ジャズ・フィールドでの華麗な経歴はいまさら説明するまでもない。近年は交響楽団や室内管弦楽団とも共演を重ね、いわゆるクラシックの世界でも国際的な活躍をみせる小曽根真。こう書くと“優艶なピアニスト”のイメージだが、この8月に発売される最新アルバム『ディメンションズ』を聴くと、氏が“奔放で気骨あふれるジャズマン”であることを改めて思い知らされる。
“小曽根真 ザ・トリオ”名義で発表される今回のアルバムは、小曽根真(p)とジェームス・ジーナス(b)、クラレンス・ペン(ds)によるピアノトリオ作品。かつて(1997~2007年)率いていた同プロジェクトが10年ぶりに復活する形となった。
——新アルバム『ディメンションズ』は、約10年ぶりの“再会アルバム”となりますが、どんな意図と経緯で再始動したのですか?
「2004年ぐらいから、僕がクラシックの活動を始めて、さらにビッグ・バンドの“No Name Horses”も立ち上がって、トリオの活動ができなくなってきたんです。トリオでの演奏はもちろん嫌じゃないし、あり得ないくらい呼吸も合う3人だったんですけど、僕のわがままで、トリオの活動を休ませてもらうことにしました。それで2014年の2月に、ニューヨークであったイベントに出演したときに、たまたまリズム・セクションがジェームスとクラレンスだったんですね。で、トリオで1曲やったら、やっぱり素晴らしくて。やっぱりこれだなぁ…って思って、ふたりに“Shall we do it ?”って言ったら、二人とも“Please !”って言ってくれて。
——「シュア」とかじゃなくて「プリーズ!」なんですね。
「そう。“頼むよー、もう、いい加減、やろうよ~”って感じ(笑)。そこから『よし、やろう!』ということになりました。僕も、クラシックを演奏するのも始めた頃に比べればほんの少しだけ余裕が出来てきましたし….、スケジュール的にもトリオができる期間があったので」
——実際にやってみて、どうでした?
「それこそ10年ぶりに3人で音出したんだけど、カウントなしで入れるくらい(ぴったり息が合っていた)。あの頃と何も変わっていない。本当に最高でした。こっちがヒントとかメッセージを出すと、必ずそれをキャッチして、その倍のスピードで投げ返してくるんです。それをやり続けて崩壊するくらいのところまで行くんですけど(笑)、楽しくて仕方なくて。そういう面では10年前と何ひとつ変わっていない。それぞれが響き合いながら、そこに“居る”っていう感じで」
——何か“新たな発見”や“驚き”みたいなものはありましたか?
「3人で一緒にやってみて、まず思ったのは “この10年、みんなそれぞれに頑張ってきたんだな…”っていう実感。そこには、あの頃よりも、音楽の重心が低くなったことの嬉しさ、みたいなものもあって。驚きとか発見というより“実感を得た”という印象が強いですね」
——小曽根さんはこれまで、ソロやデュオなどいろんなフォームで作品を発表してきましたが、ご自身にとって「ピアノトリオ」とはどんなものですか?
「僕にとってのピアノトリオはね、“自由になれるもの”です。ちなみにソロピアノは、自分でタイムキープとかしなくてはならないので、それなりに大変ではあるんだけど、すごく自由です。それと同じくらい、トリオも自由になれる。特にこのトリオは“羽ばたくような自由さ”を感じさせてくれる」
——そんな今回のアルバムは、全曲、小曽根さんのオリジナルです。作曲面でのコンセプトはあったのですか?
「10年という時間と、自分がやってきた音楽というのは、どうやっても隠せないと思うんです。だから、何かを狙って新しいことをするみたいなことはしないで、自分が思うままに書きました。ちなみに、このトリオを始めた頃は、自分たちがセッションする喜びがバーンと前に出て、それを皆さんと共有していく感じだったんですけど、今回はもう少し内面的な、みんなが自分の中に持っている“面倒くさい部分”と共鳴する曲が増えたような気がします。“Mirror Circle”はその代表的な曲。ぜひ多くの皆さんに聴いていただきたくて、イメージ・ビデオ・クリップも作りました」
——かなり複雑で、でも印象的なメロディの楽曲ですね。
「この曲は、ひとつのフレーズが繰り返されて、最初はどこが1拍目か分からないんです。そこには何か得体の知れないものがあって。人間というのは生きている限り、日々それに脅かされているんです。でもそれは、自分がどこかで自分を裏切っていることがあって、それと向き合えない恐怖とか、自分の中にある未知なものに対する恐怖とか、すべては自分の中で作り上げているイリュージョンで、結局Mirrorに映っているのは自分自身なんですね。そういった人間それぞれの孤独感みたいなものが、今回のアルバムの曲の中にはあるのかなって思います」
——外のリスナーに向かいつつも、内に向かっている作品でもあるのですね。
「このアルバムができた当初は、掴み所がないというか、ストレートでわかりやすい感情に結びつかない作品だな、って感じていました。ところが、最近ふと聴き返したときに『あれ? このアルバム、悪くない!』って感じたんです。完成してから半年経って、ようやく自分でもこの音楽が分かってきたというか、なんか、自分が出している音色が好きでしたね。1個1個の音に今までの自分には出せなかった音色の様なものを感じて。あらためて、10年間クラシックをやってきた甲斐はあったかな、と」
——先の展開が読めない曲も多いですよね。「Mirror Circle」や、「M.C.J.」、「Tag Me, Tag You」とか。
「そういう意味では、このトリオは、いちばん即興性の高い、ピュアに近いインプロヴィゼイションが出た作品だなって思います。自分が生きていることの感覚を信じるというか、ものすごく自由に、一人でやっているときよりもさらに羽ばたかせてくれるトリオで、それは10年経っても変わっていませんね。僕が一緒に演奏したいと思う人たちは、いつも“行ったことがない所”に行きたがる人たちなんですけど、このトリオも、同じ曲を演奏しても、毎回、全然違うんです。僕が“段取り”に行っちゃったりすると、ペンがすごく嫌な顔をしたりね(笑)。だからこの曲たちが、ツアーでどう変わっていくのかもすごく楽しみです」
——ライブは楽しみですね。このトリオの音楽って、例えば自宅のオーディオで想像を膨らませながら聴く楽しみはもちろん、ライブで実際に3人の姿や顔を見ながら、プレイヤー同士のアクションそのものを楽しむという醍醐味もある。
「そう! そこはぜひ楽しんでほしいところです。このトリオはやっぱりジャズクラブが向いていて、この密なインタープレイは、目の前で見てもらうのがいちばんだと思います。3人のスリリングなやり取りとか、空気そのものを体感する面白さがあると思うんです。例えば僕が“あ、ヤバいっ!”って思った時の空気はお客さんにも伝わるわけですけど、そこが楽しいんですよ、コンサートって。その会場で起こりうる全ての出来事を含めてコンサートなんです。例えばね、クラシックのコンサートやってると、たまに携帯鳴るんですよ」
——ああ…、それは良くないですね。
「うん、良くない。鳴らしちゃダメですよ。だけど、鳴っちゃったもんは仕方ない。あれはね、魔物の仕業だと思っているんですけどね(笑)、だからそういう時には『ああ、今日はそこに(魔物が)いたか』と、その全てを楽しむようにしています。それが“ライブ”ってものです」
——なるほど。
「ライブっていうのは、良くも悪くも、予想しない何かが起こる。起こってしまうんですよ。だって“LIVE”ですよ? “生きている”ってことでしょ。生き物なんだから、そんな思い通りにはいかないですよ。で、その何かが起こった時に、どれだけチャーミングな思い出にできるか。そこが大切なんです。特にジャズって音楽は、コンマ何秒の単位でコミュニケーションが進行しているわけだから、その現場を見て、体全体で感じて楽しまないとないと損ですよ」
——今回のアルバムや、そのツアーで、リスナーに伝えたい思いなどはありますか?
「ジャズって、生の音楽だし、楽しみながらも、怖いところや面倒くさいところにわざわざ行く音楽なんですね。適当な段取りがあって、表面的なカタチだけ整えて、安心感のあるジャズは、もはやジャズじゃないんです。少なくとも僕にとってはね。だから、面倒くさいものなんだけど(笑)、こういう音楽を聴いてくださった方はみんな何かを得てくれると思うんです。だから、むしろ“ジャズ”とは思わずに、そういったエネルギーを持っている音楽だと思って聴いてもらえると嬉しいですね。皆さんと、生きていることの実感を繋げられたらいいなと思っています」
小曽根真 THE TRIO『ディメンションズ』
http://www.universal-music.co.jp/makoto-ozone/
小曽根真THE TRIO
ツアースケジュール
2017年
9月5日(火)6日(水)会場:ビルボードライブ大阪
9月7日(木)KUMAMOTO JAZZ 2017 会場:熊本県立劇場コンサートホール
9月8日(金)9日(土)会場:ブルーノート東京
9月10日(日)いわてジャズ2017 会場:岩手県民会館
9月12日(火)13日(水)会場:ブルーノート東京
詳細:http://www.makotoozone.com/