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【桑原あい】ミッキー・マウスと仲間たち。私も大好きなディスニー楽曲を“仲間たち”と


ピアニストの桑原あいが新作『マイ・ファースト・ディズニー・ジャズ』をリリースした。タイトル通り、本作はディズニーの名曲カバー集だ。彼女は子供の頃からディズニー映画が大好きで、お気に入りの作品を何度も観てきたとか。

ディズニーの名曲はカバーされることが多いが、こうして単独のアーティストがカバー・アルバムを出すのは珍しい。ジャズの世界ではルイ・アームストロングやディヴ・ブルーベック、サン・ラなど巨匠たちがディズニーのカバー集を発表してきたが、今回、桑原あいはどんなふうにディズニー楽曲を聴かせてくれるのか。

シンプル編成で挑んだ「美女と野獣」

──今回は桑原さんがご自身で選曲されたんですか?

「そうです。子供の頃からディズニー作品が大好きで、両親にビデオを買ってもらって集めてました。今回、アルバムを作るにあたって、いろんな作品のサントラを聴き直して。曲の候補を挙げていったら30曲くらいになって。そこから絞っていきました」

──ディズニー・ファンとしては選ぶのが大変ですね。アレンジの方向性で意識したことはありますか?

「子供や初心者も楽しめるアルバムに、という希望の声があったので、まずは “わかりやすさ” を意識しました。ジャズって難しいと思われがちじゃないですか。自分がジャズを紹介するとしたら、どんなふうに紹介するだろう? って考えて。とにかく “楽しく聴ける” ってことを全面に出そうと思ったんです」

桑原あい『マイ・ファースト・ディズニー・ジャズ』(ユニバーサルミュージック)

──楽しく聴ける、っていうのはディズニーの音楽に通じるところでもありますよね。ちなみにディズニーで特にお気に入りの作品は?

「『美女と野獣』です。小学生のときに初めて観て、その後もビデオで何度も観ました。今回  “アルバムでメドレーをやりませんか?” と言われて “それなら『美女と野獣』が良いです!” って即答しました。小さい頃から『美女と野獣』にものすごくインスピレーションを受けていて、それを今の自分がどう表現できるのか挑戦してみたかったんです」

──シンプルなピアノ・トリオでカバーしていますね。

「『美女と野獣』のオリジナルはオーケストラを使った壮大なサウンドなんです。だから最初は弦楽四重奏でやろうかと思ったんですけど、それだとチャレンジ性がないので、ピアノ・トリオでやってみました。できるだけナチュラルに、そしてジャズっぽさを際立たせるようにしたんです。原曲の世界観は壊したくなかったので、曲の流れはこだわりました。ディズニーの音楽はミュージカルな部分が多いので、今回のカバーに関しては、このメドレーも含めて全体的にミュージカルも意識しました」

■アルバム ダイジェスト

 

──弦楽四重奏といえば「ホエン・シー・ラヴド・ミー」。美しいメロディーを、ストリングスが際立たせています。

「この曲も大好きで、絶対にカバーしたかったんです。最初から “このメロディーはチェロで弾くしかない!” と思っていました。ランディ・ニューマン(注1)の手がけたサントラでは『トイ・ストーリー』とか『モンスターズ・インク』が好きで。ランディが書く曲って、独特の茶目っ気があるんですよね。明るいというより、陽気な曲。そういう要素を意図して入れるとあざとくなるんですけど、ランディは自然に入ってる。きっと、本人の人柄なんでしょうね」

注1:1943年生まれ。アメリカのシンガー/ソングライター。1968年にデビューアルバム『ランディ・ニューマン』発表。以降、オリジナル・アルバムを発表する傍ら、他ミュージシャンへの楽曲提供も多数。80年代にはサウンドトラック制作も多く手がけ、『トイ・ストーリー』などのピクサー作品に楽曲を提供。2002年のアカデミー賞では『モンスターズ・インク』のテーマ曲「君がいないと」でアカデミー歌曲賞を受賞した。

エレクトーンと父の思い出

──『モンスターズ・インク』からは「君がいないと」をカバーしていますが、ベースとドラムのトリオ編成でランディの陽気さを引き出しています。

「ベースの勝矢匠君とドラムの山田玲君は息がぴったりで、彼らが演奏すると半端なく重く、グルーヴするんですよね。彼らと私は同い年で、このトリオで何か面白いアレンジで出来ないかなと思い、スウィングとファンクを良い塩梅で融合したアレンジになりました」

──映画『モンスターズ・インク』にまつわる思い出もあるとか。

「私、小学5年生のときにめちゃくちゃ反抗期だったんですよ(笑)。当時エレクトーンをやってて、全日本コンクールとか出てたんです。それで朝の9時から夜中1時までレッスンするのが当たり前だったんですね。それがキツくて(笑)」

──たしかに、5年生の少女には過酷ですね……。

「それで父が毎日、夜中に教室まで車で迎えに来てくれたんですけど、ついに私は『エレクトーン、やりたくない!』って言い出したんです。そしたら、普段は寡黙な父が『じゃあ、レッスンが始まるまで遊ぼう』って。教室の近くの映画館に連れていってくれて、そこで一緒に『モンスターズ・インク』を観たんです。で、その後に『レッスン、頑張ろうね』って、モンスターズ・インクのシールを買ってくれたんです」

──素敵なお父さんじゃないですか!

「ところが、私はそのシールをいろんなところに持って行って、ある日失くしてしまったんです。父に言えずに泣きました(笑)。あの日のことは今でもよく覚えていて、すごく感謝してるんです。当時まともにありがとうが言えなかったと思うので、父が覚えているかどうかはわからないけど、音楽で返せたらと思いました」

──そういう思い出や家族への気持ちも、このアルバムには込められているんですね……。

仲間の力を信じる…それがジャズの魅力

──『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』の「ハロウィーン・タウンへようこそ」と「サリーのうた」を繋げたアレンジが印象的でした。それぞれのメロディーが交互に出てくるという、斬新でユニークな構成ですね。

「今回、いちばん悩んだアレンジです。構成よりも、グルーヴをどうするかで悩みましたね。どういうビートで始めるのか。最終的にロックとジャズのミュージカルで行こうと思って、それで弦楽四重奏にしたんです。弦の響きとリズム隊がどう絡んでいくかを主に考えながらアレンジしました。〈ハロウィーン・タウンへようこそ〉で始まって〈サリーのうた〉で初めてピアノが前に出てくる。最後はチェロが〈サリーのうた〉を弾いて、バイオリンが〈ハロウィーン・タウンへようこそ〉を弾いて……と、立体的なアレンジになるようにすごい考えましたね」

桑原あい「モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン2019」に出演! チケット発売中

「3日間の会期中、私が出演するのは10月13日(日)。同じ日に、友人でもあるものんくるも出演するので、かなり嬉しい。あと、同日出演のカート・ローゼンウィンケルさん、ずっと観てみたいと思ってたので、すごく楽しみですね」(桑原あい)

──ボーカル曲が2曲入っていますが、「フレンド・ライク・ミー」をMARUさんが歌っています。この曲はアラジンが歌う曲なので、女性シンガーでカバーするのは珍しいですね。

「そうなんです。だからこそ女性が歌うと面白いんじゃないかと思って。今年4月に『イースト・ミーツ・ウェスト』っていうフェスに出たんですけど、そこでコーラスをやられていたMARUさんの歌を聴いたときに、〈フレンド・ライク・ミー〉を歌ってもらったら面白いかも……って思ったんです。MARUさんは低い声が倍音で出る、すごく膨らみのあるボーカルで。私は張った声より、低音でグッと来られるほうが好きなんですよね」

──「輝く未来」は和田明さんが歌っていますが、ボーカルを多重録音したコーラス・アレンジが素晴らしいです。

「ありがとうございます。友人の結婚式で明君が歌っているのを聴いて『すごい良い声だな』と思ってたんですけど、なかなか一緒にやる機会がなくて。〈輝く未来〉を改めて聴き直して、これは明君に歌ってもらおうとすぐ思いつきました。コーラスのアレンジは私がやったんですけど、6声くらい重ねてます。その楽譜を明君に見せたら『これはエグいぞ』って言われました(笑)」

──「ベイビー・マイン」ではトランペット奏者の山田丈造さんのソロがフィーチャーされていますが、まるで歌っているみたいでした。ああいったソロ・パートに関しては、桑原さんから曲のイメージを伝えて自由にやってもらったんですか?

「丈造くんとは友達なんですけど、その場で感じたままに吹いてもらいました。今回、楽器隊に関しては事前リハーサルは一切やってません。自分の頭の中で鳴ってるものだけに縛られてディレクションをしてしまうと、彼らの持っている力を殺してしまう。それが嫌なんです」

「過去にそういうことがあって後悔してるんですよ。仲間の力を信じることができなかった。でも、今は仲間を信じて、向こうにも私の事を信じてもらうことで、自分の想像を超えたものを作り出す。それが楽しいし、それがジャズの魅力だということがわかったんです。とくに今回は、リズム隊の3人(鳥越啓介、勝矢匠、山田玲)にすごく助けられました。彼らのことは超信頼してて、彼らがしっかりと支えてくれたから、私は自由にアレンジすることができた」

──そういえば、アーティスト表記が「Ai Kuwahara with friends」になってますね。

「最初は “長いからダメ” って言われたんですけど、“絶対お願いします!” って頼みました。ミッキー・マウスって独りじゃなくって、ミニーちゃんとかドナルドとか、仲間たちと一緒にいるイメージなんです。だから、このアルバムを作ろうと思ったとき “仲間と作りたい!” って強く感じて。なにより仲間をフィーチャーした作品にしたかったんですよね」

◆レコーディング・ドキュメンタリー映像

──今回のアルバムで改めてディズニーの音楽に向き合ってみて、何か発見はありました?

「曲にストーリーがあること。それがディズニーの音楽の魅力だと思います。曲と物語が一緒になっているから、曲を聴くと映画のシーンが浮かんでくる。だから、アレンジの難しさもあるんです。ストーリー性を壊さずに、どうやってアレンジするか。そこは随分悩みました。でも “私自身がディズニーの音楽を楽しんでいる気持ち” を伝えることができれば、それでいいんじゃないかと思って。ジャズ・ミュージシャンとしてではなく、ひとりの人間としてディズニーをどんなふうに見ているのかを、ジャズという音楽を通じて伝えたかったんです。小さな子供に届いてほしいし、子供を育てているお母さんにも、ディズニーをあまり知らないお父さんもに届いてほしい。いろんな世代の方に “これだったら聴きやすいね” って楽しんでほしいですね」

桑原あい『マイ・ファースト・ディズニー・ジャズ』

https://music.apple.com/jp/album/my-first-disney-jazz/1476638613

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