3度のグラミー受賞を経た現在でもなお、推究の手を緩めない最重要ベーシストの一人として、また、豊かな表現力を備えたボーカリストとしても注目され続ける才媛、エスペランサ・スポルディング。
昨年は、彼女自身が「Emily」というキャラクターを生み出し、演劇的な要素も含んだプロジェクト『Emily’s D + Evolution』が大きな話題を呼んだ。ところが今年3月、彼女はこれまでプロジェクトを完結させ、ギターとドラムとのトリオでの来日ライブを行なうという。そのステージに立つ直前、彼女へのインタビューの機会を得た。エスペランサ・スポルディングはいま、どこへ向かおうとしているのか。
——あなたは、この2年くらい『Emily’s D + Evolution』というプロジェクトを展開してきましたが、今回のライブは、そのプロジェクトではないわけですよね。
「ええ、今回はジャムってるわ。純粋なジャズ・コンサートで、いわば“ジャミング・フリー・ジャズ”ね。ただ、メンバーのマシュー・スティーヴンス(g)とジャスティン・タイソン(ds)は『Emily’s D + Evolution』でもずっと一緒にやってきて、彼らと作り上げてきたものがあるから、それをライブで出したいと考えているわ」
——『Emily’s D + Evolution』は完結したのですか?
「去年で終わったわね。Emilyは、もう去って行ったの」
——あのプロジェクトは、あなたの音楽性に、どのような成果と影響を与えたのでしょうか?
「私は、パフォーマンスの新しい方向性を探していたの。やりたかったことが全部できたわけじゃないけど、それでも、どんなことがパフォーマンスできるのか、ちょっとだけ見えてきた。いろんな要素を盛り込んで、どうやってパフォーマンスにしていくか、いろいろと探索できたと思う」
——次にあなたが向かう場所は、どんなところなのでしょうか?
「じつは、ウェイン・ショーターからオペラを作曲して欲しいという依頼があって、それで歌詞と歌とがどうやって一緒に組み合わさっていくのかということをいろいろと考え始めたの。歌詞と歌があるものが、全部オペラに思えてきちゃって、いまはそのことばかり考えているわ(笑)」
——そのオペラというのが、次のあなたの方向性なのですか?
「ノー(笑)。それはウェインのプロジェクトだから。でもそのオペラくらいのレベルの音楽を、次のプロジェクトでは展開したいと考えている。次のプロジェクトは、3次元的な考え方になると思う。いま、次のアルバムに向けて作曲も始めていて、テーマはアポカリプス(黙示、啓示)。アポカリプスのあとに始まる新たなストーリー、といったイメージになると思う。キャラクターがいて、銃が出てきて。銃を音楽で表現できる音も見つけたのよ」
——それは、現在の世界情勢と何かの関係があるのでしょうか?
「いまの世界情勢はあまり関係ないわね。現在に起こっていることは過去にも起こっていたことで、私はむしろ、そういった人の動きや、人がやることのサイクルが非常に興味深いと感じているの。人々のコミュニティの、新しいモデルや形を探すことに、いまはすごく興味がある。小さな箱から抜け出す人の話とか、いろいろな人々のストーリーを書いているところよ」
——Emilyとはまったく違ったキャラクターやストーリーが登場するのですか?
「そうね。Emilyは私の中の深いところから来て、火山のように爆発して、流れ出した溶岩が固まって、ひとつの島のようになって終わったんだけど、新しいプロジェクトは、そこに咲く花のような感じかな」
——あなたがいま、音楽以外でいちばん関心のあることって何ですか?
「いまは“パーマカルチャー”に興味を持ってる。それはつまり…『作り出したものはまた根源的なところに還っていく』みたいな考え方で、例えば、食べ物を作って、それが最終的に土に還っていって、ずっとずっと廻っていく。そんなサイクルにすごく興味があるの。これが上手くいくと、エネルギーにも応用できるんじゃないかと思う。日本はそのいいモデルになっていると思うわ」
——えらく壮大なテーマですね。
「私は現在、ニューヨークとオレゴンとで、半分ずつぐらい過ごしているんだけど、オレゴンみたいに緑がたくさんあって、そういうことがうまくいっている地域と、ニューヨークみたいに、なんでいま存在しているのかが謎だっていうくらいにブチ壊れた所があって、その両方での生活をうまくやっていくにはどうしたらいいか? って、ずっと考えているわ」
——何かきっかけがあって、そういうことに興味を持つようになった?
「え? 逆に、何で考えないの?(笑)テレビとかを観ていて、地球環境の悪化とか、そういう社会的な問題を知ると、考えないわけにはいかないわ。電車に轢かれそうになってる子供を見たら『助けなきゃ!』と思うのと一緒よ。どうすれば、そうしたサイクルがうまくいくのだろう? って、いつも考えているわ」
——その自問自答は、次の音楽プロジェクトにも関係してくるのですか?
「ノーね(笑)。カオス的にことがあったあとは、やっぱり落ち着くことが必要だから。そこはあまり音楽とは繋げないように考えているわ。ライブを観に来てくれたお客さんには、やっばり楽しんでほしいから、難しいことは言わないように、ね」
取材協力:ブルーノート東京 http://www.bluenote.co.jp/jp/