MENU
外務省が日本文化の発信拠点として世界の3都市(ロンドン、ロサンゼルス、サンパウロ)に設置する施設「ジャパン・ハウス」。その1号館「ジャパン・ハウス サンパウロ」が2017年5月6日、サンパウロの中心地パウリスタ通りにオープンした。館内では、日本文化に関する展示物やセミナー、ワークショップなども開催。科学、料理、ファッション、デザイン、芸術など、多様な分野の情報発信がなされている。
南半球最大の都市、サンパウロはブラジル経済の心臓部。海外で最も多くの日系人(約40万人ともいわれる)が生活している都市でもあり、日本との縁も深い。同施設に対する市民の注目度も高く、開館と同時に大勢の人々が詰めかけ、パウリスタ通り沿いには入館を待つ長い行列ができていた。
そんな「ジャパン・ハウス サンパウロ」のオープニングを記念し、5月7日と8日にコンサートが開催された。会場は、市内のイビラプエラ公園にあるイビラプエラ劇場。出演者は、世界を舞台に活躍している2人の日本人、坂本龍一と三宅純である。
7日は入場無料の野外公演。8日は招待客を対象とする屋内公演。ブラジルの世界的な建築家、故オスカー・ニーマイヤーが設計した劇場のステージは、舞台後方にある壁を全開にすると野外音楽堂に変身する双方向対応型で、屋内と野外では出演者の立ち位置が前後逆になる。この発想もブラジル的だ。それでは1万5000人の大観衆が集まった7日の野外公演をレポートしていこう。
未体験音楽に陶酔
最初にステージに上がったのは、この12年間、パリにも拠点を置いて活動している三宅純が率いるアンサンブル。ブルガリアン・ヴォイスの合唱団コスミック・ヴォイセズ、リサ・パピノー、勝沼恭子、ブルーノ・カピナン、この4組の歌手勢に、ブラジル人のパーカッション奏者を含むリズム・セクションとリード奏者、サンパウロ州立交響楽団の弦楽カルテットからなる16人編成で、うち日本人は3人だけという多国籍ユニットだ。
1曲目でコスミック・ヴォイセズの神秘的なポリフォニーが夜の帳に包まれた公園内に響きわたり、その後は歌手勢が交替でフロントに立ち、ときにシアトリカルな動きも交えて曲を歌い継ぐ。それぞれ異なる個性の主だが、イノセントで清らかな歌声という共通点があり、声の響きに対する三宅純の研ぎ澄まされた美意識を感じずにはいられない。ミステリアスなオーラを秘めた、繊細で女性的な歌声のブルーノ・カピナンは、ブラジルのバイーア出身で今回が初参加。彼のリーダー作『ヂヴィーナ・グラッサ』を聴いた三宅純が歌声に惚れこんでグループに迎えた。
ジャズ、ロック、現代音楽、フランスやブラジルの音楽、ワールド・ミュージックなど、多彩な要素をハイブリッドに融合し映像性も豊かに展開する三宅純の音楽は、ユニバーサルにしてパーソナル。聴き手の五感を刺激し、自由な想像の世界へと誘う。それはまた、ほとんどのブラジル人が初めて体験する種類の音楽だったろう。前半は手探りで聴いていた感のあったオーディエンスが、時間の経過とともに音楽の中に身を委ね、新鮮な体験を楽しむ空気が周囲から伝わってきた。
昨年のリオデジャネイロ・オリンピック閉会式で度肝を抜いた、独創的なアレンジの「君が代」も披露。そしてフィナーレは、映画『ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』の挿入曲としても名高い「Lillies of the Valley」のヴォーカル版「Alviverde」(ポルトガル語の作詞はアート・リンゼイ)。盛大なスタンディング・オヴェーションに包まれて、壮大な音楽の旅が終了した。
ちなみに2日間のコンサートを終えた後、三宅純はブルーノ・カピナンとともにサンパウロからバイーア州サルヴァドールに向かい、現地でレコーディングを行なった。新たな出会いからどんな果実が生まれるか、楽しみに待っていよう。
あの坂本楽曲に聴衆が喝采
約30分の休憩後、坂本龍一がステージに登場。ピアノを弾き始めた瞬間、万余のオーディエンスが水を打ったように静まり返り、空気が変わった。ピアノソロに続いて25年来の盟友であるチェロ奏者、ジャキス・モレレンバウムを迎え、オリジナル曲とアントニオ・カルロス・ジョビンの曲をデュオで演奏。照れくさそうにポルトガル語のMCも披露し「この音楽の夜を楽しんでください」と締めくくると盛大な歓声が上がった。
その後、ジャキスの妻パウラ、さらに2人のブラジル人ミュージシャンが加わり、パウラがジョビンの名曲を歌い継いでいく。2001年にユニットを組んでジョビン作品集『CASA』を発表し、ワールドツアーも行なったモレレンバウム2/サカモトの14年ぶりのリユニオン・ライヴが、ジョビン生誕90年のメモリアル・イヤーに実現した。
途中でいったんブラジル勢が去り、坂本龍一が「Merry Christmas Mr.Lawrence」のイントロのメロディーを奏でると、待ってました! とばかりに万雷の拍手。この曲がブラジル人にも愛されてきたことを肌で感じ、胸が熱くなった。そしてフィナーレはジョビンが作曲したボサノヴァの聖典「Chega de Saudade」。オーディエンスの合唱に包まれてコンサートは大団円を迎えた。
ともに長年、ブラジル音楽に対しても深い愛情を注いできた、坂本龍一と三宅純。世界的に活躍しているふたりの音楽家のライヴ・パフォーマンスを通じて、日本とブラジルの親密なつながりを再確認できた、意義深いコンサートだった。