エスペランサ・スポルディングは、世界的な音楽大学であるバークリー音楽大学を飛び級で卒業し、20歳で同学の講師になったという天才肌の女性アーティストだ。そして2008年にリリースしたアルバム『Esperanza』が、ビルボード誌のコンテンポラリー・ジャズ・チャートで連続70週以上ランクインするというヒットを記録し、2011年には、ジャズ系のミュージシャンとして初めてグラミー賞の”Best New Artist”を受賞して、一躍世界の音楽シーンから注目されるアーティストになっていった。さらに2012年の『Radio Music Society』では、ジャズ、R&B、ヒップ・ホップ、ポップスなどの要素を独自の感性で融合したサウンドを展開して世界の音楽シーンに大きな衝撃を与え、またジャズというフィールドに留まらず、パット・メセニー、スタンリー・クラーク、プリンス、ブルーノ・マーズなどをはじめとする数多くのトップ・アーティストたちとの共演も果たしている。キュートなルックスとボーカルとは裏腹の超絶的なベースのテクニック、そしてあらゆる音楽の要素を積極的に取り入れる姿勢など、今、世界で最も先進的なアーティストの一人といっていい。
そんな彼女が、今年で14回目を迎える“東京JAZZ”に登場した。彼女は2012年にも同イベントに出演しているが、今回は、彼女が新たにスタートさせた“Esperanza Spalding Presents Emily’s D + Evolution”というプロジェクトによるステージだ。メンバーは、エスペランサに加え、マット・スティーヴンス(ギター)、ジャスティン・タイソン(ドラム)、コーレイ・キング(コーラス)、エミリー・エルバート(コーラス)という5人組。
ドレッド風のヘア・スタイル、絵の具をぶちまけたようなカラフルなジャケット、ピンクのパンツ、白いシューズ、そして紫の大きなフレームのメガネという、奇抜なスタイルのエスペランサがステージに登場し、ライブがスタートした。プロジェクト名にある“Emily”とは彼女のミドル・ネームのことで、今回は、彼女が少女時代に好きだった演劇、詩、ムーブメントなどからインスパイアされた音楽を展開するというのがテーマだということだ。
エスペランサは、アコースティック・ベースも超絶的に上手いが、ここではエレクトリック・ベースのみ(フレット付きと、フレットレスの2種類)をプレイし、全曲でボーカルも披露していく。楽曲は、おそらくすべてこのプロジェクトのために書かれた新曲で、ロックン・ロールだったり、オールド・ポップス調だったり、R&Bテイストだったりと、ジャズ的な要素は控え目で、とてもポップでキャッチーな印象を受ける。また時折、コーラスのメンバーたちと、演劇的なパフォーマンスを演じるなど、シアトリカルな演出も散りばめられており、音楽のライブというよりは、“Emily”という少女の日常をステージで表現しているといった感じだ。つまりこれは、エスペランサのプロデュースによる、“Emily”というキャラクターのパフォーマンスなのだろう。そういう意味では、これまでの彼女のプロジェクトとは、まったく違ったアプローチだといえる。
ベースを弾きながら歌う彼女はすごくキュートで、キッチュだ。ベースを弾いている人ならわかると思うが、ベースの弾き語りというのは、ベース・ラインのリズムと歌のメロディのリズムが違っていたりして、ほんとうに難しい。さらにフレットレス・ベースを弾きながら歌うというのは、至難の業だといっていい。これをいとも簡単そうに、そしてベースの速弾きとポップなボーカルを同時にやってしまうのだから、やはり彼女はただものではない。また途中のインストゥルメンタル・パートでは、思いっきりベースを弾き倒し、ベーシストとしてのすごさもしっかりと表現していた。
おそらくすべてが新曲で、しかも意表を突くパフォーマンスということもあり、いささか面喰らってしまった部分はあったが、エスペランサというアーティストの多彩さ、常に前進し続けようとしているその姿勢、ひとつのところには収まらない器の大きさ、そしてミュージシャン/ソングライターとしての才能のきらめきなど、彼女のさらなる進化を予感させる、とても興味深いプロジェクトだ。正直なところ、ある程度英語が堪能であったり、アメリカのティーンズ・カルチャーなどを理解していないと、歌詞に込められたメッセージや、楽曲の背景などが、完全に理解できなかった部分があることも事実なので、このあたりは、このプロジェクトが作品化された時に、じっくりと楽しみたいと思う。
そして最後の最後、彼女が眼鏡を外し、エミリーからエスペランサに戻って、パフォーマンスは終了した。彼女のこの新プロジェクト、今後も要注目だ。