投稿日 : 2019.05.24 更新日 : 2020.11.25

【東京・東高円寺/喫茶生活】ジャズが流れる自家焙煎の小さなお店

取材・文/富山英三郎  撮影/高瀬竜弥

いつか常連になりたいお店 #37

「音楽」に深いこだわりを持つ飲食店を紹介するこのコーナー。今回は、試行錯誤を続けながら、ついに自身の思い描くワークスタイルにたどり着いたという『喫茶生活』を紹介。近所にあったら毎日通いたくなる、ホッと和める名店です。

新宿まで電車で13分の穴場的エリア

東京メトロ丸ノ内線の東高円寺駅から徒歩2分の場所にある『喫茶生活』。「東」の名が付いているとはいえ、「高円寺」と聞くと、かつてみうらじゅんが「日本のインド」と評した高円寺駅(JR中央線)を思い浮かべてしまう。しかし、ここはあくまでも丸ノ内線沿線の文化圏。あえて中央線基準で考えるならば、環七で分断されている高円寺よりも、その隣駅である中野駅とのほうが親和性が高い。

「物件を探しているなかでたまたま見つけただけで、このエリアには縁もゆかりもなかったんです。喫茶店を始めたのも、近所の本屋でたまたま『月刊店舗』という雑誌を見つけて、お店をやるのもいいなと思ったのがきっかけ。ただ単に当時の仕事から逃げたかっただけなのかもしれないですけど」

と語るのは店主の戸田憲宏さん。そんなゆるい気持ちで1998年にオープンした『喫茶生活』だが、なんと今年で22年目を迎える。

「よく、初心忘れるべからずと言いますけど。私の場合は初心がいい加減なので、そこは忘れて真剣にやるようにしています(笑)」

ジャズを聴き始めたのはお店をオープンしてから

兵庫県出身の戸田さんは大学卒業後に上京し、テレビの報道制作の仕事に就く。その後、29歳で仕事を辞めると、文字通り『喫茶生活』をスタートさせた。テーブル6席、カウンター3席の小さなお店だ。

学生時代は深夜ラジオを熱心に聴きながら勉強し、そこから流れてくる曲をカセットテープにダビングする日々。また、『ベストヒットUSA』や『MTV』を観ながら勉強をすることも多かったという。大学時代には、単館系映画館にもよく通っていた。

「ジャズを聴くようになったのは、このお店を始めてからなんです。最初はブリティッシュロックなど、手持ちのCDを流していましたが、1~2か月もすると飽きてくる。そんなとき、たまたまお客さんがジャズのCDを貸してくれたこともあって、いろいろ聴いてみようと思ったんです」

最初は何を聴いていいかわからず、杉並区の中央図書館に行っては2枚のジャズCDを借り、カセットテープにダビング。50年代のハードバップから始め、ライナーノーツを熱心に読み、ジャズの本を読み漁るなどして、お気に入りのアルバムを揃えていった。

「ジャズ好きのお客さまが来られたときに、有名なアルバムしか流れていないのは良くないのかもと思い、あえてトロンボーンやフルートといった周辺楽器から増やしていったんです。なので、マイルスやコルトレーンは後回し。でも、やっぱりみんなが良いと言うものはいいんですよね。いまは大好きです」

CDを借りてカセットにダビングしていたのがMDになり、気に入ったものはCDで買うようになり、最終的にはレコードで揃えるようになっていった。しかし、最近はスペースが手狭になったことや、未発表音源が発売される機会も増えたので、再びCDを買うことが増えているとか。

15種類のラインナップを誇る自家焙煎

ジャズを聴くようになったのと同時期に自家焙煎もスタート。珈琲豆屋さんがやっている学校に1か月通い、現在まで試行錯誤を重ねながら修得していった。

「とにかく暇だったんですよ。そのうちにガムシロップも自分で作るようになって。自分でできることは自分でやらないとコストダウンもできないですしね」

現在、珈琲豆は南米、中米、アジア、アフリカの4大陸、15地域のものをラインナップしている。毎日少量ずつ焙煎しており、24時間以内に焙煎された豆も日替わりで2種類程度置かれている。そちらは1gにつき1円をプラスした価格で販売。焙煎情報は【喫茶生活 本日の新焙煎】としてTwitterでつぶやかれる。ちなみに、店内で飲むコーヒーは500~600円。テイクアウトだとすべて半額で飲めてしまう。

「店内と同じ価格だとコンビニのコーヒーと戦えないでしょ。いまは、店内で飲むコーヒー、テイクアウト、豆の販売の3本柱でやっています」

喫茶生活では、ワイングラスでコーヒーを楽しむことができるのもユニーク。そうすることで、より香りを楽しむことができ、見た目もオシャレということもあって人気が高い。また、コーヒーだけでなく本格的な紅茶や日本茶も楽しめるなど、選べる楽しさが用意されているのも魅力だ。さすがは、喫茶として20年以上も続いているだけある。そう考えると、軽食やスイーツの持ち込みが自由というのもまた、商売が長く続く秘訣なのだろう。

「当初は自分でケーキやクッキー、スコーンを焼いていたんです。でも、お店が暇で本を読んでいると、ついつい自分で食べてしまう。とくに我ながらスコーンは絶品で、焼いて冷凍保存しておいたものを、そのまま食べるのが最高でした。でも、これではダメだなと思って…」

そんな話を聞くと、ぜひとも自家製冷凍スコーンを食べてみたくなるが、現在は置かれていない。とはいえ、「結果的には、コーヒーを重視して焙煎を頑張ったことが良かった」と戸田さんは語る。

訪日観光客には心ばかりのお土産も

現在、お客さんは20~60代までと幅広く、男女比はほぼ半々。近所にAirbnb‎があるようで、外国人観光客も増えているという。そんなときは、花札またはお箸のお土産を渡すという心遣いも忘れない。

「ノマド族が話題になった頃から、1ドリンク1時間でお願いするようになったんです。でも、それを外国人の方に言うと”招かれざる客なのか?”と誤解されるでしょ。だから、最初にお土産を渡して友好的であることをアピールするんです」

最後にお気に入りのアルバムを5枚セレクトしてもらった。

選ばれたのは、聴きすぎてジャケットを見ただけで脳内再生されるという、ペッパー・アダムス ドナルド・バード クインテット『Out Of This World』(右上)。

ジャズを聴き始めた頃、誰か贔屓のアーティストを見つけたいと思うなかで出会った、カーティス・フラー『The Opener』(左下)。

ジャケ買いをして正解だった、レイ・ドレイパー・クインテット・フィーチャリング・ジョン・コルトレーン『The Ray Draper Quintet Featuring John Coltrane』(右下)。

ジャズを聴くようになる前から持っていたという、ジャン・シールマンス『Man Bites Harmonica』(上中)。

そして、定番のジョン・コルトレーン『Blue Train』(左上)。

低空飛行でもお店が続いていくコツをつかんだ

「うちは全部表面をさらっている感じだから、入門的なお店。何かの専門店ではないと思うんです。当初はのんびりしながらお金を稼げるだろうと思っていましたけど、そんなに甘いものじゃなかった。でも、20年かけて、たとえ低空飛行でも飛び続けるコツがわかってきたような気がしています」

あえて接客をしないスタイルなので、来店しても店主と話す機会はほぼない。しかし、戸田んさんから滲み出る朗らかさに、つい心が和みくつろげるお店となっている。


・店舗名 喫茶生活
・住所 東京都杉並区高円寺南 1-6-12
・営業時間 10:00~22:00
・定休日 無休
・電話番号  080-5039-7588
・オフィシャルサイト https://twitter.com/kissaseikatsu

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