上原ひろみが新たなデュオ・プロジェクトを始動。この9月にアルバム『ライヴ・イン・モントリオール』をリリースする。本作はそのタイトル通り、モントリオール・ジャズ・フェスティバル(カナダ)での演奏を収録したもので、デュオの相手はハープ奏者のエドマール・カスタネーダ。
南米コロンビア出身で、現在はニューヨークを拠点に活動するエドマールは、一台のハープでメロディ、コード、ベースラインなどを自在に繰り出すという驚異的な技術を持つ才人だ。
そんなエドマールと上原のデュオ作品。一体どんな経緯でプロジェクトが進行したのか。
目の前の獲物は逃さない
──いきなりですが、上原さんのファンは幸せだと思うんですよ。
え? 何がですか?
──だって“待たされる”ってことが全然ないでしょ? ついこの前、矢野顕子さんとのデュオがあったと思ったら、もう新しいデュオ・プロジェクトが始まって、こうしてライブアルバムがリリースされる。いつも「次は何をしようかな…」と考える間もなく、新しいことがスタートしている感じでは?
そうですね。次は何をしたらいいかな…って悩むようなことは、いまのところ、ないです。
──一緒にやりたい相手や、やりたいことが、向こうから歩いてくるみたいな?
むしろ「目の前に現れた獲物は逃さない」みたいな感じですかね(笑)。自分から狩りに行ってるところもありますよ。面白いミュージシャンはいないかな? って常に考えて動いているところはあります。
──今回のエドマール・カスタネーダとの出会いも……。
「あ! 見つけた!! 」って思いました。会うべくして出会った感じがしますね。
──まずはその出会いについて話してもらえますか?
最初は2016年のモントリオール・ジャズ・フェスティバルでした。彼が先に出演して、次が私たちのトリオ(上原ひろみザ・トリオ・プロジェクト)だったんです。なので、私は彼が演奏しているのをステージの袖で観ていたんですけど、もう、なんじゃこりゃ?! って感じで。それまで名前を聞いたことがあるぐらいだったんですけど、観て衝撃を受けたんです。まさに“未知との遭遇”というか。
──ハープなのに、こんなことやっちゃうの?! っていう?
これがハープなの!? っていう驚きですね。彼はソロで出ていたんですけど、ベースもギターもパーカッションも全部、一台のハープで奏でちゃう。別に多重録音みたいにしているわけではなく、全部その場で。
──ハープという楽器の概念を覆すものだったと。
ハープに対する私の知識の少なさもありますけど。ハープというとやっぱり優雅とか流麗なイメージがあったので、まさかあんなにリズムが強くてパッションの塊のような音楽が出てくるとは思いもしなかった。想像とはまったく違うものだったんです。観ていて、ただごとじゃない事態が起きているように感じましたね。なんだか奮い立たせられました。自分のステージに対する叱咤激励のように思えたというか。
──そのとき「彼と一緒に演奏したらどうなるのか?」という想像もしていたわけですか?
彼の音と演奏に対してのエネルギー・レベルに自分と近いものを感じたので、一緒にやったらきっと面白いものになるなって思って。彼もそのあとの私のステージを観て同じように感じたらしく、終わってから連絡先を交換して「いつか一緒に演奏しましょう」って言って別れました。
初共演が終わって「はじめまして」
──「一緒にやったら面白いものになるんじゃないか」って好奇心をくすぐられるミュージシャンと、そうじゃない人がいるわけですよね。面白くなりそうだと思える人に、何か共通点はありますか?
ありますね。まず、絶対的なところとしては、エネルギー量の高い人。それから唯一無二な人。あとはチャレンジの好きな人。
──なるほど。っていうかチャレンジ精神がないと、上原さんから一緒にやろうと誘われて「YES」とは答えないですもんね。
あはは。そうかもしれませんね。まあ、ハープという楽器であそこまでのことをやっちゃう時点でもう、尋常じゃないチャレンジ精神だと思いますけどね。
──モントリオール・ジャズ・フェスティバル(2016年6月)で連絡先を交換して、その1か月後にはもうニューヨークのブルーノートで共演していますね。リハーサルで初めて一緒にスタジオに入ったときは、どんな感じでしたか?
じつは、リハでスタジオには入ってないんです。
──え? 大丈夫でしたか?
ふたりで音を出したのは、ライブ当日にブルーノートでサウンドチェックをやったのが最初でした。まあ、それまでにメールとかで “この曲をやろう”というような連絡はしていて、お互い楽譜や音源を送ったりはしてましたけど。
で、サウンドチェックの2時間弱の間に詰めていって。でも最初に音を合わせた瞬間、運命的な感じはしましたね。初めて一緒に演奏したとは思えない何かがあった。ずっと一緒に演奏してきたように感じる心地よさと、自分が音楽に求める刺激や驚きの両方があって、ワクワクしました。
──サウンドチェックの段階でそこまで感じたってことは、本番ではそれ以上の実感を持てたのでは?
そうですね。1曲目でもう観客の皆さんがかなり盛り上がって。「今日が初めてのステージなんです」って言ったら、“ええっ?!” みたいな。それでステージが終ってセンターで一礼するときに、エドマールが私に「Nice to meet you」って言ったんですよ。私も「ホントだね!」って言って。それまでほとんど喋ってないままステージに立ったから(笑)。
太陽の子、エドマール
──そもそも、どうしてエドマール・カスタネーダはハープでジャズ・ミュージシャンを志すようになったんですかね?
1994年にニューヨークに移住してジャズに出会ったそうです。1978年生まれなので、彼が16歳のときかな。デューク・エリントンやチャーリー・パーカーを聴いてジャズにとりつかれたって言ってました。
──出身は南米ですよね。
コロンビアのボゴタという街です。ハープがストリートミュージシャンの楽器のように扱われているところらしくて。それを見て“僕の楽器だ”と思って弾き始めたと言ってました。もともとコロンビアとベネズエラではハープが生活に根付いた楽器としてあって。踊るためにハープがあるといった感じで、みんなが馴染んでいるらしいんです。おそらく沖縄の三線みたいなことじゃないかと思うんですけど。
──ああ、なるほど。自分は今までハープというとクラシック音楽で使われる楽器というイメージを持っていたから、それが踊るためにあるというのは目から鱗です。
私も知らなかったので、その話を聞いて初めて、どうして彼がああいう演奏スタイルなのかがわかりました。クラシックでよく使われているペダル・ハープのほうが、私たちには馴染みがあるじゃないですか。
──ちなみに、自分がハープ奏者とガチで演奏するなんて、想像したことは……。
一度もないです(笑)。イメージできなかったですね。でもハープとやりたかったというよりは、エドマール・カスタネーダとやりたくて始まったことなので。別にハーピストを探していたわけではなく、エドマールという人と出会ってしまったのでこうなったという感じです。
──彼の人柄について教えてください。
ものすごく明るい人です。いつもニコニコしてる。太陽みたいな人ですね。“太陽の子、エドマール”って感じです(笑)。
──上原さんとエドマールの、似ているところってありますか?
やっぱりエネルギー・レベルですね。彼が言ってたんですけど、バンドをやるにあたって最初に苦労するのは、自分のエネルギー・レベルにまでバンドを引き上げることなんですって。でも私にはその必要がない、と。お互いが感化しあって生まれるエネルギー量だけで汗だくになっちゃうよね、って言ってました(笑)。
──だって、上原さんのエネルギー・レベルはとてつもないから。以前「弾き始めたら休憩もしないで、ずっと弾いてる」って言ってたじゃないですか。エドマールとはどうですか? ちゃんと休憩とってます?
そこに関してはやっぱり私のほうが異常性が強いみたいで(苦笑)、エドマールのほうが「休憩しよう」って言います。
──“異常性が強い”と自分で認めるんですね(笑)。
自分ではそう思わないんですけど、なんか人に言われることが多くて。
出会って1年後の奇跡
──アルバムの話をしましょう。本作を聴いてまず思ったのは、ライブ盤としての意味や魅力を強く感じられる作品だなと。最後まで通して聴くことで得られる感動がハッキリとあるし、観客の熱も凄くて、ステージの上と下とによってダイナミズムが生まれている。
本当に素晴らしいオーディエンスなんですよ。モントリオールはいつも行くたびに、お客さんの音楽に対する寄り添い方と集中力が素晴らしいなって思います。素晴らしい街はほかにもいくつかあるけど、モントリオールは特別。お客さんの“聴く力”をすごく感じる。
──だからこそスタジオ盤を先に作るのではなく、モントリオールというその場所でのライブ盤をまず出したかった。
観客の皆さんと一緒に作るというのがライブ盤を録る楽しさです。5月~6月にヨーロッパとアメリカを回ったあとの公演だったので、タイミングとしてもいちばんよかったと思います。自分としてはモントリオールでエドマールと出会ったので、モントリオールで録りたいという気持ちがすごくあって。じつは日にちも一緒だったんですよ。2016年の6月30日に出会って、2017年の6月30日に録ったという。
──ぴったり1年後ですか?
そうなんですよ。自分たちでその日をブッキングしたわけではなくて、たまたまそうだったというのが、偶然のなかの必然というか。いま振り返ってみても、これは本当にいいライブだったなって思いますね。集中力も熱気もあって、お客さんに自分たちがすごくいい状態にしてもらって。一緒に作ってる感じがしたんです。
『スター・ウォーズ』大好きなんです
──では収録曲についての話を。オープナーはエドマールが書いた曲で「ア・ハープ・イン・ニューヨーク」。スティングに「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」という曲がありますが、エドマールはコロンビアに生まれた自分がニューヨークでハープを弾いて生きている、という想いなんかをこの曲に込めているんですかね?
どうなんでしょうね。私たち、曲の内容については全然話さないので。まあ“フォー・ジャコ”のようにわかりやすいタイトルがついた曲は、ジャコ・パストリアス好きなんだなって、話すまでもなくわかりますけど(笑)。
──その「フォー・ジャコ」は、ハープでジャコ・パストリアスのような演奏を聴かせる曲で。
彼がジャコを聴いてすごく感動して「僕もハープでグルーヴしたい!」と思って書いたらしいです。これはもともと彼がやっていたのを私が聴いて、一緒にやりたいって言って採用した曲なんです。
──途中、何度か観客の笑い声が入ってますよね。あれはプレイの凄さに呆れて笑っているんですかね?
ああ、あれは “ハープで本当にジャコみたいなベースの音が出るんだ”っていう驚きでしょうね。お客さんにとってはテニスのラリーを観ているような感覚になるみたい。エドマールがベースを弾くようにハープを弾いたら、私もベースを弾くようにピアノを弾き返す。そうくるなら、こう返す。その丁々発止が面白くてお客さんは笑っちゃうみたいです。
──3曲目「月と太陽」は矢野顕子さんとのデュオ(アルバム『Get Together ~LIVE IN TOKYO~』)で発表された曲ですが、このプロジェクトでやろうと思ったのは?
このメロディがハープで弾かれるのを私が聴きたかったので。彼が弾いているところをすごくイメージできたんですよ。
──4曲目はジョン・ウィリアムス作曲の「カンティーナ・バンド」。どうしてこれを?
私が小学生の頃から『スター・ウォーズ』がずーっと好きで、いつかステージで弾きたいと思っていた曲なんです。家で弾くことは何度もあったけど、ステージで弾いたことはなかったんです。で、エドマールと始めたときに「あの曲、絶対に合うなぁ」と思って。最初はちょっとジプシー・スウィングっぽい感じで、そこからラテンに展開していく。まさにふたりのためにあるような曲だなと。それで楽譜に起こしてエドマールに渡したんです。
──彼はどんな反応でした?
これ、ジャンゴ(・ラインハルト)の曲? って言われました(笑)。じつは彼『スター・ウォーズ』をまったく知らなかったんですよ。そんなわけで「これはジョン・ウィリアムスという偉大な作曲家の曲で、映画『スター・ウォーズ』の劇中で使われたんだよ」ってことを教えて。それから私は彼にずっと『スター・ウォーズ』のことを熱く語ったんですけど(笑)。
──上原さん、そんなに『スター・ウォーズ』好きだったんですか。
もう大好きなんですよ。初めて観たのは小学生のときで、そのときに “こんなかっこいい曲があるのか?!” って思って。でもエドマールは『スター・ウォーズ』という作品の影響力を知らないので、この曲をライブでやったときのお客さんの反応にビックリしてました。始まった瞬間、お客さんがみんな笑顔になるんですよ。それを見て「こんなにも影響力のある曲なんだ…」って感動してましたね。私も本当によかったって思いました。しかもそんな曲をスター・ウォーズ・イヤーに出せるなんて感無量ですよ、スター・ウォーズ・ファンとしては。
──そこまで愛しているとは、知りませんでした。
2年前にブルーノートで1週間の公演をしたとき、ちょうど『スター・ウォーズ』の公開週だったので、毎日ステージ上で「スター・ウォーズの公開週にも関わらずライブに来てくださってありがとうございます」って言ってたくらい(笑)。そのときのオリジナルカクテルの名前を“ダークサイド”と“ライトサイド”ってつけたくらい、好きなんです。あの作品には夢があるし、やっぱり音楽がいいですからね。ジョン・ウィリアムスも大好きだし。だから映画が公開されたら必ず3回観に行くんですよ。1回目はトレーラーも観ずに前情報もなしで観に行って、2回目はカメオ出演とかも全部調べて観に行って、3回目は音楽に集中しながら観る。そのぐらい好きなので、この曲を演奏できて本望です。
“半音の制約”がもたらす新しい扉
──「エアー」「アース」「ウォーター」「ファイアー」の4章からなる組曲「ジ・エレメンツ」は上原さんの自作曲です。これぞ、まさにエドマールのハープを最大限に活かすべく書かれた曲なんじゃないですか?
はい、そうです。このプロジェクトのために書きました。
──これだけ壮大な曲を書きあげるのに、どのくらい時間がかかるものなんですか?
どのプロジェクトでもそうですけど、普段から作曲帳みたいなものにいろんなモチーフを書いてるんですね。例えばこれは風のイメージとか、これは雨のイメージとか。そうやっていろんなものを書いてて、そこから引き抜いてきたりすることもあるので、具体的にどれくらいの時間を要したのかはわからないですけど……ただ私はハープという楽器のことを何も知らなかったので、今回エドマールから教えてもらって、制約がけっこうあることもわかりましたが、その上でどんな曲が書けるか? というのは、むしろワクワクすることでした。制約のおかげで普段の自分が行きそうになる進行に行かずにいられたというか。ハープという楽器の制約が、私にとっては逆に新しい扉を開くことに繋がったんです。
──その制約というのは?
半音が出ないということ。それはとても大きなことでしたね。私はけっこう曲のなかで不協和音とかを使うことが多いんですけど、そういうものがないわけですから。
──なるほど。エドマールにとっても新しい扉が開いた感覚があったでしょうね。
自分のためにこんな曲が4曲もできてくるなんて!! って喜んでました。デモ音源を聴いたときは「素晴らしいけど、これ、ハープで弾けるのかな…」って思ったらしいんです。けど「やってみたら全部弾けるようになってて感動した!」って言ってて(笑)。
──そしてラストはアストル・ピアソラの「リベルタンゴ」。これはアンコールとして演奏された曲ですよね。
そうです。1年前にニューヨーク・ブルーノートでやったときにエドマールがもってきて、そこからふたりのレパートリーになりました。ラテン圏の国でものすごく愛されている曲なので、メロディが始まったときのお客さんの昂揚ぶりがすごくて。今度アルゼンチンで公演するんですけど、これをやらなかったら帰れないって言われそう(笑)。
──この先、ふたりのプロジェクトはどう発展していくのでしょうか?
エドマールが1978年生まれで、私が79年生まれ。同世代なので、ずっと長くやっていけたらなと。一段落したらまたお互いにいろんなものを吸収して、またここに戻ってくる。そういうふうに息の長いプロジェクトになるといいなと思ってます。
取材・文/内本順一
上原ひろみ × エドマール・カスタネーダ
『ライヴ・イン・モントリオール』
2017年9月20日 発売