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【セシル・テイラー】フリー・ジャズの第一人者が表現した圧倒的な美 /ライブ盤で聴くモントルー Vol.5

「世界3大ジャズ・フェス」に数えられるスイスのモントルー・ジャズ・フェスティバル(Montreux Jazz Festival)。これまで幅広いジャンルのミュージシャンが熱演を繰り広げてきたこのフェスの特徴は、50年を超える歴史を通じてライブ音源と映像が豊富にストックされている点にある。その中からCD、DVD、デジタル音源などでリリースされている「名盤」を紹介していく。

ジャズという音楽ジャンルの幅広さと豊かさを楽しめるのが、モントルー・ジャズ・フェスティバルの大きな醍醐味である。50年以上の歴史の中で、スモール・コンボ、ビッグ・バンド、ボーカル、フュージョンと、ジャズのあらゆるスタイルによる演奏がモントルーのステージ上で繰り広げられてきた。1974年、ただ一台のピアノとともにモントルーのステージに立ったのは、50年代から2018年に亡くなるまでフリー・ジャズ界を牽引し続けた異才だった。観客の心をわしづかみにしたそのライブの記録を紹介する。

一台のピアノから繰り出される多彩なフィーリング

「こんな弾き方をしていいのか。いや駄目だ。この音楽には近づかない方がいい」──。1960年代にセシル・テイラーの音楽を初めて聴いたときにそう感じたと山下洋輔は著書『ピアノ弾き即興人生』で振り返っている。しかしその衝撃は忘れがたく、彼は結局テイラーの音楽、すなわちフリー・ジャズの世界に足を踏み入れることになる。「それまで住んでいた世界を全て捨てて帰依した」と彼は書く。

自身が「帰依」したいわば教祖と同じ日のモントルー・ジャズ・フェスティバルのステージに彼が立ったのは76年のことである。山下洋輔トリオのリハーサルを聴いていたテイラーは、舞台裏でただひと言、「イクセレント(素晴らしい)」と彼に告げたという。「すべてを捨てた」ことが報われた瞬間だったに違いない。

『サイレント・タン』は、その2年前の74年のモントルーにおけるテイラーのソロ・パフォーマンスを収録した作品である。この頃彼は、米オハイオの大学でのライブ『インシデント』、初来日の際に日本のスタジオでレコーディングした『ソロ』と、立て続けにピアノのみの演奏を録音しているが、その中でも圧倒的に評価が高いのがこのアルバムである。


74年、モントルー・ジャズ・フェスティバル出演時の模様

終始フリー・フォーム、すなわち明確なテーマもコード進行もないインプロヴィゼーションの連続なので一聴しただけではわからないが、演奏は第一楽章から第五楽章まで分かれていて、最後に、それらの楽章の短い断片がアンコールで2曲演奏される。ステージ全体を通じて明確な展開と流れがあり、その中で不穏、激情、静謐、哀惜といった多彩なフィーリングがただ一台の楽器で表現される。

山下洋輔がフリー・ジャズに「近づかない方がいい」と感じたのは、彼が身につけてきた音楽の「意味」が無化されてしまうと感じたからである。ハーモニー、リズム、メロディ。さらにジャズというジャンルには、インプロヴィゼーションの方法論、楽器編成、ミュージシャンの個性、黒人の歴史、米国大衆音楽の文脈といった「意味」が充溢している。それらの「意味」を抜きにして、ジャズが成立するのか──。成立する。そう断固として主張したのがフリー・ジャズの演奏家たちだった。


ソロだけではなく、セシルは集団での音の構築にも挑戦し続けた。1984年、パリにおける9人編成のライブ映像より。

テイラーはそのムーブメントの先頭に立った音楽家の一人であったが、例えば「美はただ乱調に在る。諧調は偽りなり」(大杉栄)とか、「破壊せよ、とアイラーは言った」(中上健次)といった種類のアナーキズムとは終始無縁の場所にいたように思う。無調ではあっても乱調ではなく、破壊よりもむしろまったく新しい形での構築をこそ意図した。そこにテイラーの音楽が唯一無二であったゆえんがある。

フリー・ジャズとは単にめちゃくちゃなジャズのことだろう。そう言ってテイラーの音楽を忌避している人がいるとしたら、このアルバムの第五楽章の9分、およびその断片である最終曲の2分30秒にじっと耳を傾けていただきたい。黙して語らず(Silent Tongues)してなおこれほど饒舌に抽象的美を表現しえた芸術はそうそうないと思う。モントルーの聴衆たちは、曲が終わるたびに惜しみない拍手と歓声をテイラーに送っている。会場にいた誰もが、彼の演奏の素晴らしさをはっきりと理解していたのである。

 

『サイレント・タン──ライブ・アット・モントルー‘74』
セシル・テイラー
■1.Abyss (First Movement) ~Petals & Filaments (Second Movement) ~ Jitney (Third Movement) 2.Crossing (Fourth Movement) 3.After All (Fifth Movement) 4.Jitney No.2 5.After All No.2
■Cecil Taylor(p)
■第8回モントルー・ジャズ・フェスティバル/1974年7月2日のライブ音源
*本作は年代によって複数のジャケット写真が存在しますが、今回の記事では最も有名なものを掲載しました

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