投稿日 : 2016.09.16 更新日 : 2019.02.22

【中原 仁】伝説の巨星、新世代のヒーロー&ヒロイン… ブラジルを代表する精鋭たちが東京に結集!! 「MJFJ2016のブラジル音楽」耽溺ガイド

取材・文/楠元伸哉 写真/則常智宏

中原 仁

サンバ誕生100年。そして次の100年を
歩み出す“新生ラパのミューズ”が降臨


——カエターノと同じ日にテレーザ・クリスチーナも出演しますね。彼女も有名なシンガーですが、来日公演は初ですか?

「いや、13年前だったかな? 日本でライブをやってますよ」

——それって、もしかして中原さんが関与してます?

「はい。初来日の当時はテレーザ・クリスチーナ&グルーポ・セメンチというバンドでのライブでした」

——今回のステージはデュオですね。

「そうですね。彼女の最新作は『テレーザ・クリスチーナ、カルトーラを歌う』っていう内容で、ボーカルのテレーザと7弦ギターのデュオなんですよ。今回のライブも、この作品に即した内容になるんじゃないかな、と予想しています」

——なるほど。彼女はブラジルでは有名ですが、日本ではまだそれほど浸透していない気もします。テレーザってどんなシンガーなんですか?

「リオ・デ・ジャネイロの中心部に、ラパという地域があるんですね。そこは1930~40年代にライブハウスやバー、遊郭みたいなものがあった場所で、いわゆる歓楽街ですね」

——その時代、まさにサンバの全盛期ですよね。

「そう。マランドロと言われている“ならず者”みたいなサンバの歌手やコンポーザーが、夜な夜なラパに集っていた。いわばリオ庶民の社交場であり、街角文化の発信地だったんです。ところが、その地域がいつしか老朽化して荒廃して、治安も悪くなっていった。そんなエリアを、90年代の終わりくらいからリオ市がプッシュして、もう一回、この地域を活性化させようと動き出したんです。で、古い建物を残しつつ、中を改装して、そこにライブハウスとかレストランとかバーがどんどんオープンして、新生ラパが誕生したんです」

——そこは、新たな音楽文化の発信地になったんですか?

「当然、新しいライブの場所ができれば新しい世代のミュージシャンも登場する。その中の一人に、テレーザがいました。まだ新生ラパが注目される前。ちょうど、ラパのリノベーションが始まった頃に、そこで活動を始めたのがテレーザ・クリスチーナと、当時一緒だった4人組、グルーポ・セメンチだった。かつてナラ・レオンが“ボサノバのミューズ”と呼ばれたように、ラパの“新世代サンバのミューズ”と言われたのが、テレーザなんです」

——時期的に見ても“新世紀の”サンバ・ヒロインと呼べるようなタイミングですね。

「そうですね。私が初めてテレーザと会ったのが2002年。その時すでにかなりの人気がありました。ちょうど初めてのアルバムを出すことが決まったというタイミングでした」

——その頃のライブはどんな印象でした?

「僕が見たのはセメンチというお店でのライブでね、本当に小さなお店でしたよ。セメンチというのは“種(タネ)”という意味なんですけどね」

——あ、さっきのグルーポ・セメンチって……

「その通り。グルーポ・セメンチは、この店名に由来しているんです。その日は、すごい賑わいで。若いお客さんが結構いるんですね。まずそのことに驚いた。しかも、古いサンバとか聴かなそうな雰囲気の若者がいるんです。イパネマとかコパカバーナとか南部の高級住宅街に住んでいるようなアッパーミドルクラスっぽい若者が、わんさか来ていて。その子たちが、テレーザが歌う古いサンバの曲を大合唱しているんですよ。僕はブラジルに通い始めて30年以上経ちますが、あの光景を目の当たりにした時に“サンバの地殻変動が起きている”という強い印象を受けました。いい意味で、ものすごいショックでしたね。それ以来、僕は彼女に注目していたんですが、彼女はどんどんメジャーになっていって、カエターノ・ヴェローゾもそうですけど、ブラジルポップの女王マリーザ・モンチも後見人みたいになって、積極的にプッシュした」

——そして今ではすっかりメジャーな大スターになった、と。彼女がラパで頭角をあらわす以前は、別のところで音楽活動を行っていたのでしょうか?

「サンバの歌手って、基本的に、リオのカーニバルに参加するサンバチームに属しているんです。つまり、本拠地がある。そこは貧しい地域だったりもするんだけど、子供の頃からサンバを聴いて、踊って、母親の胎内にいるときからサンバを聴いているような人たちが多いんです。ところが、彼女の場合は少し違っていた」

——音楽とは違う世界にいた?

「そうですね。歌は好きだったけど、普通に社会人として音楽以外の仕事をしていた。ポルテーラという名門のサンバチームがあるんですけど、そこの門戸を叩いて、長老たちから手ほどきを受けて育っていった。本当に基礎から教わって、学んで、歌うようになったという、そういうユニークなヒストリーがあります」

——ちなみに、新生ラパの現在はどんな状況なのでしょうか?

「今すごいんですよ。50人のライブハウスもあれば、3000人を収容するような大型クラブもある。で、伝統的なサンバやショーロを聴かせるイベントもあるし、ロックやファンクやヒップホップ、レゲエ、あらゆる音楽が演奏されてますね。歩道も車道も人でいっぱい。渋谷どころの騒ぎじゃない。若者たちで賑わっています」

——テレーザがそこまで人気を獲得した要因は何だと思いますか?

「デビューした頃はね、歌い方が、やや素っ気ないというか“ぶっきらぼう”だった。これは誤解してほしくないんだけど、決して下手っていうことじゃないんです。彼女の歌唱にはそういう特徴があったんですね。現在はまた違いますけど、少なくともデビューした頃はそうだった。その歌い方と佇まいがね、当時は新鮮に響いたんじゃないかな、と。同時に、子供の頃からサンバを聴いて育ったわけじゃないんだけど、伝統的なサンバに対する敬意があって、それを同世代の仲間のミュージシャンたちと真摯に表現していた。伝統的な楽器編成で古い曲を歌っていても、何か新しさがあったんですよ。それは世代特有のものかもしれないし、彼女の突出した個性によるものなのかもしれないし。とにかく、彼女には特別な才能と魅力があった、ということなんでしょうね」

——彼女の一体何が、聴衆を惹きつけるのか。確かめてみたくなりました。ちなみに今回のテレーザのステージに何を期待していますか?

「今回、彼女が歌うであろうレパートリーなんですが、カルトーラという、まあ、サンバ界のレジェンドですよね。そんな巨匠の名曲を歌う、というのが大きな見どころ。カルトーラの音楽はオーセンティックでピュアなサンバなんだけども、サンバの枠を超えて、ブラジルの人の心に届くという不思議な説得力を持っています」

——カルトーラ。サンバの世界では伝説的なミュージシャンですね。

「日本でも、コアなサンバファンではないけれどカルトーラを聴いている、っていう人は結構いますよね。そういう珠玉のレパートリーを歌う、というのが今回の大きなポイントになるでしょうね」

——編成は、ギターとのデュオ。歌唱を堪能できますね。

「今回のアルバムとか聴いてると、キャリアを積んだだけあって、彼女の十数年間の音楽人生の年輪みたいなものが出ているんですね。すると途端に、樹齢何百年みたいなカルトーラの音楽と、彼女自身の現在が、この2016年にシンクロした感じがしましてね。今回はそれを生で聴ける、体感できる、というところが嬉しい。これまでカルトーラの音楽に親しんできた人も、彼女の歌を通して聴くことによって、また新たな発見があると思うし、僕自身も、そこを大きな楽しみにしています」

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