世界最大級のジャズ・フェスティバル「モントルー・ジャズ・フェスティバル」。その東京版「モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン 2015」の一環として10月10日(土)に「ARBAN Club」がUNIT(東京都渋谷区)で開催された。
この日の出演者は、ジャイルス・ピーターソン、アール・ジンガー、松浦俊夫が指揮をとるHEXという、90年代の世界的アシッド・ジャズ・ムーブメントの中心にいたアーティストが集まった。また、ジャイルスや松浦も注目するジャズ・シンガー、メラニー・デ・ビアシオも出演したため、本フェスのプログラムの中で最も、アシッド・ジャズやクラブ・ジャズが好きな人のためのイベントとなった。
クラブ・イベントとしては珍しく、開場前に行列ができていた。これは、最初にライブを行うメラニーを見逃すまいとできた列だろう。メイン・フロアでは、浮遊感漂うアンビエント音楽や現代音楽が流されていたことも、クラブ・イベントとしては珍しい演出だ。
ステージに登場したメラニー。手を前に組み、祈るような姿勢で佇んでいた。静寂がフロアを包むとキーボードの音がトーンと一回。そこからキーボーディストがイントロを弾き、メラニーの柔らかく厚みのある歌声が重なっていった。前をまっすぐ見つめるメラニーの眼差しは力強く、彼女が作り出す厳かな雰囲気に来場者は固唾を?む。ドラムがリズムを刻みだしたときには、演奏開始から約20分が過ぎていた。演奏中メラニーは、ゆっくりと揺れ、ときにはひざまずき歌う。その姿は、音楽の女神が乗り移ったかのように神秘的だ。25分にも及んだオープニング。無音になり10秒くらいたったところで、力強い表情から一転、照れが見えるかわいらしい表情で「ハロー」。MCの時だけメラニーは、アーティストではなく身近にいるごく普通の女性に戻った。その後も曲調は、たまに速くなるが多くがゆったりし、厳粛な雰囲気が漂い続けた。そして最後に、抑制していた感情を爆発させたかのように激しい演奏で「I’m Gonna Leave You」を披露。大きな歓声のなか、メラニーのステージは幕を下ろした。
この日は、メイン・フロア以外にもセカンド・フロアのSALOONとUNICEも賑わっていた。SALOONでは、民族的な音楽を得意とするDJのSHHHHHが人でいっぱいになったフロアを盛り上げていた。その後に続いたYosi Horikawaは、南フランスの港町セットで波の音や鳥の鳴き声をフィールド・レコーディングし制作した楽曲を披露していた。一方、UNICEでは、同会場で毎月開催されているイベント「LIVING ROOM」を展開。DJもソファーに座りながら、のんびりと曲をかけていたり、犬がいたりと終始リラックスしたムードが作られていた。
メイン・フロアに戻ると次は、HEXのライブだ。メンバー全員が揃うのは、2014年12月にUNITでの出演以来、10ヶ月ぶりだ。伊藤志宏のフリー・ジャズ、佐野観のエレクトリック・ジャズ、2人のキーボーディストが、ドラマーみどりんとベーシスト小泉P克人が作る土台のうえを軽やかに演奏していく。佐野にいたっては、ボーカルもこなしていた。中盤にサプライズ・ゲストとしてメラニーが登場。「The Flow」のHEXリミックスが生で再現された。ここから、HEXの楽曲の中でもアップテンポな「トロピカリア 14」や「スイート・フォー・ザ・ヴィジョナリー」が続く。そして、最後にもうひとつのサプライズが用意されていた。HEXが演奏したのは、松浦俊夫が所属していたUnited Future Organizationの代表曲「Loud Minority」(1992年)だった。オリジナルの楽曲はいくつかの楽器をサンプリングして作られているようだが、テーマを演奏するトランペッターはHEXにはいないので、スタイルの異なるキーボーディストの伊藤志宏と佐野観が代わりを担っていた。オリジナルとは違う音色と構成、生演奏ならではの即興性も加わり2015年現在の「Loud Minority」となった。
最後に登場したのがジャイルス・ピーターソンとアール・ジンガーだ。最初ジャイルスは、フロアに設けられたDJブースでプレイ。ジャイルスの手元やレコードも見えるとあって、最前列は特に人が集中していた。しばらくしてジャイルスはステージのDJブースに移動。その間を上手くアール・ジンガーがつなぐ。2人がステージの上に揃うと、ジャイルスはハウスなどアップテンポな楽曲を中心にプレイ。それにアール・ジンガーがエフェクトとMCを加えていく。終盤には、SOIL&”PIMP”SESSIONSの社長もステージに上がり、MCでフロアを盛り上げていった。一度音が止まるも「One more, One more」の声が鳴り止まないため、DJを再開。時間が限られていたこともあって、8小節くらいで次の曲に矢継ぎ早に変えていった。終演の時間も来たため音を止めるジャイルスだったが、まだ曲をかけたそうな少年のような表情が印象的だった。