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東京ザヴィヌルバッハ、DC/PRGでハードなジャズ・テクノを聴かせたかと思えば、原田知世やAkikoといったヴォーカリストの歌伴も務め、昼は音楽大学で教鞭も振るう。カメレオンのように千変万化する個性で、シーンでも異彩を放ち続けるキーボード奏者/音楽家・坪口昌恭。年末の配信ラッシュに続き、キャリアを俯瞰するベスト盤をリリース。そして、西田修大(中村佳穂グループ、石若駿SongBook)、大井一彌(yahyel、DATS)という若手ふたりを起用したユニット“Ortance”を結成するなど、ここにきて活発な活動を見せている。現在、彼が見つめる視線の先にはどのような風景が広がっているのか。
過去の集大成から踏み出す、新たな一歩
──2018年末にご自身の旧作18タイトルを一挙に配信した際には、シーンからも驚きの声が上がりました。そこから間を置かずにベスト盤、そして新トリオの発表と続きます。これは一連の作戦でしょうか?
坪口:ベスト盤も、配信のこともどこか頭にはありましたが、実現の時期を定めてはいませんでした。今回はレーベル(APPOLO SOUNDS)の後押しもあって、いろいろなものごとが良いタイミングで決まっていったんです。
──自身の活動30周年を狙った?
坪口:ない、ない(笑)。新宿ピットインに初めて出たのが菊地(成孔)さんのバックで、1989年頃。たしかに30周年だけれど、それを狙うつもりはありませんでした。ただ“Ortance”名義で新作を発表するなら、その前になにかをカマせておきたい……というようなことはレーベル側と話していました。そうしていろいろ考えるうちに、ベスト盤の案にたどり着いたんです。過去から進行形の現在へとつながるようなストーリーですね。
──「A Figure of Masayasu Tzboguchi」は、ベスト盤とはいいながらかなり手が加えられています。
坪口:過去の音源を聴くうちに、気になるところがでてきたんです。残響音の長さや、音源の音色など細かい部分から、ベースを丸ごと入れ替えたものも。未発表曲も収録しているので、新しい視点で聴いてもらえたら嬉しいですね。
坪口のキャリア30年を振り返るベスト盤。過去の膨大なタイトルから厳選した10曲を収録。単にセレクトしただけではなく、細部に至るまで再調整が加えられている
──数多い楽曲からのセレクトに悩みませんでしたか?
坪口:当初、あれもこれもと選曲するうちに90分くらいになって(笑)。そこから削っていったら、アブストラクトな演奏は少なく、比較的コンパクトな曲が並びました。2000年頃は「抽象的で脱構築」みたいな音がイケてる感じがしていたけれど、そういう音は今回は選んでいません。変拍子もポリリズムも、いまさら私がやらなくても世界中にあるし。それよりも「坪口昌恭らしい」メロディやハーモニーの感覚が濃く出たんじゃないかな。
DTMでやりづらいことをマンパワーで
──新たなトリオ“Ortance”では、自身よりも2世代も若いプレイヤーとがっぷりよつに組み合っています。
坪口:そうですね。伝統と革新、打ち込みと生音、シンセサイザーとピアノ、教育者とミュージシャン——自分はそういった様々な「境界線」をまたいでいるように感じてきました。どこかでジャズをやらなきゃ……という使命感はあったんだけど、どうも主流にはハマらない。でも、西田くん、大井くんと出会ったことでニュートラルな立ち位置で音楽と接することができたんです。
──ふたりとはどのように出会われたのですか?
坪口:ここ数年“RM jazz legacy”というバンドで一緒に演奏している守家巧というベーシストがいて。彼はセッションの人選がすごくおもしろいんです。ある時、彼の紹介で西田と大井に出会いました。演奏してみたら、熱いんだけどストイックなセンスを感じた。僕はどんなフォーマットでやる時でも、学生〜20代のリスナーが面白がってくれる音楽にしたいと考えています。だから、若い世代のミュージシャンからもらえるエネルギーは大切にしたいんです。
──バンドのアイディアは3人で練り上げたのですか?
坪口:音を出す前にふたりの個性を探って、互いに意見を出し合いました。当初は自分はピアノではなく、シンセベースとヴォコーダーくらいでいいかな……と思っていたのですが、話し合ううちに、このメンバーでできることに確信が湧いてきて。まずは「フライング・ロータスをカバーしよう」ということになり、そこでできたサウンドを軸にオリジナルへと発展させていったんです。
──これまでの坪口さんのキャリアには、あまりないサウンドですね。
坪口:そうかもしれませんね。3人の意見をうまくブレンドできた作品だと思います。フライング・ロータスの曲って音色の魅力はもちろん、ピアノで弾いても楽音上のアイデアが特異でおもしろい。アルバム「LA」なんて12キーが全部出てくる。彼の曲にインスピレーションを得て作曲し始めるとピアノだけで成立してしまう曲が多くなって。ふたりの同意も得て、フライング・ロータスの楽曲とオリジナルを両立てでラインナップをするようなライヴを始めていきました。やがてレコーディングの話が出てくると、テンポの遊びを取り入れるというアイディアにたどり着きます。曲の中で速くしたり遅くしたり、遅く演奏したものを速く再生したり、クオンタイズを変化させるなど、DTMではやりにくいことをマンパワーで再現してみよう、と。
──エレクトリックなんだけど、全景としてどこかノスタルジックな雰囲気が感じられます。
坪口:たしかに。ヴェイパーウェイヴ*ってご存知ですか? あのムードが忘れられなくて、レコーディングの時もどこか頭の片隅にあったと思います。
*2010年代前後、ネット界隈で生まれたカウンター・カルチャー的ムーブメント。昔の音楽、ゲーム、商業コマーシャルなど、リアルタイムを知らない若者にとっては新鮮でローファイなコンテンツを使い、再アレンジされた音楽ジャンル。80年代の大量消費時代を皮肉っているともいわれ、その後アート方面にも広がりを見せた。
ジャズから脱する過程
── 一方で教員生活も28年目になりました。毎年新しい学生を見ていて、音楽的に変わったと感じることはありますか?
坪口:うーん……スマホやSNS、サブスクリプションの普及など、彼らを取り囲む環境は変化しましたが、本質はなんら変わりないんじゃないかな(笑)。「最近の若い子は……」なんて口を濁す人もいますが、実際に接していると凄かったりユニークなヤツはいるし、音楽力云々でなく人間ができているなって思うヤツもたくさんいる。しいて変化した点を挙げるなら、高校の頃からジャズを習得する機会に恵まれて、大学に入る頃にはずいぶん演奏できている、という早熟の子は増えましたね。
──ジャズの世代も下がっているのですね。また、人だけでなく「産業」としての音楽も変化しています。
坪口:そうですね。若い世代はCDは買わないけれど、インスタやYoutubeを使って、どんどん吸収していく。すごく面白いし、そこにエネルギーが生じているから、僕はポジティブな変化だと捉えています。手段は変わっているけれど、文化的には底上げされているというか。
──そんな中で“Ortance”はどのような位置付けでいたいと思いますか?
坪口:ジャズがなにかをよくわかっていない人たち、これまで他の音楽を聴いてきた人たちにも、このバンドで音楽の面白さを伝えたいですね。自分自身、音楽大学でジャズ・コースの主任を務めているので「自分はジャズじゃない」とは言えないのですが(笑)、僕がジャズというカテゴリーの中だけにいる必要はない。意識して脱し、その上で誰もが簡単にはできないことをやっていく──そのチャレンジの現在進行系が“Ortance”なのかな。
Next Live
2019年8月27日(火)東京・荻窪Velvetsun
Ortance〈坪口昌恭(syn,syn-b,p)、西田修大(g,effect)、大井一彌(ds with Trigger System)〉
open 19:30 / start 20:00
charge ¥2,500 (+1drink, tax)
reservation:velvetsun.ticket@gmail.com
1964年福井県生まれ、大阪育ち。原田知世、伊藤ゴロー、JUJU、小泉今日子、上妻宏光、宇多田ヒカルなど様々なミュージシャンの活動をサポートする一方、自身の主宰する“東京ザヴィヌルバッハ”をはじめ、ジャズにエレクトロニクスを積極的に取り入れた活動で広く知られる。近年ではアニメ「ReLIFE」の劇中音楽を制作(2016年)した他、西田修大(g,effect)、大井一彌(ds)とタッグを組んだミクスチャー・ユニット“Ortance”を始動(2018年)。ポリリズミックでボーダーレスなキーボーディストとして多数のライブや音楽制作に携わっている。尚美学園大学、および同大学院Jazz&Contemporary分野 准教授。
http://tzboguchi.com/
「A Figure Of Masayasu Tzboguchi」
坪口昌恭
APOLLO SOUNDS(APLS1906)