スイス4番目の規模の都市ベルン。この地は、特許局の職員だったアインシュタインが、時計塔の針から着想して「特殊相対性理論」を書き上げた場所として知られている。それら世界遺産となった旧市街など、中世のヨーロッパの面影を多く残す地方都市で、2003年より活動を続けているのがスイス・ジャズ・オーケストラだ。
15年を越える歴史のなかで600以上のライブ、10枚のアルバムを制作しており、今やスイスを代表するビッグバンドに成長。そんな彼らは、毎週月曜日に演奏会をおこなうと同時に、さまざまなアーティストや作曲家をゲストとして招いている。
それらのコラボレーションのなかで、大きな転換点となったのが、今回のアルバムの共同制作者ギジェルモ・クレインとの出会いだ。ロスガチョスのバンドリーダーとして知られる、アルゼンチン生まれの作曲家、ピアニスト、ヴォーカリスト。彼もまた運命に導かれるように、ベルンを何度も訪れた。
両者のコラボはバンドを未知の領域へと導き、出会いから1年後には作品制作の道が見え、2018年12月にドイツの名門バウアー・スタジオでこのアルバムはレコーディングされた。
1曲目の「Córdoba」を聴けば、このアルバムが只者ではないことがわかるだろう。美しく壮大な楽曲は心地よく、それでいて相当に複雑な構成とアンサンブル。伝統的なビッグバンドとは一線を画すサウンドであることがすぐに理解できる。映画音楽のようであり、クラシックのようであり、アンビエントのようでもあり、ぼーっと聴き流せそうでつい集中してしまう。
無名だった頃のアインシュタインに思いを馳せた「Patent Office (Ibernia) 」(特許局)、「Zytglogge II」(時計塔)など、ベルンにインスパイアされた楽曲。その他、ラストの「Lepo」は、ギジェルモが高校生の時に書いた作品を、今回のプロジェクトのためにアレンジしたものだとか。
それら全13曲はどれも実験的で高い演奏能力を感じ取ることができるが、そんな難しいことは置いておいて、この緻密で美しい音楽にただ没頭していたい。いい音響空間、座り心地のいいソファ、美味しいコーヒーまたは軽いアルコールを片手に、静かにサウンドトリップしたい。
あらゆるものは、手間暇をかけるほどに滑らかになっていく、そんな「最高品質」の真髄を改めて教えてくれる一枚となっている。
Swiss Jazz Orchestra
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