投稿日 : 2021.06.28
“クラファン”はここから始まった─グラミー受賞を連発するジャズ・レーベル「アーティストシェア」の考え方
取材・文/宇野維正
いまでは広く知られる、クラウドファンディングという手法。その始まりは「音楽作品の制作」だったことをご存知だろうか? この制作プロセスに先鞭をつけたのが、ニューヨークに本拠を置く「アーティストシェア(ArtistShare)」である。
2000年に設立されたアーティストシェアは、ジャズ作品に特化した “投資プロジェクト兼レーベル” として、現在も良作を連発。また、老舗レーベルのブルーノートやニューポート・ジャズフェスティバルとも提携しながら「芸術的にもセールス的にも成功する作品づくり」を推し進めている。
その一方で、メジャーなレコード会社はなぜ「ジャズの新譜」に見切りをつけたのか。そして、アーティストシェアのような方法が “日本では成功しにくい” のはなぜなのか?
世界初のクラウドファンディングとして誕生
2004年のマリア・シュナイダー『Concert in the Garden』をはじめ、クリス・ポッター、故ボブ・ブルックマイヤーなど、数々の有名ジャズミュージシャンの作品をリリースし、これまでにグラミー賞で32回のノミネート、11回の受賞を果たしてきたニューヨークの「アーティストシェア(ArtistShare)」。同レーベルは、2001年に「世界で初めてクラウドファンディングというシステムを立ち上げた」ことで知られている。
今でこそ各ジャンルのミュージシャンがKickstarter、Indiegogo、PledgeMusicといったプラットフォームを利用することが珍しいことではなくなり、クラウドファンディングという言葉自体、日本でもすっかり浸透しているが、それが最初に始まったのは「音楽業界」であり、「ジャズのシーン」であり、「ニューヨーク」だった。
一体、アーティストシェアとはどんなレーベルなのか? 他のプラットフォームと何が違うのか? 日本のメジャー系レコード会社で15年間働いた後、アーティストシェアの運営方法に強い関心を抱き、米国に渡って同レーベルにインターンとして勤務した経験のある生明恒一郎(あざみ こういちろう)氏に話を訊いた。
先駆者でありながら身の丈にあった経営方針
「アーティストシェアの規模自体はそれほど大きいものではないんですよ。オフィスを構えているのはマンハッタンのアッパーイーストの一等地ですけど、アパートの一室みたいなところで。常勤しているのはCEOのブライアン・カメリオと、もう一人、システム・エンジニアがいるくらい。それ以外は、アーティストの各作品ごとにプロジェクトが立ち上がって、そこで各作品のプロジェクト・マネージャーが動いていくという体制でやってます」
アーティストシェアはクラウドファンディングのパイオニアでありながら、他のプラットフォームとは違ってジャンルを「ジャズ作品」に限定している。年間のリリースも10作品ほど。2001年にスタートして以来、現在まで18年もの長い期間にわたって健全な運営が続いている秘訣はどこにあるのだろうか?
「アーティストシェアはクラウドファンディングの会社というより、あくまでも一つのレーベルなんです。より正確に言うと、クラウドファンディングの機能を持ったレーベル。だから、マリア・シュナイダーのような大きな成功例があった後も、レーベルカラーに沿ったジャズ作品だけを出しています」
同レーベルのCEOにして“クラウドファンディングの父”とも呼ばれているブライアン・カメリオは、ジャズ・ギタリストとしても活動しており、2012年には、亡くなる前年のジム・ホールの来日公演に同行してステージにも立っているという。
「ただ、彼は早い段階でミュージシャンとしての仕事だけでは食べていけないと思い、プログラミングの勉強をして、アーティストシェアを立ち上げた。もちろん現在のアーティストシェアのシステムは専門のエンジニアがやっているわけですが、ミュージシャンでありながらもそういう理系的なセンスも持っていたというのが、ブライアン・カメリオのユニークなところです」
10年前からレコード会社はジャズに投資できない
アーティストとリスナーがクラウドファンディングを通して作品を「シェア」するというアーティストシェアの思想は、ただのビジネスマンのアイデアではなく、ひとりの「アーティスト」によって生み出された。それは、理想を掲げながらも利潤の追求、つまりは事業の拡大を目的とする、他のクラウドファンディングのプラットフォームとアーティストシェアの大きな違いだろう。
「ただ、いずれにせよクラウドファンディングという選択肢は、特にジャズのような限定されたジャンルにおいてはますます必然になっていくと思います。もともとレコード会社の利益は、一部のトップアーティストの売り上げ、いわば“ショートヘッド”と、カタログ販売の“ロングテール”によって生み出されてきた。ジャズの新作レコードの多くはその中間、“ミドルボディ”に属してきたわけです。そこでどれだけ新しいアーティストを発掘し、育成できるかが、何年後かの利益に繋がってきた」
ところがある時を境に、事情が変わってきたという。生明氏はこう続ける。
「レコード会社に勤めていた自分の経験上、2008年が境目で、2009年になったら、もうジャズのジャンルにおける新人発掘にはほとんど投資ができなくなっていた。『どうせ赤字になるんだったら、新人なんて売り出さなくていいや』ということです。そういう現場にいた身からすると、何かの新しいシステムの到来は絶対に必要とされていたという実感があります」
自分が足場を置いているポップ・ミュージックの世界では、クラウドファンディングはアーティストの一つのプロジェクト(例えばアナログ盤のリリースなど)で使われることはあっても、まだ原盤制作の根幹に用いられる例は少ない。しかし、生明氏によると「今後のジャズのシーンのあり方を考えると、クラウドファンディングは、好きか嫌いか、認めるか認めないか、というような段階ではないのではないか」とのこと。きっと遅かれ早かれ、今や(世界的には)音楽シーンのメインストリームではなくなったロック系のバンド・ミュージックなどにも同じ状況が訪れるのだろう。
クラウドファンディング、日本の問題点
日本でもすでに広く知られたクラウドファンディングだが、まだ未熟な部分もあるという。
「クラウドファンディングが普及する以前から、もともとアメリカ社会にはファンドレイジングという考え方があって。例えば、高校のマーチングバンドが全国大会に出るとなったら、地元の大人たちから寄付を募ってその資金を捻出する、みたいなことが普通に行われていました。そういう点でも、日本にはまだ先入観や偏見が残っているのかもしれません。よく、日本のクラウドファンディングでは“リターン”という言葉が使われていますが、あれも参加者が損得勘定を優先しているようであまりいい言葉だとは思わないんですよね。海外では航空会社のマイル旅行のような“Reward”だったり、“What You Get”みたいな言葉が一般的です。もしかしたら、そういう意識の部分から、変化が必要なのかもしれません」
「世界初のクラウドファンディング・レーベル」という事業開始のタイミングと、早い段階での大きな成功例。ジャンル、アーティスト、作品を限定した身の丈にあったレーベルの経営方針とブランディング。そして、ジャズの中心地「ニューヨーク」という地の利。アーティストシェアの着実な歩みとシーンへの浸透は、そう簡単に模倣できるようなものではないが、そこにはジャズというジャンルに限らず今後の音楽シーンを考える上での様々なヒントがあるはずだ。
取材・文/宇野維正
2019年7月9日公開記事を再編集