
キャンディスに触発されたプリンス
——プリンスは物静かな人という印象があったので、アクティブな彼のエピソードは意外です。
「よく一緒に笑っていたし、私が楽しそうにペラペラ喋るのを心地よく思ってくれているように感じたわ」
——彼は女性と一緒にいるときのほうが、自分らしくいられるところがあったのでしょうね。
「ええ。いつも彼のまわりにはキレイな女性がいた。ドライバーも料理人も秘書もみんなキレイな女性だったわね」
——あなたと一緒にいるときのプリンスはどんな人でした?
「とても気さくな人だったわよ。でも彼は常にミステリアスな存在でいたいらしくてね。ペイズリーパーク(スタジオ)にふたりでいるとき、急にライトを消していなくなっちゃって、”あれ?”と思ってると、また別のドアからスッと現れたりするの。そういうことをして私を驚かせるのが好きだった。あと、彼っていつも、行動が唐突なの。『映画を観よう』って言うからそのつもりでいると、その3分後に『じゃあ今から一緒に曲を書こうか』って言い出して。予定を立てるのではなく、いつも思いつきで行動する人だったわね」
——“私だけが知っているプリンス”について、何か話せることはありますか?
「プリンスのラストツアーは、ピアノの弾き語りによるものだったでしょ? じつはそのツアーの前に、私はファーストアルバムの〈ソウル・アイズ〉と〈レイン・フォーリング〉をピアノで弾き語りした動画を彼に送っていたのね。彼はそれを見て『感銘を受けた』と言ってくれて。『自分も次のツアーはピアノ弾き語りでやろうと思う』って私に言ったの。そのリハも見せてもらったわ。だから、もしかしたら私も彼に影響を与えることができたんじゃないかなって、そう思っているの」
キャンディス・スプリングス
『インディゴ』
(ユニバーサルミュージック)
UNIVERSAL MUSIC JAPAN
https://www.universal-music.co.jp/kandace-springs/
Official Site
http://www.kandacesprings.com/