いまや世界的なアーティストとして活躍している上原ひろみが、アンソニー・ジャクソン(b)、サイモン・フィリップス(ds)という強者たちと結成した“ザ・トリオ・プロジェクト”での、4作目となるアルバム『SPARK』を完成させた。トリオとして活動を始めて5年。まさに彼らの“円熟”と“新たなる挑戦”が詰め込まれた作品だ。そこで彼女に、新作の話、ピアノの話などを聞いてみた。
——ニュー・アルバム『SPARK』には、テーマのようなものはあったのですか?
「前作『ALIVE』のツアーの時に、バンドとしてすごくいい形で成長できてきたなって感じて、この3人でアルバムをもう1枚作りたいと思ったのが、とても大きいです。それから曲を固めていくなかで、人間が何かに衝撃を受けて、すごくドキドキして、心が躍るような瞬間、そこから始まる物語みたいなものを音にしたいなと思って、そこからこのアルバムが始まりました。自分が、何か“ワーッ!”っていう体験をした瞬間って、景色がスローモーションになったり、モノクロになったり、すごくグルグル動いたり、いろいろな現象が生じると思うんです。景色が一気に変わるような。誰の人生にも、毎日、そういった“SPARK”は大なり小なりあると思うので、そういうものをテーマにしたいなと思いました」
——“このトリオでもう1枚作りたい”と感じたということは、このトリオでまだやれることがある、ということなのでしょうか?
「このトリオだったら、まだまだいけるというか、一緒にツアーしているなかで、メンバーに対してこういうことが見えたなとか、こういうことをもっとやりたいなとか、こういう曲を一緒にやりたいなといった、いろいろなアイディアが浮かんできたんです」
——前作『ALIVE』から今作までの間で、このトリオが最も進化した部分があるとすれば、どういったところだと思いますか?
「バンドとしてのドライブ感ですね。3人の勢いというか、急発進、急停車、どこで右に回ろうとも、左に曲がろうとも、みんなで一気に流れを作っていける、誰がどこでどういう舵を取っても、さっとついていけるチーム・メイトになれたというのは、とても大きいと思いますし、それが音楽の中でもとてもよく出ていると思います」
——今回の楽曲の中で、トリオとしての新しい一面が出せた、というような曲はありますか?
「すごく印象的なリフを繰り返す、“ミニマリスティックなアプローチが多いね”と、サイモンには言われました。『SPARK』『In A Trance』『Wonderland』『Dilemma』などがそういう曲だと思います。あと、必ずしも私がメロディを弾くわけではなくて、『Take Me A Way』では、アンソニーに高音で、すごくきれいなメロディを弾いてもらったり、『Wonderland』では、サイモンに“オクタバン”という楽器でメロディを弾いてもらったりと、3人でいろいろなフォーメーションが組めるというか、誰がその時に前に出て、誰が後ろにいてといった風に形を変えていけるのも、すごく面白かったです。ドラムもピアノも、メロディ楽器であり、リズム楽器でもあるので、そういったいろいろな側面を出せるような感じになると、音楽もより広がっていくと思います」
——今回のレコーディングで、2人の新たなる一面を見つけたとか、そういったことはありますか?
「2人の表情というよりは、3人で出せる、今までとは違った表情というのはあると思います。タメであったり、余白であったり、長くやってきたからこそ合う、みたいな部分というか。それって、予定調和だと面白くないですし、即興演奏をしているなかで、“ハッ!”と思える瞬間が、今回はすごく多かったし、バンドとして成長したなって思います」
——上原さんの曲って、展開が次々と変わっていったり、変拍子も多用されていたりするんですけど、どういう流れで曲を作っていくのですか?
「曲によりますね。いろいろなメロディのかけらを組み合わせたり、ひとつのメロディから派生していって、そこから枝分かれしていったような曲もあります。でも曲の流れとして、ぶつ切りにはならないようにしたいので、いろいろな展開があっても、曲としてグルーブ感が流れていくものというのは心がけています」
——特に今回の楽曲を聴いて、プログレッシブ・ロックあたりの影響もあるのかなって感じました。
「プログレもよく聴きます。だからそういう曲の影響も、もちろんあると思います。リズムで遊ぶのも好きですし、ピアノの右手とドラム、左手とベースを合わせたり」
——ソロ・ピアノによる「Wake Up And Dream」は、どういうイメージで作ったのですか?
「この曲はフワーッと出てきて、そのまま全部書けたんですけど、いろいろなSPARK、衝撃、衝動があって、その一連のことが起こったあとに、ふと我に返って、今のが現実だったのか、はたまた夢だったのか、って思いに耽る瞬間というか、その起きてきたことを愛おしんで、それがまた起きてほしいと思うような、再来を願うようなイメージで書きました」
——今回のアルバムで、リスナーに伝えたいことって、どういうことでしょうか?
「3人がトリオとして、すごくエンジョイしながらも真剣に音楽に向かい合っている様子というのが、すごく出ていると思いますし、この3人だからこその音楽が作れたと思うので、ぜひそこを聴いていただきたいです」
——上原さんご自身のことも伺いたいのですが、30年間ピアノを弾いてきて、自分はピアニストとして生きていこうと思ったのって、いつ頃からなのですか?
「12歳に台湾で公演をやった時です。子供によるコンサートみたいなものがあって、オリジナル曲を2曲だけ弾かせていただいたんですけど、中国語もまったく喋れないなかで、でもピアノを弾いたら一瞬にして友達が増えた、みたいな感覚があって、これを続けたいなって思いました」
——ジャズに興味を持つようになったきっかけは?
「私のピアノの先生が、ジャズが好きな方で、いろいろなレコードを持っていたので、それを8歳の頃から聴いていました。それでクラシックにインプロビゼーションを加えて弾いたり、ジャズっぽいハーモニーを当てたり、といったことをずっとしていたので、自然な流れでジャズに入っていきましたね。それで中学・高校に進むにつれて、ロックなども聴くようになって、という流れです」
——そんななかで、いちばんよく聴いたピアニストは誰ですか?
「エロール・ガーナー、セロニアス・モンク、レッド・ガーランド、オスカー・ピーターソン、ハービー・ハンコック、チック・コリア、アーマッド・ジャマル、トミー・フラナガンなど、いろいろなピアニストをよく聴きましたね。言い出したら、切りがないくらい(笑)」
——でも、今の上原さんって、そういう人たちとは違った、独特のスタイルがありますよね。そういった独自のスタイルって、いつ頃できたのですか?
「自分ではよくわからないんですけど、大学生の時に学内でのライブを始めて、最初は50人の会場だったんですけど、2回目には80人、3回目に200人って毎回人が増えていって、最終的には1000人収容のホールでできるようになったんですね。それでみんな、私がどんなピアニストかということを説明しようとするんだけど、説明できないんだよ、ってよく言われました(笑)。その後、プロとしてデビューした時に、アメリカのレコード会社のスタッフに、“ヒロミは誰々を彷彿とさせる、というような言葉が出てこない。それは自信を持っていいと思うよ”って言われたのも、すごく印象に残っています。でも自分のなかでは、いろいろな人から受けてきた影響というのをすごく感じていますし、ブランフォード・マルサリスが“自分らしさというものは、自分で見つけるものじゃなくて、いつの間にかできているものだ”って言っていて、そうか、言葉を喋るのと一緒だなって思いました。生まれた時は、親の言葉を喋って、そこから友達の言葉、ちょっと悪い言葉を覚えたり(笑)、いろいろな本を読んだり、テレビや映画を見たりして、カッコいいセリフを真似したりと、自分の中にどんどんボキャブラリーが増えていって、こういうステキな話し方をする人になりたいなって憧れる人も、たくさん出てくると思うんです。その人たちのいいところを吸収しようとして、そういうなかで、だんだん自分の言葉というものができていくと思いますし、音楽も、それと一緒なんじゃないかなって思います。しゃべり方って、育ってきた環境というのがすごく出るし、それと同じで、たくさん聴いて、たくさん勉強した分だけ、いろいろな年輪が増えていくのかなって」
——その後、単身アメリカに渡って、そこで、きっといろいろな壁に直面したと思うんですけど、その壁は、どうやって越えてこられたのでしょうか?
「デビューして間もない頃は、誰も私のことを知らなくて、ジャズ・フェスティバルに出ても、私は幼く見られますし、子供みたいなアジア人の女の子が出てきたら、海外の人から見たら異物感がすごくあったと思うんです。でもその異物感をはねのける要素は、音楽しかないので、いつも1曲目が真剣勝負というか、1曲目にどれぐらいのことができるかという気持ちで挑んでいきました。ただの幼いアジア人の女の子ではない、これは本気だ、というのがどれだけ伝わるか、お客さんの首根っこを掴んで(笑)、どれだけ聴いてもらえるかという。それ以外、勝負のしようがないので、とにかく演奏を、ひとつひとつ大事に、コツコツやってきた、ということだけですね。でも今は、別のハードルというか、フェスティバルのヘッド・ライナーをやらせていただいたり、街に行ったら私の大きなポスターがドーンと貼ってあったりと、今度は私を待ってくだっているお客さんがいて、前は期待値がないところに挑んでいくという感じだったんですけど、今はリスナーの方がある程度の期待値を持ってくださっていて、それに応えていくというのは、新たなる挑戦だと思っています。だから常に挑戦ですし、ひとつひとつの演奏を大切にやっていくということが、すごく大事だなって思っています」
リリース情報
アーティスト:上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト feat.アンソニー・ジャクソン&サイモン・フィリップス
タイトル:SPARK
レーベル:Telarc/Universal Music
価格:初回限定盤3,300円、通常盤2,600円、プラチナSHM盤3,300円(すべて税別)
発売日:2016年2月3日(水)
■オフィシャルサイト
http://www.hiromiuehara.com/
■Universal Music
http://www.universal-music.co.jp/hiromi-uehara/