投稿日 : 2019.05.30 更新日 : 2021.03.25
【新譜レビュー】フィリップ・ベイリー “17年ぶりの新作”に 世代を超えてヒーロー集結
- タイトル
- ラヴ・ウィル・ファインド・ア・ウェイ/ Love Will Find A Way
- アーティスト
- フィリップ・ベイリー
- レーベル
- verve
- 発売日
- 2019.06.20
フィリップ・ベイリーといえば、アース・ウィンド・アンド・ファイアー(以下、EWF)のボーカリストだ。グループ全盛期(70〜80年代)には、モーリス・ホワイト(2016年に逝去)とのツインボーカルで世界的ヒットを連発。芯のあるヘッドボイスはもちろん、軽やかなファルセットも自在に操り、あのEWFのメッセージを “神や宇宙にまで届く周波数” に変換し続けた偉人である。
そんなフィリップ・ベイリーが17年ぶりにソロアルバムを発表する。すでにリード曲「ビリー・ジャック」が公開されており、ここではロバート・グラスパーを起用している。
単音ギターフレーズの反復とスネアドラムのパターンが特徴的。まるでアフロビートを思わせるアレンジだ。この原曲はカーティス・メイフィールドで、アルバム『There’s No Place Like America Today』(1975年)に収録。同作においてもリードトラックとなっている重要曲だ。
ゲットーでの暴力や銃問題を歌った同曲は、もっさりと重心の低いファンクビートのメッセージソング。これをフィリップ・べイリーは快活なアフロビートで仕立て直した。
カーティスの最高傑作と呼ぶ向きもある『There’s No Place〜』のリードトラックを、同じく自作のオープニングに据えた理由はひとつ。カーティスのアルバムに託されたメッセージ(70年代当時のアメリカ社会問題)を、現代に置き換えて変奏するという試みだ。しかも、あえてアフロビートでカバーしたのは、(アフロ・アメリカンとしての)出自を強く意識してのことではないか。
と、思ってアルバムを聴き進めると、2曲目にしてそれが “深読みしすぎ”であることに気づかされた。もっと気楽に聴こうよ。そんな声が、1曲目の最後のフレーズで聞こえてくる。
「あなたたちの出自がどこであろうと、私は気にしない」
このフレーズに続く2曲目は「ユーア・エヴリシング」。これはチック・コリア率いるリターン・トゥ・フォーエバー(注1)楽曲のカバーである。原曲のボーカルはフローラ・プリムだが、これを “優しい男声”で、しかもチック・コリア本人を招いて再演。ライトでドリーミーな原曲の持ち味はそのままに、R&Bテイストを加味した美麗なアレンジだ。
注1:チック・コリア率いるプロジェクト。「ユーア・エヴリシング」は1972年発表のアルバム『ライト・アズ・ア・フェザー』に所収。
そんな調子で、またもやカーティス(インプレッションズ時代)の名曲「ウィアー・ア・ウィナー」が登場。こちらは、原曲の “雄々しくもピースなアジ演説” っぽい歌唱を再現しつつ、ソフトでアーバンなソウルに仕上げている。スタイルこそ違え、カーティスもファルセットの名人だったよなぁ…と思い起こさせる、カーティス没後20年目の秀逸カバーである。
他にもカバー曲は多数。トーキング・ヘッズ(注2)や、マーヴィン・ゲイ(注3)、ファラオ・サンダース(注4)などの楽曲が再演されている。参加メンバーもすごい。先述のロバート・グラスパーやチック・コリアと同じく、ジャズやヒップホップ界で活躍する若手からベテランまで大勢が参画している(注5)。
注2:アルバム『リメイン・イン・ライト』(1980)所収の「ワンス・イン・ア・ライフタイム」をカバー。
注3:アルバム『レッツ・ゲット・イット・オン』(1973)所収の「ジャスト・トゥ・キープ・ユー・サティスファイド(邦題:別離のささやき)」をカバー。これがアルバムタイトルにもなっている。
注4:アルバム『ファラオ』(1977)所収の「ラブ・ウィル・ファインド・ア・ウェイ」をカバー。
注5:スティーヴ・ガッド/ケニー・バロン/クリスチャン・マクブライト/ケイシー・ベンジャミン/クリスチャン・スコット/カマシ・ワシントン/ケンドリック・スコット/デリック・ホッジ/リオーネル・ルエケ/テディ・キャンベル/ビラル/ウィル・アイ・アム など
思えば、当のフィリップ・ベイリーも、かつて多彩な客演仕事で名を馳せた人だ。過去のコラボでもっとも(セールス的に)成功したのは1985年。フィル・コリンズとの共作デュエット曲「イージー・ラヴァー」であろう。
同様の路線で、ケニー・ロギンスやレイ・パーカー・Jr、スティービー・ワンダー、フリオ・イグレシアスなどとも共演しているが、これらは “機を見るに敏”なコラボ達者としてのフィリップ。その一方で、地味で実直ながら素晴らしい客演を、人知れずこなしてきた彼の姿もある。ごく一部ながらジャケだけ並べると、ざっとこんな感じだ。
これらがいかに「地味な良作」であるかは、ARBAN読者の皆さん(=その筋の人)の多くが知るところであろう。ジャズ、フュージョン、ファンク、ロック、ラテンと多彩なジャンルで、しかもすべて “EWF最盛期”と同タイミング。ド派手に大暴れしていた時代でも、こんな地味な客演をこなしていたのである。なんて、いい人なんだ。
そんな彼の人柄が、この17年ぶりのソロ作にも表れている。前出の参加ミュージシャンしかり、カバー曲のチョイスもしかり。もちろん、楽曲アレンジにおいても。先鋭的な若手を起用しながら、いい匙加減のレトロさで “おしゃれソウル” に仕上げているのだ。
冒頭で指摘した通り、このアルバムから読み取れるのは、往年の “EWFイズム”にも似た(おめでたいほどの)人類愛や慈愛。これをタペストリーの縦糸とするならば、横糸はアルバム全体に心地よく鳴り響くコンガやボンゴの音だ。クレジットは未見なので彼の演奏なのかは不明だが、フリップ・ベイリーが優れたパーカッショニストであることも、改めて思い出させてくれるアルバムである。
日本盤は7月3日に発売