昨年から今年にかけて、ロサンゼルスのジャズ・シーンから注目すべきアルバムが続々とリリースされた。まずはフライング・ロータスの『You’re Dead!』(2014年)。本作はエレクトロニック・ミュージックとジャズを融合した新しい試みでもある。また、クァンティック率いるザ・ウェスタン・トランシエントの『A New Constellation』(2015年)や、カマシ・ワシントンの『The Epic』(2015年)も大きな話題になった。
この3作すべてに参加しているが、キーボード奏者のブランドン・コールマンだ。2000年代半ばよりロサンゼルス周辺の多くのセッション、レコーディングに参加し、そのジャンルはジャズ、ソウル、R&B、ヒップホップなど多岐にわたる。共演や作品提供したアーティストもベテランから若手と様々で、今やロサンゼルス音楽シーンのキーパーソンのひとりと言っても過言ではない。
そんなブランドンが自主制作し、2013年にデジタル配信で発表したソロ・アルバム『Self Taught』が、12月2日(水)CDとして世界初リリースされた。ちょうどカマシ・ワシントンの公演メンバーとして来日した彼に、これまでのキャリアや新アルバムのこと、ロサンゼルスの音楽シーンについてなど話を聞いた。
——演奏はいつから始めましたか?
「キーボードを始めたのは15歳のとき。キーボードはメロディからハーモニーまで何でも作れるから、そんなところが気に入ったんだ。兄のマーカスもミュージシャンで、その影響から演奏を始め、その後はコルパーン音楽学校でジャズの概念や理論なども本格的に学んだ。けど、鍵盤演奏のベーシックなところはほとんど独学でマスターしたね。うちは両親ともに教師だけど、母の家に小さなピアノがあって、それを弾いていた。習得するスピードがすごく速くて、自分で言うのもなんだけどピアノの才能があったと思う(笑)」
——カマシ・ワシントンの『The Epic』では、あなたのゴスペル・フィーリングあふれるオルガン・プレイが印象的でした。
「人前でオルガンを弾き始めたのは、教会で演奏していた頃で、そこからより鍵盤演奏にのめりこみ、いろいろな種類のキーボードをプレイするようになったんだ。自分が関わるものすべてからいろいろなインスピレーションを受けていて…たとえば、ブランドン・コールマン、ラリー・グラハム、スライ・ストーン、ハービー・ハンコック、チック・コリア、プリンス、ジェイムズ・ブラウン、ジョージ・クリントン、マイケル・ジャクソン、ジョン・ウィリアムズ、ラロ・シフリン、ウェザー・リポート、オスカー・ピーターソン、ビル・エヴァンス、バド・パウエル、チャーリー・パーカー…もう、挙げるとキリがないよ(笑)」
——いろいろな時代のミュージシャンから影響を受けているのですね。同時にファンクからの大きなインスピレーションが、あなたの音楽性に重要な影響を及ぼしていることがよくわかります。
「ファンクは本当に大好きなんだ。だから、ジャズでもファンクと結びついたものに自然と興味を惹かれるんだろうね。ジャズっていうのはひとつの乗り物のようなもので、そこに自分の好きなものを乗せて、どんな場所にも行ける。そんな自由さがあるから俺はジャズが好きなんだ。ジャズ・ミュージシャンの中でも、あるひとつの時代のひとつのスタイルしか演奏しない人もいるけれど、俺は違う。ジャズというヴィークル(乗り物)に乗って、マイケル・ジャクソンやジョージ・クリントンがいる場所に行きたいと思うし、それが、いま自分の作っている音楽なんだよ」
——あなたのキャリアで興味深いのが、ビルド・アン・アークの『Love Part 1』(2009年)のセッションです。ここからミゲル・アトウッド・ファーガソンとカルロス・ニーニョによるJ・ディラ・トリビュート企画なども繋がっていきますね。
「ミゲルはそのセッションのずっと前からの友達で、フライング・ロータスと知り合ったのも彼を通じてさ。そんな具合に昔から繋がっているミュージシャンが多い。ロナルド(ブルーナー・ジュニア)とスティーヴン(ブルーナー=サンダーキャット)とは、ロー・スクールからの幼馴染みで、カマシ(ワシントン)とは15歳のときにハイ・スクールで知り合った。彼らは昔からの音楽仲間なんだよ」
——これまで共演した顔ぶれは本当に多彩ですが、その中にはスティーヴィー・ワンダー、アース・ウィンド&ファイアなどビッグ・ネームも含まれますね。
「スティーヴィーのときはほんの短い時間だったけど、言葉にならないくらい最高の瞬間だったね。彼は文字通り“ワンダー”な人。天才だね! アースとも夢のような時間を一緒に過ごした。ツアーで彼らのプライベート・ジェットにも乗せてもらって、一緒に飲み食いしたんだよ。最高だろ!? 彼らはみな素晴らしいミュージシャンだけど、同時に人としても素晴らしい。そして、アプローチや方法は異なるけど、それぞれ世界の音楽の発展に貢献しているんだ」
——今回のアルバム『Self Taught』を作るうえでも、スティーヴィーは大きなインスピレーションとなっているのではないでしょうか? たとえば全編にわたってヴォコーダーが使われていますが、このあたりは彼の影響が強いのかなと。
「『Self Taught』に関しては、スティーヴィーはもちろんだけど、ハービー・ハンコックの影響も大きいね。ハービーはヴォコーダーを使ったアルバムが多いけど、その中でも『Sunlight』(1978年)というアルバムが『Self Taught』のイマジネーションの源にあるんだ。ああいった作品を自分の中にあるモダンな要素を交えて作りたかったんだ」
——『Self Taught』ではローズ、クラヴィネット、ピアノ、オルガンなどを駆使するほか、シンセでベース・ラインを演奏したり、自身でエレキ・ベースやギターを弾いたりもしています。かなりのマルチ・プレイヤーぶりですね。
「制作に関してはとことん自分でコントロールして、俺の中のアーティスティックな世界観をすべて表現できたと思うよ。ベースを含め自分ができるすべての楽器を演奏したのもそのためさ。ひとりでオーケストラをやっている感覚だね。スティーヴンには〈Moon Butter〉でベースを弾いてもらったけど、彼も自分のツアーなどいろいろ忙しくて、それ以外では時間が取れなかった。だから、じつは他に何名かのベーシストも試したんだけど、どうもあまりしっくりこなくて、自分でやることにした」
——他にはカマシ、ミゲル、また彼ら周辺のトロンボーン奏者のライアン・ポーター、ドラマーのジーン・コイなどが参加しています。周囲の仲のいいミュージシャンたちとリラックスした中で制作したアルバムと映るのですが、メンバーはどのように選びましたか?
「自分を信じているプレイヤー、信念のあるミュージシャンを選んでいったら、自然と俺の周りの人たちになった。精神的に繋がりのある人たちとやるのが一番なんだ。収録された曲ごとに自分の求めるサウンドも違ってきて、それぞれの曲でいろいろなミュージシャンを試したけれど、最終的にはこうした旧知のメンバーへと収まっていった。自分の音楽的な価値観やヴァイブスを共有できるのが、彼らだったのさ。演奏技術もそうだけど、性格や人として尊敬できるかということも重要で、それによってセッションの現場にもいいエナジーが生まれるんだと思う」
——アルバムはすべてオリジナル曲で、たとえば「Gotta Be Me」はスティーヴィー調というか、往年のモータウン・サウンドに通じるポップさを持つナンバーです。このように、作曲や編曲におけるあなたの才能も注ぎ込まれたアルバムですが、曲作りをするにあたってはどのようなことを心がけますか?
「〈Gotta Be Me〉は飛行機に乗っているときに生まれた曲で、単純に『このフレーズ…いいな』と思いついて、それから譜面にしていった。そんな風に自分で聴きたいと思う曲を作ること、それが第一さ。曲を作るアイデアや動機はバラバラで、たとえば〈Church Socks〉はファンキーな曲が作りたいと思ってできた。アメリカには『教会から帰って自分が履いていた靴下の臭いを嗅ぐ』っていう言葉があるけど、そんなところからこの曲のアイデアが生まれたんだ…ピッタリだろ(笑)。それから、俺はコミックやアニメ、ビデオ・ゲームとかも好きで、そんなところからSF的なモチーフの〈The Spaceship Is Leaving〉を思いついた。イントロから曲作りを始めたけど、実際に宇宙船が飛び立つような感じだろ。まあ、フューチャー・ミュージックのひとつだね(笑)」
——楽曲のタイプとしてはファンクやソウル寄りのものが多く、ジャズにしてもジョージ・デュークやスタンリー・クラークがやっていたフュージョン・サウンドに傾倒しています。こうした音楽性、方向性はどのように生まれたものですか?
「オリジナルなものを作りたいというのが一番にあった。俺の基本はジャズ・ミュージシャンだけど、そのうえで自分独自のサウンドを作りたいとやっていて、この方向性に行き着いたんだ。俺が作りたいもの、弾きたいと思うものをやるのが一番だし、ピアノをやっているのも自分が奏でるそのサウンドが好きだからに他ならない。そうした意味で、自分に正直に向き合った結果がこのアルバムなんだ」
——同じアメリカでも、ニューヨークなどイースト・コーストのジャズとは違う雰囲気がありますね。ファンクやソウルなどと結びつくミクスチャー感覚は、自由な風土のある西海岸らしさが表れたものかなとも思うのですが。
「確かに西海岸に比べてニューヨークのジャズ界はもっとコンサヴァティヴなところがあるし、ジャズへのアプローチの仕方も違う。それはそれで好きな部分もあるけれど、でも俺がそうしたイースト・コースト・タイプのミュージシャンになろうとは思わないし、何より自分自身でありたいのさ」
——あなたから見てロサンゼルスのミュージック・シーンはいかがですか? 日本でもカマシはじめ、ロサンゼルスのジャズ・シーンへの関心が高まっているのですが。
「今、ジャズだけでなく、ロサンゼルスの様々な音楽シーンが活性化しているんだ。そうした活発な動きがあるからこそ、ジャズという乗り物に乗って、いろいろな方向に行き、可能性を試すことができる。それと、ハーヴィー・メイソンやスタンリー・クラークなど、ロサンゼルスを拠点に活動する偉大なジャズ・ミュージシャンも多くて、俺や周りのミュージシャンと共演することがあるんだ。彼らのような先人からいろいろなことを学ぶけど、こうした交流はもっと昔から行われるべきことで、ようやくそれが実現してきたところかな」
——最近ではカマシたちとウェスト・コースト・ゲット・ダウンというユニットを組むなど、ますます精力的に活動しています。今後の活動予定や展望などについてお聞かせ下さい。
「Brainfeederから新しいアルバムをリリースする予定だ。『The Resistance』というタイトルで、自分にとっては『Self Taught』の次のステップに進んだ内容のものさ。新しい作品を作れば、前よりももっといいもの、より高いレベルのものにしようと思うのは当然で、その時点での自分のベストな姿を出そうと努力する。『Self Taught』は実際には2007、8年頃から徐々に楽曲制作を始めていて、最終的にパッケージとして出来上がったのが2013年なんだよ。だから、俺自身からすると少し前の自分という感じで、まだ若いところもあるんだ。『The Resistance』はそこからもっと成長したところが表現できていると思うし、現在の自分がより投影されたものになっているんじゃないかな」
ブランドン・コールマン関連作品をプレゼント。内容は彼も参加したカマシ・ワシントン来日公演のメンバー全員によるサイン入り色紙とカマシ・ワシントンのLP『The Epic』を抽選で1名様にプレゼント。応募は下記リンクより必要事項を記入しご応募ください。
https://www.arban-mag.com/present_detail/4
– リリース情報 –
タイトル:Self Taught
アーティスト:Brandon Coleman
レーベル:Beat Records
価格:2,000円(税別)
発売日:2015年12月2日(水)
[トラックリスト]
1. Never the Same
2. The Spaceship Is Leaving
3. Moon Butter
4. Gotta Be Me
5. Drifting Away
6. Set U Free
7. Church Socks
8. + Bonus Track for japan
■Beat Records
http://www.beatink.com/Labels/Beat-Records/Brandon-Coleman/BRC-492/