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にわかに脚光を浴びた感のあるロンドンのジャズシーンだが、じつは長年をかけて醸成されたものである。その温床のひとつが、ロンドン各所で盛んに行われている音楽イベント。なかでも、いま“最も熱い”と評判なのが、Steam Down(スチーム・ダウン)だ。
ロンドン南東の街デトフォードのバー「Buster Mantis」で毎週水曜日に開催されているこのイベントでは、ミュージシャンとオーディエンスが一体となった白熱のライブが繰り広げられている。イベントを主宰するスチーム・ダウンは、アーティスト・チームとしても強い結束があるという。
日本ではほとんど知られていない彼らの実態について、代表のAhnanse(アナンセ/写真中央)に話を訊いた。
演奏者と地域共同体をつなぐイベント
──スチーム・ダウン(Steam Down)はイベント名であり、アーティスト・チームとしても機能しているんですね。
そうだね。スチーム・ダウンは、ロンドン南東部のローカル・コミュニティとミュージシャンとを繋ぐ目的でスタートしたんだ。僕を含めたスチーム・ダウンのアーティストたちの活動拠点であり、それぞれが影響を受けた音楽を探求するクリエイティブの場として機能している。
──メンバー構成を教えてください。
コア・メンバーは、僕(Ahnansé:sax/vo)を含めて11人(注1)。このほかにも、陰から支えてくれる素晴らしいチームがいるんだ。僕らの多くはアフリカン・ディアスポラ(注2)で、アフロ・フューチャリズム(注3)を重要なテーマとして掲げている。ただ、周囲の人たちは“僕らが創り出しているもの”によってスチーム・ダウンを知っているようだね。
注1:Dominic Canning(key/syn)、Benjamin Appiah(ds)、Wonky Logic(Syn.b)、Naima Adams(vo)、Alex Rita(vo)、And.Is.Phi(vo)、Nadeem Din Gabisi(Poetry/rap)、Brother Portrait(Poetry/rap)、Theon Cross(tub)、Eddie Hicks(ds)。
注2:ディアスポラ(Diaspora)=パレスチナ以外の地に移り住んだユダヤ人。転じて、African Diaspora=「アフリカかから連行された者や、その子孫たち」の意。
注3:故郷を失ったアフリカンたちが自らの文化的ルーツを宇宙に求める思想。サン・ラやジョージ・クリントンなど、この思想のもと活動するアフリカ系アーティストは多く存在する。
──その“僕らが創り出しているもの”とは?
オーディエンスと僕たちの間で、ごく自然に生み出される“バイブス”のことだよ。僕らはオーディエンスのことを「co- creator(共同制作者)」と呼んでいて、彼らはミュージシャンたちと同じく、音楽を作り出す一員なんだ。
また、スチーム・ダウンはロンドンを拠点に活動するミュージシャンたちの、出会いの場にもなっている。僕らもツアーで忙しいときはお互いに顔を合わせる暇もないから、ジャムを通してそれぞれが得たものを確かめ合ってるんだ。大事なことは、僕らはみんな友人同士ってこと。シーンはこの友情によって作られているんだ。
“みんなが参加できる”ことが大事
──ライブの映像を見ましたが、お客さんとの距離がすごく近いですね。こうした状況で、お客さんの飛び入り参加などもあるんですか?
共同作業とは言ったけど、残念ながら飛び入りはないね。僕らミュージシャンはバイブスやエネルギーを音楽的にキープしなくてはいけないし、そのためにはお互いのスキルやスタイルを把握してなくちゃならない。人によってはステージに立つスキルを満たしてない人もいるからね。
けど、オーディエンスはコール&レスポンスを通して参加しているし、僕らもダンスを通して彼らと会話している。大事なのは“たとえミュージシャンでなくとも、みんなが参加できる”ってことなんだ。
──“オーディエンスと一体化したセッション”こそがスチーム・ダウンの要点であると。
そうなんだ。オーディエンスには音楽に集中してもらって、そのエネルギーを僕らが受け取り、音楽で返す。これは形のない感覚的な話になってしまうけど、音楽ファンなら理解できると思うし、知っていることだよね。人はそれぞれ違いを持ちつつも共通するところもある。音楽の力がお互いを近づけ、コミュニティや友人を創り出す要因になっているんだ。
同時に僕らは、オーディエンスが安全でいられるように細心の注意を払っている。みんながひとつになれる場所を作るためにね。
──毎週水曜日にイベントを開催しているそうですが、例えば、回ごとに違うテーマを設けたり、そういった企画性のようなものはあるのでしょうか?
このイベントは、その時々の即興で成立しているから、あらかじめテーマを設けることはない。けど、自分たちのイベント以外で演奏するときはテーマを決めることもあって、それに沿って演奏するんだ。ついこの間やったばかりの「Streams of Consciousness」というイベントでは、エフェクトを駆使していつもとは違うムードで僕らのスピリットを表現したんだ。
単純な“ジャズ認定”には違和感…
──イベントには観光客なども来るのでしょうか?
僕らはすべての人に対してオープンだから、観客の年齢層もすごく広いんだ。ほとんどのお客さんはロンドンの人たちだけど、今はインターネットの進化によって外国からも何人か来てるようだね。彼らは独自の方法でここを探し出して、デトフォードまで遊びに来てるみたいなんだ。
──ロンドンのジャズシーンは、世界的に注目されているようですね。
“ロンドンのジャズ”という言葉だけど、僕はこの言葉が“いま起きている音楽”の全貌を表現しているとは思えないんだ。僕らはさまざまな伝統から影響を受けた“混血”だからね。
僕らは、西アフリカやカリビアンの即興性を持つ伝統音楽からも強く影響されていて、それを簡単に「ジャズ」と分類することはできないと思う。僕らのスタイルはグライムやヒップホップ、ダンスホール、アフロビート、ソカ、ジャズなど、多くのジャンルをミックスした即興演奏だから、巷でカテゴライズされてるものには当てはまらないんだよ。
──スチーム・ダウンを始める前と現在を比較すると、何か変化を感じますか?
僕は、このシーンに関わるミュージシャンたちが、創造的かつパワフルに成長する姿を見てきた。彼らの影響力は以前よりも強くなっているし、音楽自体もさらに恐れ知らずになっている。
僕らはいま、コア・メンバーの成長にフォーカスしているんだ。メンバーはみんな本当に素晴らしい才能の持ち主で、それぞれが独自のビジョンを持っている。スチーム・ダウンはみんなで創造性を共有して磨き上げる場所であり、チームなんだ。
だから僕は、ここから皆がどんなふうに成長していくかが楽しみで仕方ない。この短期間のうちに、みんな個人としてもチーム全体としてもすごく成長した。それを見ていられるのはすごく幸せだし、本当に美しいことだね。
●アナンセは先日、米団体「TED」が主催する『TED Talks』に出演。アフロ・フューチャリズムをテーマにしたプレゼンテーションをおこなった。