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爆クラ! Presents ジェフ・ミルズ × 東京フィルハーモニー交響楽団 クラシック体感系 ~ 時間、音響、そして、宇宙を踊れ!

ジェフ・ミルズは2005年にフランスのモンペリエ国立管弦楽団との公演以来、イギリスのBBC交響楽団、オーストラリアのメルボルン交響楽団、ハンガリーのオーブダ ・ダヌビア管弦楽団など、世界のオーケストラとの公演を実現してきた。この10年余りの間、その活動を熱心に続けてきた理由を、ジェフ本人はこう語った。

「オーケストラとの共演は80年代中期からずっと自分の夢だった。デトロイトにいる音楽仲間にとっても、自分の作った楽曲がオーケストラ用にアレンジされ譜面化されて演奏されるというのは、ひとつ目指すべき大きな目標でもあった。また自分たちが曲を作るとき、ストリングスのアレンジを習ってきたわけではないけれど、真似てみたり、影響を受けてもきた。そういう夢が願望になり、自分が目指すべきものとなっていったんだ」

子供の頃からTVや映画で慣れ親しんだクラシック音楽、特にジョン・ウイリアムスやジェリー・ゴールドスミス、ハンス・ジマーの音楽から自然に影響を受けてきたのだという。オーケストラでも特にストリングスは、デトロイト・テクノではとても象徴的なサウンドなのかもしれない。

そのジェフが、今回は栗田博文指揮の東京フィルハーモニー交響楽団と共演を果たした。渋谷Bunkamuraオーチャードホールでおこなわれた『ジェフ・ミルズ×東京フィルハーモニー交響楽団 クラシック体感系 ~時間、音響、そして、宇宙を踊れ!~』と題された二部構成のイヴェントの後半にジェフは登場して、宇宙飛行士・日本科学未来館館長の毛利衛氏からインスパイアされて制作された“Where Light Ends”と、自身のクラシックである“Amazon”、“The Bells”の計3曲を演奏した。
オーケストラと、クラシック以外のジャンルの音楽のコラボレーションはこれまで何度か見る機会があり、また作品としても聴いてきたが、結論から言うと今回の試みはそう数多くはない新たな成功例のひとつとなったと思う。何よりも印象的だったのは、ステージ上でのジェフの控えめなスタンスと的確な出音のコントロールだ。テクノ・ミュージックを特徴付ける音楽要素はいくつかあるが、そのひとつはドラムマシンのハイハットの一定した刻みがある。ジェフはその刻みをオーケストラの音と帯域が重ならないように効果的に出し続けていた。また、もうひとつはバスドラムの効果的な使い方だ。ドラムマシン(ジェフは今回ローランドTR-909を使用)のバスドラムの低音もテクノには欠かせないものだが、ジェフはそれを長く持続させることなく、巧みに抜き差しをしていた。一定のリズムが刻まれて、オーケストラが上モノ的にメロディを乗せるというような、ありがちな構成ではなかった。その実際のやりとりについて、指揮者の栗田博文はこう説明してくれた。

「“Where Light Ends”は、途中からジェフからのカウントは一切なくて、僕のカウントでオーケストラが演奏するという展開がかなりあるんです。だから、テンポが変化することも完全に僕サイドのカウントなんです。そのなかでジェフが合わせている。だから、こっちにボールを投げられている部分がたくさんあるので、オーケストラによって、指揮者によって、テンポ感から情感の乗せ方まで全然違うんです。たくさんオーケストラとやることで、ジェフもそういう楽しみを持っているのだと思います」

またジェフもオーケストラとのやり取りをこういう説明をしてくれた。

「自分のアナログ・シンセを使った大掛かりなセットアップは避けているんだ。オーケストラの音を端に押しやりたくはないから。自分がやっていることは、オーケストラがその上で自由に演奏できて、原曲を自由に解釈できるための土台を作っている。また、自分のパートは特定の楽譜で決められるものではないので、まずオーケストラが演奏する楽譜を自分の頭のなかで覚えて、それを元に自分がその時に感じたままに即興で、たとえば、ある特定の楽器の音をハイライトしてみたり、よりアクセントを効かせてみたり、そうすることで自分はオーケストラの出音とかち合うことなく、一人のミュージシャンとして自分のパートを弾いたりする自由さを保てる。そうすると毎回違ったパフォーマンスになるんだ」

栗田博文のこの発言も興味深かった。

「デジタル的なテンポ感と違って、ホールでやるときは、そのホールによって、人によって微妙に違う。基本的にジェフからこれでやりたいというテンポは来るがそれ以外のテンポは我々で自由に調整しました」

比較的に年齢が若く、「現在の音楽のことにも精通してリズムを表現することもできる」(ジェフ)メンバーが揃っていたという東京フィルハーモニー交響楽団の柔軟性の高い演奏も今回の試みでは重要だったと思われる。デジタルのテンポとオーケストラのそれが異なるのは当たり前なのだが、その差異を無理に埋めようとはせず、テンポもお互いに渡し合って、融合的なグルーヴを作り出しているようだった。また、この日のオーチャードホールにはPAシステムが入れられていたのだが、ジェフが出したTR-909のバスドラムの音には驚かされた。床から伝わってくるクラブの箱の鳴りとはまた違うのだが、クリアで芯があって身体に響く重低音は、コンサートホールでは普段聴けないような音だが、このホールの持つポテンシャルの高さを感じた。ホールの鳴りについても、ジェフは話を聞かせてくれた。

「最初にホールで音を聴いたときに小さいかなと思ったが、じつはそれはそう意図されて設計されていて、音が凝縮されているような、プロジェクターから投影するような音の出し方を狙って設計されているのだと思ったんだ。そういう会場でやるのは初めてで興味深かった」

クラシック・レーベルであるDeutsche Grammophonが中心となって、ベルグハインなどのクラブでカジュアルな雰囲気でクラシック音楽を楽しむイベントであるYellow Loungeをおこなっているが、ジャンルだけではなく、場所の越境も、現在のクラシックの世界では積極的に起こり始めているように思う。ネオ・クラシカル、ポスト・クラシカルといった言葉とともに浮上した流れもある。少しずつ、何かが起こり始めている予感は、日本のクラシック・サイドにもあることを栗田博文の発言からも窺うことができた。

「2000年代に入って、特に2010年を超えたあたりから、ジャンルを跨いで聴いてる若者たちが増えたので、クラシックとクラブ系が、そうやって通常のこととしてやれるような環境に徐々にはなってきたように感じます。それに、元々クラシック音楽というのはコラボレーションの連続で、弦楽器、管楽器、金管楽器、打楽器などの専門家が寄り集まっていまのオーケストラというスタイルも出来ているわけです」

クラシックと、クラブ・ミュージックやエレクトロニック・ミュージックのコラボレーションが何処に向かうのか、それはまだ見えないが、ただ当たり前のこととして、こうした試みがおこなわれ続けた先に自ずとそれは見えてくるのだろう。最後に、ジェフの言葉でこのレポート記事を閉じたい。

「いま取り組んでいるものというのはクラブ・ミュージックとクラシックを完璧な形で融合させることで、新しいジャンルが作れるんじゃないか、そこを追求しているんだ」
※文中の発言は、本公演終了後に筆者がおこなったインタビューより引用。

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