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今年でソロ活動40周年を迎えた高橋幸宏。その出発点であるファースト・ソロ・アルバム『Saravah!』(78年)は、加藤和彦、高中正義、鈴木茂、細野晴臣、山下達郎、吉田美奈子など錚々たるメンバーによる素晴らしい演奏、そして、坂本龍一のアレンジが光る名盤として知られる。
それから40年が経ち、『Saravah Saravah!』として蘇った本作は、奇跡的に発見された当時のマルチトラックをもとに新たにヴォーカルを録り直し、ミックスダウンとマスタリングをやり直した作品だ。ここでは、どんな想いでこのプロジェクトに携わったのかを高橋幸宏に訊いた。
ヴォーカルを録り直した理由
——『Saravah!』のヴォーカルを録り直したいという思いは、ずっとあったのでしょうか。
「10年以上前から、“何とかしたいな”って思っていたんです。せっかく、(山下)達郎や(吉田)美奈子がコーラスをやってくれているんだから、リード・ヴォーカルをもうちょっとちゃんとやりたい。今の確立されたヴォーカル・スタイルで、このアルバムを聴いてみたいって」
——ご自身の当時のヴォーカルは気に入っていなかったんですね。
「ここまでちゃんと歌うのは初めてでしたからね。だから歌い方が決まっていなくて、細野(晴臣)さんみたいだったり別の誰かを真似してたり。大人っぽく歌おうと無理していたのかもしれないですね。当時26歳でしたけど、歌詞の内容とか妙に大人っぽいじゃないですか」
——そうですね。スタンダード・ナンバーのカヴァーも入っていますし。
「〈ムード・インディゴ〉はフランク・シナトラでしょ。シナトラっぽく歌うのは難しいから、リンゴ(・スター)みたいに無機質な感じで歌おうと思ったのは覚えています」
当時、YMOの構想はすでにあった
——26歳でシナトラは大変ですね。今回、マルチトラックが発見されて夢が叶ったわけですが、久し振りに聴いてみて、どんな感想を持たれましたか。
「結構、驚きましたね。ハードディスクがない時代で、みんなが“せーの”で演奏して頭から最後までちゃんと合っている。皆さん当時はスタジオの仕事をしていたし、これが当たり前だったんだけど、その演奏力にびっくりしました。あと、教授のアレンジの素晴らしさ」
——このアルバムにおいて、坂本龍一さんの存在は大きいのでしょうか。
「大きいですね。オケが録り終わると飲みに行って、その日のレコーディングの話をずっとしていました。教授とは『ガーディニア』(同時期にリリースされた加藤和彦のアルバム)でも一緒にやっていたんですけど、細野さんとの“こたつの夜”(細野が高橋と坂本とこたつを囲みながら、YMOの構想を話した記念すべき日)が2月くらいで、このアルバムの歌入れは3月くらい。ということは、アルバムを作っている時点でYMOの構想はすでにあったということなんです」
教授の緻密な仕事ぶりを再発見
——ファースト・ソロ・アルバムとYMO、激動の時期だったんですね。坂本さんとは、どんな風にレコーディングを進めていったのでしょうか。
「僕が書いてきた簡単な譜面とかコード譜をふたりで見て、話をしながら教授が書き直したり、書き足してくれたりしたんです。リズムのアレンジには結構時間をかけました。弦は教授がタクシーの中でささっと書いてくれて」
——新しい音で聴き直してみて、ストリングスとホーンの素晴らしさを再発見しました。
「そう、すごく良いですよ。当時、弦をうまく弾ける人なんて周りにはいなかったですけど、教授は芸大出身だから、そっちのほう(クラシック方面)に顔がきいたんです」
——〈サラヴァ!〉のストリングスなんて最高ですね。
「この曲のストリングスは、“ジョアン・ジルベルトの〈エスタテ〉みたいな感じで”と教授に指定しました。すぐ書いてくれましたよ。遠くで鳴ってる感じも良かった」
——そこにホーンが絡んでいくところも素敵です。
「そうなんですよ。あと〈プレゼント〉ってブラスが入っているイメージがなかったけど、ばっちり入っていて。2番のAメロに戻ったところにある、シンセみたいなモワ~ッとした感じの音が生のブラスなんですよね。すごく良いバランスで入っていて、“教授、こういう譜面を書いてたんだ”と今回改めて気付いたんです」
——でも、ジョアン・ジルベルトの〈エスタテ〉をイメージした曲を26歳で歌うというのは大変ですね。
「だから全然あってないんですよ。カッコつけてるだけ(笑)。60歳のときの還暦ライヴでショートヴァージョンを歌ったこともあるけど、ちゃんと歌い直したかったんです」
時空を超えた豪華なセッション
——歌い直してみていかがでした?
「やっと完成したって感じですね。“こんなにキーが高かったっけ?”と思う曲もあったけど、問題なく歌えました」
——〈エラスティック・ダミー〉では、若い頃の山下さんと吉田さんのコーラスをバックに、今の幸宏さんが歌っているというのがすごいですね。
「豪華ですよね。当時、こんな感じで歌ってほしいというのは、曲を書いた教授がふたりに指導していました。この曲は、“インストでも良いから何か書いてよ”って僕が教授に頼んだんです。“ちょっとファンキーで、もろフュージョンみたいにならないような曲”ってリクエストで」
——加藤和彦さんが書いた〈ラ・ローザ〉は、当時の加藤さんの雰囲気がよく出ていますね。
「そうですね。“『ガーディニア』みたいな世界で”と頼んだんです。あと、当時よく聴いていたマイケル・フランクスみたいな感じ。“歌詞は僕がスペイン語を交えて書きます”って言った記憶があります」
シャンソンをレゲエにアレンジ
——このアルバムには〈ボラーレ〉〈セ・シ・ボン〉〈ムード・インディゴ〉とカヴァー曲が3曲入っています。オープニング・ナンバーの〈ボラーレ〉は、お気に入りの曲だったのでしょうか。
「カヴァーをいっぱいやりたいと思っていたんですけど、なぜ〈ボラーレ〉をカヴァーしたのか今も思い出せない(笑)。シングルで切ったのは〈セ・シ・ボン〉だったんですけど、それって過激ですよね。売れるわけがない(笑)」
——それなのに、なぜ〈セ・シ・ボン〉をシングルに?
「“どうだ、このアレンジは!” という感じだったんじゃないですかね(笑)。“シャンソンをレゲエでやるんだぞ!”って。これがまた、よくできているんですよ」
——セルジュ・ゲンスブールのレゲエ・アルバム『フライ・トゥ・ジャマイカ』が翌79年ですから、ひと足早かったですね。
「サディスティック・ミカ・バンドでロンドンに行くと、ポートベローあたりのレコード屋にジャマイカのレコードがいっぱい売っていて。それを小原(礼)と持ち帰れないくらい買っていたんです」
サラヴァは“彼らに幸あれ”という意味
——そもそも、この曲を選んだのはどうしてですか。
「イヴ・モンタンのイメージですね。クロード・ルルーシュが『男と女』の次に作ったのが『パリのめぐり逢い』という映画で、そこにイヴ・モンタンが出ていた。音楽は『男と女』と同じくフランシス・レイで、ピエール・バルーが歌詞を書いているんですけど、イヴ・モンタンが歌も歌うことは映画を観て知ったんです」
——『男と女』でピエール・バルーが歌った曲、〈サンバ・サラヴァ〉からアルバム・タイトルを採ったそうですね。
「『男と女』が大好きで、16歳の時に劇場で18回観てるんです。それで〈サラヴァ〉ってどういう意味だろうって調べたら、ポルトガル語ではあるけど、ブラジルに連れて来られたアフリカ人たちが使っていた言葉だと知ったんです。曲のなかで、アントニオ・カルロス・ジョビンとかいろんな人の名前を羅列しているじゃないですか。あれは“彼らに幸あれ”っていう意味なんですって。その言葉がずっと頭の中に残っていて。アルバムのタイトルは『サラヴァ!』にしようと決めたんです」
——幸宏さんは、のちにピエール・バルーと一緒に仕事をすることになりますが、バルーからの影響は大きかったんですね。
「アメリカ映画の音楽だとバート・バカラック。ヨーロッパだとフランシス・レイが好きですね。歌詞や声はピエール・バルーの印象が強い。まあ、『男と女』の世界が好きっていうことなんですけど」
映像と音楽が繋がっていた『男と女』
——『男と女』のどんなところに惹かれたのでしょうか。
「クロード・ルルーシュって、有名になる前はミュージック・ビデオのはしりみたいな映像を撮っていたんです。だから映像と音楽の関係をすごくわかっている。『男と女』の脚本はピエールも一緒に考えたということもあって、彼が書く歌詞は物語に寄り添っているんです。だから、台詞がないシーンで音楽だけかかっていても、登場人物の気持ちがわかる。そんなふうに映像と音楽が密に繋がっている映画は当時少なかった。バカラックが音楽を担当した『明日に向かって撃て』とか、リチャード・レスターが撮った『HELP!』くらいじゃないかな。『HELP!』はイギリス的なユーモアがあってヒネくれていたけど、ピエールの場合は哲学的なことをさらっと歌うし、感情に素直なんですよね」
——当時の幸宏さんも、曲を作るうえで映像的なイメージを大切にしていたのでしょうか。
「 “この曲からどんな映像が浮かんでくるかな?”ということは、すごく大切にしていました。例えば〈サラヴァ!〉のイントロを聴いた瞬間に、夜中にお酒を飲んでいて、もうすぐ夜が明けるぞっていう感じが出ていなきゃイヤだとかね。〈セ・シ・ボン〉は5月のパリのイメージだし」
——『Saravah!』には、そういうフランス映画的なイメージがあったんですね。
「ありましたね。なぜかビートルズ色は全然無いんですよ。今から考えると不思議なんですけど。もしかしたら、大人っぽいものをやろうと思っていたからかもしれないですね」
——今回、歌を入れ直して大人のアルバムになった気がします。
「40年経って、ようやく完成したというかね」
——40年寝かせたワインみたいですね。
「うん。ようやく声が熟成したんです」
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