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【クリスティン・スン・キム】聴覚を持たないサウンドアーティストが開いた 「音が聴こえないダンスパーティー」

生まれながらにして聴覚を持たないサウンドアーティスト、クリスティン・スン・キム。音をテーマにさまざまなアート作品を作成し、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催された「Soundings: A Contemporary Score」展にも出品している。

そんな彼女がおこなっているインスタレーションに「バウンス・ハウス」がある。「バウンス・ハウス」は、多くの人々には聴こえない20Hz以下の低音だけでつくられた楽曲が流れる「音が聴こえないダンスパーティー」だ。この「バウンス・ハウス」は、昨年2015年11月15日(日)にSuperDeluxe(東京都港区)でフェスティバル「Sound Live Tokyo」の一環として開催。TOKiMONSTAやKYOKAなど14人のアーティストが20Hz以下の音楽を「バウンス・ハウス」のために制作しクリスティンに提供。彼女は順番にかけながら、タイピングしたメッセージを壁に映しだした。

このインスタレーションの目的はなんだったのだろうか? 彼女へのインタビューは手話通訳にくわえ、筆談(パソコンにコメントをタイピング)でおこなった。

——「バウンス・ハウス」のアイデアはどうやって思いついたんですか?

「音楽理論を勉強しているときに、科学的に厳密ではないけど人の耳に聴こえない周波数があることを知ったの。それは周波数が20Hzを下回る低音。『バウンス・ハウス』は、その20Hz以下の音だけで作った音楽を流すダンスパーティー。音は出ている状態だけど、だれも音は聴こえていないの。もともと音が聴こえない私と同じ状態になったとき、みんながどんな行動をするのか興味をもったの。考えても聴こえない状態で人は、どうするのかってね?」

——私もパーティーに参加していたのですが、聴こえる部分もあったんですよ。で、聴こえたときに歓声が上がったんですよ。

「サウンドチームががんばってくれたから、聴こえないと言われている20Hz以下の音も一部表現できたみたいね。音を聴き取ろうとして難しそうにしているみんなの顔がほころんだ瞬間があったから、聴こえたんだなって思ったわ。私はオリジナルの音により第二の音ができることにも興味があるの。たとえば、低音でテーブルが揺れたり、空調ダクトが揺れたりして生じる音ね。あなたの言った『歓声』も第二の音かもしれないわよね。それがすごく面白いなと思ったわ。それは通訳者と私との関係にも似ていて、通訳者は私の第二の声なの。私の代わりに私の言葉を喋ってくれることって面白いと思わない?」

——じゃあ、「バウンス・ハウス」は楽曲を提供したアーティストたちの声(音)を借りてパフォーマンスしたことになりますね?

「そうね。今回は彼らの声(音)を借りてパフォーマンスをしたことになるわ。『音楽を20Hz以下の周波数のみで作ってください』と指示は出したけど、彼らがどのように作ったかは聞いてない。私の思った通りに作ってくれると信じていたし、できたものが私の声となったという解釈をしているから」

——聴こえない人に作ってもらおうとはしませんでしたか?

「もちろん考えたわ。でも、耳は聴こえなくてもエレクトロニックミュージックに関して敏感な人って世界にほとんどいないと思うの。たとえ勉強したとしても、聴こえる人と同じような価値観を持つには、ものすごく時間がかかってしまうと思う。しかも聴こえない人に音を提供してもらったとすると『所詮聴こえない人が作った音楽だ、聴こえる人には勝てない』っていうように世の中は思うでしょうね。だから耳が聴こえる人に対して影響を与えたり、感動させたりするものを作るために今回はそうしたの」

——パフォーマンス中に曲のタイトルや作曲者、長さ、メッセージをプロジェクターで映しだしていたのは、なぜですか?

「『バウンス・ハウス』は、その場にいる人と私とは同じ状態だから、詳細な情報を提示してイメージしてもらう必要があると思うの。メッセージはコンセプトを伝えたり、観客を眺めた時に感じたことを書いたりするわ」

——メッセージの中に「私はテクノロジーを誤って信じ、裏切られた気がした」とありましたが、どういう意味でしょうか?

「育っていく過程で低い音ほどよく振動すると教えられたの。でも『バウンス・ハウス』の音は一般的な低音よりももっと低い音。そうすると振動を感じなくなるのね。一生懸命、意識を集中させないと何も感じることができなかったから。机に触っても“ちゃんと音が出ているのかしら?” と思ったほど繊細な音だったわ。低音であればあるほど振動が感じられると思っていたの……」

——もともとサウンドアートを作るようになったのは、なぜですか?

「7年前にベルリンを訪れたんだけど、そこでいろんな展覧会や美術館に行ったときに、サウンドアートに出会ったの。“音”っていうものは別に耳を通して伝わるものだけじゃないとわかった。目や皮膚といった体のすべてを通じて音というものを知れることに気付けたの。そして私だったら“音”っていうものをどんなふうに作るんだろうか? と考えはじめたわ。そこから音をテーマにした作品づくりを始めたの。私の初期の作品は、スピーカーの上に天板を置いて、その天板の上に絵の具をつけた筆や釘を置いて音を出したの。そうすると振動で天板が揺れて筆や釘が動くでしょ? 絵の具を付けているから動いた軌跡も記録されるの。当時は音を視覚化してみたかったの。2年前にも東京で面白い取り組みをしたのよ」

——面白い取り組み?

「上野公園の水上音楽堂でパフォーマンスしたんだけど、会場が音量に対して厳しかったの。80dB以上の音量は出さないでくれって。だから身近にある80dBくらいの音を調べて割り出したの。電話の呼び出し音だったり、トラックの走る音だったり、洗濯機が動く音だったり。それを200人の声を借りて再現したの。「リンリンリン」とかってね」

筆者が体験した「バウンス・ハウス」は約90分間。たまに微かにボーン……と聴こえてくるだけで、ほとんど無音の状態が続いた。会場には100人くらいはいただろうか。スピーカーの前にいって振動を感じてみようとしていたり、椅子に考えこむように座っていたり。ダンスをしてみる人もいたが、それは1人だけだった。「バウンス・ハウス」を体験していちばん不思議だったのは、私の場合だが、その場にいるとき少し体調が悪くなったこと。軽い車酔いに近い感覚だった。彼女に楽曲を提供した女性アーティストの一人、KYOKAに話を聞いたところ、20Hzをずっと聴くと体に悪いから、アルファー波と同じ波長の8Hzの要素を多く使ったという。だとすると、私の体調が悪くなったのも20Hzの音の影響かもしれない。「バウンス・ハウス」は音として聴こえなくも、振動を感じなくても、音の周波数によって人体に影響がでることを体験できた貴重な時間だった。

■Sound Live Tokyo
http://www.soundlivetokyo.com

■Christine Sun Kim
http://christinesunkim.com/

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