投稿日 : 2015.07.23 更新日 : 2019.02.22

【熊谷和徳】孤高の邦人ダンサーが追い求めるタップシューズで描くアート

取材・文/山本将志 写真/大森エリコ

熊谷和徳

「カズノリ・クマガイはジャクソン・ポロックのように踊る」

そう評したのは、アメリカで最も権威あるダンス専門誌『Dance Magazine』である。同誌は2006年の特集記事「25 to Watch(注目の25人)」で日本のタップ・ダンサー熊谷和徳を選出し、彼のステップを「まるで抽象表現主義(絵画)の巨匠、ジャクソン・ポロックが絵を描いているかのようだ」と表現したのだ。一方、ニューヨークを拠点に、映画、音楽、演劇など、さまざまなエンタメ&アート情報を発信する週刊紙『Village Voice』は、熊谷和徳を「日本のグレゴリー・ハインズ」と評した。グレゴリー・ハインズは近代タップ界のスーパースターである。

ちなみに前者『Dance Magazine』は今年で創刊88年を迎えるトラディショナルなダンス専門誌。後者『Village Voice』はストリートに根ざしたポップカルチャーを報じる新聞。そんな両極の2媒体が、ひとりの日本人ダンサーを異口同音に評価しているのが面白い。

19歳で渡米し、タップ・ダンサーとしての研鑽を積み、先に述べたような賞賛を獲得するまでになった熊谷和徳。現在もニューヨークを拠点にしながら世界を舞台にステップする彼だが、今年(2015年)6月に一時帰国し、日本でいくつかのステージに出演した。なかでも彼にとって特別な舞台となったのが、6月27日に行われたKAZ TAP STUDIO(熊谷和徳が主催・運営するダンススタジオ)の7周年公演である。

——ご自身のスタジオの7周年公演「軌跡と奇跡 - kiseki -」を終えて、いま何を思いますか?

「5月末くらいにニューヨークで自分のイベント『RHYTHMIC CONVERSATION』をやっていたんですね。それから韓国で公演をして日本に戻りました。日本ではピアニストの高木正勝さんとデュオでツアーが始まって、6月20日にWWW(東京都渋谷区)で東京公演を終えました。そんな感じで毎週のように公演が続いていたので、最後に自分のスタジオのアニバーサリーをやって『ツアー』の区切りがついた印象です」

——90分の公演予定でしたが、かなり延びましたよね?

「気づいたら2時間40分やっていました(笑)」

——ちなみに、この日のプログラムには、あらかじめ「予定は気分によって前後します」と書かれていました。

「そうですね(笑)。インプロビゼーション(即興)によって変化していく作品が多いことと、その場の空気感によって演目を変えたりすることが多いです」

——熊谷さん自身もかなり楽しそうでしたね。普段は他のミュージシャンやパフォーマーとのセッションも多いかと思いますが、今回のような「気の合う仲間や生徒さんとのパフォーマンス」は、いつもの舞台とは少し違う雰囲気なのでは?

「タップ・ダンサー同士はリズムによって同じ言語を話している感覚です。だから、あまり考えることなく、いちばんシンプルにパフォーマンスができるんですよね。今回のコンセプトとしてはショーとしての完成度を求めるというよりタップという文化を通して“みんなで一体感を生み出す”といった意味合いが強かったんです。観客に対してエンターテインするというよりも、タップダンスという文化のためにタップダンサーの仲間に向けて踊っていたと思います」

——今回の公演には何名くらい出演したのですか?

「約70名ですね」

——オープニングで全員がステージに登場して、一斉にタップしたとき、その迫力に鳥肌が立ちました。“足と地面を楽器にするパフォーマンス”って、ほかに思いつかないのですが…。

「フラメンコとかもそうですね。あと、日本の能もそうですよ。足踏みの音で感情などを表現する舞踏は世界中にあります。“足を踏み鳴らして感情を表現する”というのは、人間が本能的に備えた性質なのかもしれません。何もないところから生み出してくっていうエネルギーが、音楽の原型だと思います」

——熊谷さんは、他のミュージシャンやアーティストとのセッションも頻繁ですが、なにか明確な目的はあるのですか?

「目的というか、音楽家でありアーティストとして気持ちがわかり合えるから、という意味合いが今は強いですね。アメリカに留学して日本に戻って来たとき、活動する場所が無かったんです。そんななか『一緒にやろうよ』と言ってくれたのは、ミュージシャンやアーティストだったし、自分のタップの音を認めてくれたのも彼らでした。過去にセッションしたトランペット奏者の日野皓正さんや、アコーディオン奏者のcobaさん、そしてピアニストの山下洋輔さんや上原ひろみさんなどそれぞれのジャンルを牽引してきたパイオニアの方々と同じような気持ちで表現の場に立てたことは本当に意味のあることだと思っています。『自由のために戦わなくてはいけないんだ』と日野さんが僕に言ってくれた言葉がとても印象に残っています」

——そんなミュージシャンとセッションするとき、どんな気持ちでステージに立っていますか?

「相手によって全然違います。人との会話に近いというか、その人の持っているバイブレーションなどに左右されますが、いかなるときも自分のベストをその相手にぶつけるようにすべての神経を集中しています。セッションは人と人とのエネルギーのぶつかり合いなので、当然いいときもあればわるいときもありますが、そのすべてをポジティブに持っていくことを大切に思っています。どんなことが起きてもそれがライブであり、その瞬間にしか起こりえない奇跡であるので」

——ご自身のスタジオで、セッションイベント『表現者たち』を開催(7月29日~8月2日)しますね。このイベント、観客は「50人限定」とのことですが、その理由は?

「親密な空間でより深いところを感じてもらいたいんです。表現するということは本来とても孤独な作業で自分にしか見えないものだったり、聴こえないものに向き合い創造していくことですが、それが大きな会場などではショウアップする段階で失われてしまうことが多々あると思うんです。今回は自分が尊敬する表現者が本来表現したいと思っていることをそのままに伝えるための空間にしたいと思っています。そういう生の空気感のドキドキをたくさん味わってほしいんです」

——世の中に対する「自分の役目」みたいなものがあるとすれば、何だと思いますか?

「自分が創造していくこと、タップダンスというアートに真摯に向き合っていくことです。アメリカから20代半ばに一度日本に帰ってきたときは、やる気満々で『なにかを変えたい』という気持ちが強かったのですが、いまは外側を変えるということよりももっと自分自身に向き合っています。しかしながら自分はもうアートしか世の中を良くしていけるものはないと思っています。芸術の世界には勝ち負けはありません。歌や踊りといった表現によって国境や世代、言語を超えてすぐ仲間になれたり、わかり合える手段にもなりうる。表現方法は、なんでもいいと思うんですけど、それがいちばん平和的な活動。お互いに理解しあうための活動だと思っています。自分には幼い娘がいるんですが、彼女が純粋に踊ったり歌ったりするさまは、みんなを笑顔にするんです。子供たちはそれを自然に、簡単にできるけど、大人になるとなかなかできない。それをやり続けるために、“子どものような気持ちでいつづけること”が大切なのかなと思います。タップダンスを通してみんなと繋がって笑顔になれたら最高ですね」

-公演情報-

タイトル:
『表現者たち』NEW BEATNIK GENERATION

開催日:
7月29日(水)~8月2日(日)

会場:
中目黒Atelier K.K.(東京都目黒区上目黒1-5-10 中目黒マンションB1F-11号室)

時間:
7月29日(水)~8月1日(土)Open 19:00/Start 19:30 ※8月2日(日)のみOpen 16:30/Start 17:00

料金:
全席自由3,500円 5days通しチケット14,000円(※10名限定)

出演:
07月29日(水)石橋英子
07月30日(木)沖祐市(東京スカパラダイスオーケストラ)
07月31日(金)OLAibi
08月01日(土)Jim O’rouke
08月02日(日)KAZ SOLO

■詳細
http://www.kaztapstudio.com/

ー公演情報ー

タイトル:
Kazunori Kumagai ft. Alex Blake, Bill Ware & Samuel Torres

開催日:
8月28日

会場:
Blue Note New York

出演:
Kazunori Kumagai(Tap),Alex Blake(B), Bill Ware(Vibes), Samuel Torres(Perc)

■Blue Note New York
http://www.bluenote.net/newyork/schedule/moreinfo.cgi?id=13394