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【レビュー】弾いて歌って書いて… ペドロ・マルチンス “やりたい放題”の会心作『VOX』


軟らかく浮遊するブラジル情緒

ブラジル出身のギタリスト、ペドロ・マルチンスの最新作。彼は1993年生まれだから、まだ26歳。早くから才能を開花させた「天才ギタリスト」として知られるが、近年はマルチ・プレイヤーぶりを発揮している。本作においても、ギター、ボーカル、ピアノ、ドラム、フルート…。さらに、詞を書き、作曲し、アレンジも施す。これは、彼の中で「どうしても表現したいこと」のビジョンや動機が明確にある、ということを物語っている。

そんな本作を俯瞰して、まず思うのは「ああ、ブラジル人が作った音楽だな…」という、身も蓋もない感想。もう少し具体的に言うと「ブラジル音楽特有のハーモニーや旋律が、しっかり内包された音楽だな…」といった感じか。

さらに「若いなぁ」とも思う。未熟だという意味ではない。彼が生まれたとき「この世にはすでに、フュージョンもテクノもヒップホップもあって、それらはとっくにブラジル音楽と混交していた」ってことだ。つまり彼にとって、自国のサンバもボサノヴァも、ジャズもロックもヒップホップもテクノもすべて、等価なマテリアルとして存在していて、偏見やこだわりもない。そこは、彼が「ギターで表現する」ことに固執していないのと同じだ。

したがって、本作に収められた曲は、高難度のギター演奏をこれ見よがしに披瀝するたぐいのものではない。同じく、既存の「ブラジル音楽」や「ジャズ」の様式をトレースする音楽でもない。得体の知れない歌唱とビートと旋律が、快楽的にハーモナイズされる。そのさまに、ただニヤついてしまう。筆者にとってはそんな音楽だった。

まわりの“大人たち”がすごい

もちろん、この作風を「〇〇っぽい」と形容することも容易だ。かつてのウェイン・ショーターや、ジョージ・デューク、あるいはパット・メセニーが「アメリカ側からやったこと」とも類似性が見てとれるし、米ジャズ誌『ダウンビート』は「アルトゥール・ヴェロカイの影響下にある」みたいなことまで書いている。

なるほど、確かに!  と思う反面、そんなマイナーな人を挙げていいのなら「むしろアントニオ・アドルフォじゃないの?」とか「いや、むしろ80年代後期のUKロックに…」などと、さらに“マニアな大人たち”がザワつきそうな作風なのだ。そして、彼の才気にザワついている大人は、リスナーだけではない。

このアルバムに参加するのは、カート・ローゼンウィンケル(ギター)、ブラッド・メルドー(ピアノ)、アントニオ・ロウレイロ(ドラム)、クリス・ポッター(サックス)ほか、ほとんどが彼の親世代に近い、しかも世界屈指のミュージシャンたち。この面々が現れた時点で、とりあえず「すいません」って謝ってしまいそうだが、豪胆なペドロくんは、彼らの演奏を「自分が表現したい世界を構築するための素材」として見事に “使って”いる。

ゆかりあるモントルーで…

そんな彼が、初めて自作を発表したのはちょうど10年前。まだ16歳のときだった。早熟の天才ギタリストとして北米でも話題になったが、彼の高評を決定づけたのは、2015年のモントルー・ジャズ・フェスティバル(スイス)だ。同フェス内で実施されたギター・コンペティションで優勝したのである。この“世界デビュー戦”の審判席にいたのが、当アルバムにも参加しているカート・ローゼンウィンケルである。

のちにカートは、彼を自身のグループに引き入れ『カイピ』(2017年)という傑作を作り上げた。同作でのペドロくんは、演奏だけでなくプロデュースも兼務(エリック・クラプトンも参加!)。ライブでも素晴らしいパフォーマンスを発揮し、観客の度肝を抜いた。

 

そんな“カイピ・プロジェクト”のライブ映像がこれ。若きギタリストが、このバンドのキーパーソンであることがよくわかる。まずは、あまりにドリーミーなハーモニーに軽いめまいを起こしそうになるが、中盤以降の「カートとペドロの応酬」は、なんかもう、ずっと観てられる。ギターとキーボードとボイスを駆使しながら、楽しげに、しかも静かに燃える彼の姿が、めちゃくちゃカッコいいのだ。

近く、このカイピ・プロジェクトで、カートとペドロが来日。10月13日(日)の公演が決定している。しかも何の因果か、モントルー・ジャズ・フェスティバル(ジャパン)のステージで。ふたりは “あの日のコンペティション”を懐かしみながら、どんな演奏を披露してくれるだろうか。

【オフィシャルHP】
モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン 

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