BADBADNOTGOOD(バッドバッドノットグッド/以下BBNGと略記)とは、いかしたバンド名だが、奇妙なグループだ。その奇妙さの本質には追って触れるとして、先にプロフィールを記しておく。2011年にカナダのトロントで結成。メンバーは、マット・タヴァレス(キーボード)、チェスター・ハンセン(ベース)、アレックス・ソウィンスキー(ドラム)。同じ学校に通う、どこにでもいる“仲良し3人組”だった。が、ふとしたことで彼らは世界中から注目されることになる。
2013年に、3人はある音源を公開した。その内容は、タイラー・ザ・クリエイターやフランク・オーシャンらを擁するオッド・フューチャー・クルーの楽曲カバー。これがタイラー・ザ・クリエイター本人の知るところとなり、タイラーとのスタジオ・セッションが実現。その映像が公開され、公式動画だけでも220万回以上の再生を記録した。
その後は、ダニー・ブラウンの楽曲プロデュースや、ベック、トム・ヨークらも参加したMFドゥーム作品への参加。さらにはウータンクランの総帥RZAや、ブーツィー・コリンズとのコラボレーションでも大きな話題に。これが、いわばデビュー前の出来事である。
要するに、ヒップホップ方面からスポットライトが当たり、世に出たわけだ。かといって、彼らの音楽を「ヒップホップ」と定義するのは拙速である。一方で、彼らを「ジャズトリオ」と呼ぶ向きもあるが、これにもやや抵抗がある。そこは本人たちも、幾度となく訊かれてきたはずである。キミたちは一体、何のジャンルなの? と。
「そういう質問はよくされるよ。僕たちのことを知らない人や、初めて僕たちの音楽を聴く人たちへ呼びかけるためには、ジャンルを特定するほうが分かりやすいのだと思う。僕たちはジャズバンドやヒップホップバンドと表現されることに抵抗感はないよ。でも“あなたたちの音楽のジャンルを一言で表すと?”と聞かれたら、答えられないね」
ちなみに、筆者が「BBNGってどんなバンド?」と訊かれたら愚直に「インストゥルメンタル・ファンク・バンド」と答えるだろう。それしか言いようがない。少なくとも、クロスオーバー・ジャズやフュージョンの文脈で説明するのが妥当だが、「何に似ている?」と尋ねられたら、答えに窮してしまう。似たバンドがいないのだ。
が、ひとつだけ。アジムスに近い気はする。アジムスは60年代後期から活動するブラジル出身のグループだが「特定のスタイルに固執せず、エレガントで奔放なインスト・ファンクを奏でる3人組」という意味で、存在感が似ている。サウンド面での共通項もある。
先述のコメントも含め、このインタビューに答えてくれたチェスター・ハンセンは、筆者のこうした見立てに対して「嬉しいね。クールな意見だ。アジムスは最高だよ」としながらも、それ以上言及せず、すぐに話題を変えた。やはり「俺たちは何にも似ていないオリジナルな存在だ」という強い矜恃があるのだろうか。いずれにせよ、BBNGは他の追随を許さぬほどに個性的で奇抜だ。もちろん良い意味で。
そこは彼らの最新アルバム『Ⅳ』も例外ではない。ハンセン自身は本作を「ここ数年間の僕たちのミュージシャンとしての姿がスナップ写真のように紹介されている作品」と評しているが、このスナップ写真集はなかなか濃厚で見応えがある。デジカメではなく、フィルムで撮ったプリント写真が整然と並んでいるかのようなイメージ。ノスタルジックで穏やかなトーンのモノクロ写真の連続に見とれていると、時折、粒子感のある強烈なコントラストのカラー写真が挟み込まれる、といった具合。前作との違いは、この“カラー写真”のバリエーションにある。加えて“フィルム写真のようなアナログ感”は、こんなところに起因するのではないか。
「僕たちはヴィンテージ機材が大好きなんだ。ゴーストフェイス・キラーのアルバム『サワー・ソウル』をレコーディングし始めたとき、ニューヨークにある、メナハン・ストリート・バンドのスタジオで作業する機会があった。そのスタジオで、僕たちは、今までやったことのなかったレコーディングの仕方を教えてもらった。テープに録音したり、アナログ機材を使って録音したり、ヴィンテージの楽器やヴィンテージのマイクを使ってミキシング・コンソールを通して録音したりする方法など、僕たちにとって“新しい”手法をいろいろ知ることができた」
そう、彼らは18歳でバンドを結成して、現在まだ24歳である。ピュアなアナログ機材での録音は、彼らが生まれる前の“主流”であったが、彼らにとって“新しい”方法なのだ。このことによって、彼らのクリエイティブはさらに向上し、まず“やるべきこと”が見えたという。
「僕たちはトロントで自分たちのスタジオを開設した。そしてミキシング・コンソールを入手して、古いシンセやマイクなどの機材を集めていった。僕たちの活動の一面として、古い楽器を使って、自分たちの音楽に適応させていく、というのは重要なポイントなんだ。過去の機材を扱って、40年前にはできなかった組み合わせを実現するというのはとてもエキサイティングなことだよ。例えば60年代のギターを使って、80年代のマイクを使い、数年前のパソコンに取り入れて、どんなサウンドになるのか実験する」
本作を聴いて最初に感じたのは、奇しくも「絵画的/写真的」という印象だったが、その中に見えた“フィルム感”のようなものは、やはりヴィンテージ機材によるところが大きい。しかしながら「絵画的/写真的」という印象は、完璧に的を射たものでもない。ハンセンは続けてこうも語る。
「僕たちの音楽は、非常にシネマティックだとよく言われる。映画に使われそうな音楽だと言われるんだ。とてもクールだよ。素晴らしい音楽の多くは、映画音楽だと思うし、僕たち自身も図書館に置いてあるような昔の音楽や、映画のサントラ、近代の伝説的な映画音楽作曲家には強い影響を受けている」
確かに、絵画的とか写真的よりも“映画的”と捉える方がしっくりくる。サウンドとともに、ゆっくりと動く実景が見える感じだ。いずれにせよ、彼らの音楽は非常に視覚的でグラフィカルなものだ。ここで楽理的なメカニズムの説明は避けるが、ひとえに彼らの作曲能力と演奏能力の高さ、そして類い稀なセンスが、こうした作風を担保している。決して「作ってみたら、そうなった」ということではない。緻密に論理を積み上げて「そう作った」のだ。
「僕たちは全員“音楽理論オタク”だと断言できるよ。あと、僕たちのまわりには写真や映像をやっている人が多いから、そういったものに対する理解もある。特にマットは、グラフィック・デザイナーとしての才能もあって、BBNGのソロアルバムのデザインやテキストなどのレイアウトを別の友人と一緒に手がけているよ。前作のアルバムカバーも、今まで出してきた作品も、すべて彼らが手がけてくれたんだ」
メンバーそれぞれに没入する対象は違うが、性質としては皆が同じ“オタク気質”らしい。そうした状況が、バンドに新たな風を呼び込み、創作を豊かにする。
「例えば、キーボード演奏者のマットはレコードマニアで、いつも新しいレコードを探している。彼が僕たちに聴かせてくれるレコードは、僕たちに影響を与える。僕はというと、古いブラジル音楽やソウルが好きで、そのテイストは他のメンバーに影響を与える。僕たちは、お互いが好きな音楽をみんなで聴いて、それについて語り合ったり、その音楽の要素を自分たちの音楽に取り入れようとする。何もシャットアウトすることなく、耳に入ってきたものはすべて受け入れるんだ。素晴らしいミュージシャンになる上でいちばん重要なことは、オープンな見識を持つことだと思うよ。僕らは、まず、各々の好きな要素すべてを組み合わせる方法を探して、見つけて、自分にとって理解できる音楽に仕上げていく。そうやって、ひとつの曲を創り上げていくんだ」
しかし、これほどに楽曲の許容範囲を広げていくと、演奏能力の高さも相まって、作風が散漫になってしまうのではないか。結局、先ほどの「いろんなスタイルの曲をやってるけど、キミたちのジャンルは何なの?」ということになってしまう。この点には本人たちも自覚的で、今回のアルバムを作る上で配慮した点も、まさにそこだった。
「僕たちの音楽には共通する要素やスタイルがあるかもしれないけど、まったく違う種類の音楽を作ることはとてもエキサイティングなことなんだ。ただし、そういう作曲の仕方をすると、一枚のまとまったアルバムにするのは難しくなる。今回のアルバムに関しては、最終のトラックリストを提出するまで、どの曲をアルバムに載せるのか決めていなかった。ここ2年の間にかけて作った曲を振り返ってみて、そこにはインストの曲やコレボレーションした曲など色々あったけど、どの曲がアルバムにふさわしいかを選んでいった」
ただし、そう簡単にはいかない。
「アルバムを2枚作ろうかという考えもあった。ひとつはアコースティックで、もうひとつはエレクトロニックのアルバム。また、AサイドとBサイドがあって、Aサイドにはボーカル入りの曲。Bサイドはインストの曲ばかりにしようという案もあった。結局、今回のアルバムはそういうものをすべて包括した、いろいろな種類の曲が混ざった1枚になった」
しかし、そこは流石。アルバムに散漫な印象などなく、先述の通り、非常に聴き応えのある“スナップ写真集”を作り上げたわけだ。あるいは1本の映画といってもいい。ジャズの文脈で言うならば、クロスオーバー・ジャズのひとつの到達点、といっても過言ではない。前作、前々作も、まごうことなき傑作だが、今作は別の地平に立っている感さえある。これにはいくつかの素因があると思うが、まずはリーランド・ウィッティ(サックス)の存在が大きい。じつはここまで「同じ大学出身の仲良し3人組」と紹介してきたが、この最新アルバムの制作から、正式メンバーとしてリーランドが加入したのだ。この男、一応“サックス担当”ということになっているが、その実態は違う。
「彼は、すべてのサックスが演奏できるし、クラリネットも演奏できる。それにフルート、ヴァイオリン、ヴィオラ、ギターなど、20種類くらいの楽器が演奏できるんだ。バンドにとってはありがたいことだよね。そうやってバンドの音楽に新たなサウンドを加えてくれるんだ」
もちろん彼は、ただの“便利屋”として加入したわけではない。
「リーランドとは何年も前から知り合いなんだ。アレックスとマットは、僕と知り合う前からリーランドと知り合いになっていた。もう5年くらい前のことだよ。レランドは僕たちと同じ大学に通っていて、僕たちの1年先輩だったから、彼のことはみんな知っていた。彼が素晴らしいサックス奏者だってね。BBNGを結成してから、僕たちはリーランドとジャムセッションをする機会が多々あった。ここ数年で彼は僕たちのライブに何度も参加してくれた。去年、ゴーストフェイス・キラーのアルバムのライブをやるとき、ライブの演奏には4人目のメンバーが必要になったんだ。そこで、リーランドはギター演奏としても素晴らしいから、彼にギターを担当してもらった。そんなわけで、リーランドは僕たちのライブのときはサックスを担当し、ゴーストフェイスのライブのときはギターを担当することになったんだ。ここ1年半くらいは、すべてのライブやスタジオ作業に参加して僕たちに協力してくれた。人間的にも音楽的にも共感できる4人目もメンバーに出会えたことを本当に嬉しく思うよ」
そこはアルバムを聴くと明らかだ。リーランドの演奏によって、コルトレーン的なベクトルを発生させた楽曲もあるし、ファラオ・サンダースやカルロス・ガーネットのようなスピリチュアル要素や、ファンク感さえも効果的に加味させている。このメンバーも、他の3人同様“良きオタク気質”があることがよくわかる。もちろん、今回のアルバムを最高傑作に導いたのはリーランドの力だけではない。メンバー全員が試行錯誤を繰り返し、新たな試みにも積極的だった。
「そもそも、レコーディングの方法自体が、今回は新しい試みだった。今回のアルバムで初めて僕たちは自分たちのスタジオでレコーディングをしたんだ」
そう。あの、ヴィンテージ機材が満載の“自分たちのスタジオ”だ。
「キーボードのマットがエンジニア役も担ってくれて、曲をレコーディングしてくれた。そしてメンバー全員でプロダクションを手がけた。すべてが僕たちのスタジオで行われたんだ。ゲストアーティストには全員、僕たちのスタジオに来てもらって、一緒に作曲をしたよ。それはとても素晴らしい経験だった」
こうした、有意義なアルバム制作過程のなかで、特にエキサイティングな出来事は? と問うと。
「ゲストアーティストをフィーチャーできたことだと思う。それぞれのゲストと一緒にコラボできたことは、とてもエキサイティングだった。コラボの時期もさまざまで、例えば、いちばん最初にコラボしたのはミック・ジェンキンスだった。彼と出会ってからすぐに何曲か一緒に作ったよ。これまで僕たちのソロアルバムにゲストアーティストをフィーチャーしたことがなかったから、ゲストとコラボして作曲するのは本当にエキサイティングだった。あまりヴォーカリストと一緒に仕事をしたことがなかったし。それから、コリン・ステットソンは素晴らしいミュージシャンでありサックス演奏者だ。彼は現代音楽の一面を変えた人物だと思う。だから、彼と一緒に仕事をするのは僕たちの長年の夢だった。 彼と会って、一緒に仕事をしたのは本当に強烈な体験だったよ」
ただし、コリン・ステットソンとの共作は、難易度も高かった。
「今回のアルバムのなかでは、コリン・ステットソンと書いた曲がいちばん、演奏するのに体力を消費したね。それは、作曲プロセスがハードだったから。彼がフリーな日が何日かあったから、トロントに来てもらって、僕たちのスタジオに集まった。そして毎日4~5時間はスタジオで即興セッションをやったよ。そのセッションを元に、レコーディングを行ったんだけど、コリンは本当に真剣なミュージシャンで、集中力もすごいんだ。だから一緒に作曲をしていくのは疲労を感じる作業だった。だけど同時にとっても楽しくてやりがいが感じられた。1日の終わりには本当に疲れきっていたけれど、できあがった音楽を聴くと、曲にはエネルギーが感じられて最高なサウンドに仕上がっていた。とても強烈な作曲体験だったね」
聞けば、こうした苦労話は、すべての曲に存在する。「アルバムづくりは楽しかったよ」と、飄々と語る彼らだが、我々の想像を超えるようなタフな局面を幾度もクリアしながら、同時に自身の成長も遂げながら、このアルバムを作り上げたことがわかる。
「作曲過程がすべて終了して、作ってきたものを振り返り、アルバムの方向性を考えている段階では、すでに締め切り日が間近に迫っているという状況だった。“Vinyl Me, Please”という音楽配信サービスがアメリカにるんだけど、そこが7月のリリースに合わせて僕たちのアルバムをリリースしたいと言ってくれたんだ。でも、そのためには春までにはアルバムの曲を仕上げてアルバムを完成させなければいけなかった。そういうキツい時期を経て、今度はすぐにアルバム完成後のライブがいくつも続いた。その期間というのは、バンドとしてみんなが一緒に経験して乗り越えた大変な時期だったと思う。でもそのおかげで、みんなが客観的に状況を見て、自分が本当にやっていきたいのは何なのか? とか、僕たちは今後どんなミュージシャンとしてどんな活動をしてきたいのか? ということを考え直す良いきっかけになったよ」
本稿の冒頭で「BBNGは奇妙なバンドだ」と書いたが、それは彼らの“若さ”と“老練な演奏”のアンバランスに、動物における「ネオテニー(幼形成熟)」を見たわけである。ネオテニーの“生物学的に逸脱した容姿”と“オルタナティブなジャズ・フュージョン”という様態も相まって「奇妙」と形容したわけだ。が、彼らの話を聞いてわかったのは、ネオテニーのような最終形態ではない、ということだ。同じように生物で例えるなら、盛んに細胞分裂を繰り返す、植物の成長点を観察するような面白さである。それが、このアルバムの魅力、ひいては現在のBBNGの魅力なのだ。これは本人たちも自覚する、写真や映画を見るような面白さと同義である。したがって本作を、ありもしない映画の「架空のサウンドトラック」という趣で聴くのも一興。さまざま映像が脳内でどんどん再生される。そんなトリップを楽しめるという意味でも、本作はとてつもないエンタテインメント作品といえよう。そして近い将来、彼らが実際の映画のサウンドトラックを丸々一本、手掛ける日が来ることを、筆者は楽しみに待っている。
作品情報
アーティスト:BADBADNOTGOOD
タイトル:IV
発売日:7月8日
レーベル:Innovative Leisure/Beat Records
■Beat Records
http://www.beatink.com/Labels/Beat-Records/BBNG/BRIL2034/